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最強の武器はこの妄想力  作者: 緒嶋まゆ
第三章
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発狂

 庭に置かれている銅像のズボンの内側に、小さなスイッチが作られている。

 屋敷側から見て、右から2つ目の3列目、その次に1番左の1番奥の列、そして1番右の2列目。


 順番にスイッチを押していくと、最後の銅像の横に建てられている離れの扉が開く。

 その中に上層階へと続く扉が隠されているようだ。


「決して間違えてはいけないよ、そうしたら暫く開かなくなってしまうから」

「わかりました、ありがとうございますっ!」


 2人は揃って頭を下げる。


「なんだかとても体が疲れているようだ、ちょっと隣の仮眠室まで移動させてはくれないか?少し休んだら屋敷に戻るとするから」


 透が主人に肩を貸し、椅子から立ち上がらせようとした時、ノックの音が3回響いた。

 主人が意識を取り戻す直前、丁度2つ目の鐘がビル全体に鳴り響いていたのだ。


 いつもと同じように、瞳に生気が宿っていない執事が入ってくる。

 緩慢な動作で主人の机の上に食料を置き、主人を一瞥する事も無く踵を返した。


 そう、2人には見慣れたここ数日の光景。

 だが、主人には意識を取り戻してから初めての光景。


「……っあ、お、おい!バリズッ!」


 主人が執事の名を呼ぶが、その声は届かず返答はない。

 廊下には執事が足を引きずりながら、ゆっくりと屋敷へ戻っていく音が響いているだけだ。


 取り残された主人が呆然としながら、首だけで背後を振り返りモニターを見た。


 そこにはボロボロでゾンビみたいな人々が、食料を持って居住区へ戻っていく様子が映し出されている。

 この広い首都で、自分以外の住民はまだ洗脳されたままなのが、頭がしっかり動いていない状態なのだと。


 そう、主人は理解してしまった。

 知らなければ幸せでいれた事実を。


「……ぁっ」


 主人の口から呼吸と共に、言葉にならない小さな声が漏れる。

 過呼吸になりかけているのを、必死に深呼吸をして落ち着かせ、透へと問いかけた。


「つかぬことを、お伺いしますが。助けて頂いたのは……私だけ、ですか?」


「えっ、あっ、あ……、そう、です。この空気と、食べ物の所為で皆おかしくなっちゃってるみたいで……。最上階に囚われている仲間を助けて……、それから、そう、それから!この原因を改善して、皆さんを助けるつもりで……、その為に上に行かなきゃいけないかなって思って、とりあえず知ってそうな貴方を治療したんです……」


 しどろもどろになりながら、主人に説明と言い訳をする。

 街の為、人の為ではなく、自分達の為に人を治療し、それに満足してそのままの状態で置いて行こうとしていた事に、主人の言葉を聞いて透はやっと気が付いたのだ。


 透が遠く離れて魔力の供給が無くなれば、具現化したガスマスクは消え、主人は再び毒物を吸い込んでしまう。

 そうじゃなくても、ガスマスクをした状態で透がいなければ食事を摂る事すらできない。


 そう、透が離れれば、主人は再び苦痛を味わいながら、毒に侵され、そして洗脳されていく。

 そんな事実に今更気が付いてしまったのだ。


 自己満足の偽善にすらならない、無意識の中での利己的な行動。

 それが主人を壊した。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああァァぁぁぁッッッ!!!!」


 突然の発狂に驚き、透は思わず手を放し主人を落としてしまう。

 床に落とされた主人は、そんな事気にも留めていないかのように呻きながら、顔だけで透を探す。


 ガスマスクの向こうから透の事をしっかりと捉えた瞳は、一瞬で暗くドロりと濁り、憎悪に染まった。

 そのまま言葉にならない奇声を上げ、頭を掻きむしり、喉を掻きむしる。


 透から目を逸らす事をせず。


「ひッ」


 言葉にならない恐怖が透を襲い、腰を抜かしながらじりじりと後ろへと這って下がる。

 見たくないとばかりに首を振るが、透の瞳は己の意志に反して主人を見つめ続けてしまう。


 透も発狂しそうになった時、ピタリと主人の声が止んだ。


 透の視界が真っ赤に染まり、その中心で胴体と切り離された首が転がる。

 首の隣には朱に染まった足が立ち、その先を追うように視線を上げると、リアが愛刀を手に佇んでいた。


 ガスマスクの奥の瞳には、どこか悲し気な色が見える。

 そこで透の意識は途絶えた。



 リアは身体強化をして、気絶した透を肩に担ぎ、隣の仮眠室へと移動した。

 そして透をベッドに寝かし、扉の前に座り仮眠をとる。


 透は翌日の1つ目の鐘が鳴っても目を覚まさない。

 リアは吐き気を堪え、愛刀を磨きながら、透が目を覚ますのを待つ。


 その後も軽度の警戒は続けながら、鈍った体を叩き起こすようにトレーニングと瞑想をし、透が目覚めるのを待ち続ける。

 トレーニングで誤魔化してはいたが、体が小さく震えている。


「私だって、しっかりしないと。何でもできるからって透くんに甘えてばかりじゃだめなのよ。今度は私が透くんを守って助ける番」


 言動の残念さから透は忘れかけている事が多々あるが、その美貌と案内人としての正確さと強さに惚れ込む男は多かった。

 冒険者の中には、無理やり自分のものにしようとする輩も当然多くいる。


 ダンジョン内では緊急時はギルドとの契約魔術が発動し、リアの身の安全は比較的確保されていた。

 だが、どんな場所にも契約の抜け穴を狙って迫りくる輩は存在する。


 そんな輩から身を守る為、正当防衛の範囲で、時には相手の腕や足を切り落とす事はあった。

 その結果逆上して襲い掛かってくる奴らは、簡単に制圧が可能となり、縛り上げルメジャンのギルドへと引き渡していた。


 人を殺す、その行為は父親であるジェイクの仇を討ちに行った時のみ。

 冷静な状態で首を落とす事までは、リア自身も初めての体験だったのだ。


「モンスター相手なら大丈夫なのに……。でも、あの人はきっとそのままでも死んでいたわ、せめて苦しむ時間が減るように……、そして透くんがショックを受けるのを減らせたなら……」


 目を閉じると、発狂する主人と恐怖に顔を歪める透の姿が鮮明に思い出される。

 そして、守る為と言い訳をしながら首を落とした感触までも。


 涙を浮かべ震える自分を、きつく抱きしめた。


「だいじょぶ、大丈夫よ、私。きっと正しい事をしたんだわ。ねぇ?お父さん……」


 2つ目の鐘が鳴る。

 まだ、透は目を覚ます気配が無い。


 自分の両足を叩いて立ち上がり、気持ちを強制的に切り替えて喝を入れる。


「もう少ししたら執事の人がやってくるわ。今まで反応を見せなかったけど、流石に主人の死体があれば襲ってくるかもしれないっ!私が、透くんを、守らなきゃ」


 リアが愛刀を握りしめ、息を殺して扉の外に意識を集中させていく。

 暫くすると、いつもと同じように足を引きずる音が近づいてきた。


 自分の生唾を小さく飲み込む音が、やけに大きく聞こえる。

 愛刀を握る手に汗が滲み、知らず知らずのうちに瞬きが減っている。


 コン……コン……コン……。


 いつもと同じようにノックの音が響き、ガチャっと部屋を開ける音がした。

 いつ執事が仮眠室にいる2人へ襲い掛かってきてもいいように、身体強化をして扉の前で身構えておく。


 だが、暫くすると、足を引きずって歩く音が遠くなっていく。


 音が聞こえなくなったらそーっと仮眠室の扉を開け、廊下を見渡したが誰もいない。

 向かいの部屋へ行くと、変わらず血の海が広がり、その中央に主人の死体が転がっている。


 いつもと同じように机の上には食料が置かれ、執事は血の海を気にせず歩いたのか、足跡が廊下の奥へと繋がっていた。


「よかった……のよね……。襲われなかったんだから……」


 主人の死体を見ても感情を表さず、いつもと同じように行動する執事の姿を思い浮かべ、言い表せない哀しみがリアの胸に湧き上がった。

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