屋敷の主人
部屋の壁と天井を全て埋め尽くすようにモニターが並び、各フロアのいたる所に置かれている監視カメラからの映像が流れている。
時折画面が切り替わると、色んな仕事をしている住民達の様子が映し出された。
真ん中に置かれたデスクの上にはパソコンのような物が置かれていた。
そのパソコンのモニターを生気の無い目で見つめるように、錆びた宝飾類を身に付けた、この屋敷の主と思われる人が座っている。
「あのー……」
部屋の異様さに息をのんだが、すぐに気を取り直して透が控えめに声をかける。
だが、主人はこちらを向く事もなく、ただただパソコンのモニターを見つめている。
リアはいつでも剣を抜けるように警戒を強め、透は鑑定をすべく少し主人へと近付いた。
名前やステータスは勿論の事、健康状態や精神状態を鑑定していく。
リアが侵されていた時と同じように、『重度の毒物接種状態による精神異常』が表示される。
リアと違うのは、一番最後に『洗脳状態(末期)』と追加表示された事くらいだろう。
「洗脳……」
「え?洗脳?この人、誰かに洗脳されているの?」
リアの質問に頷き、毒物状態を治癒して主人から話を聞く為に、リアにつけたガスマスクと同じ物を具現化し主人へと装着する。
そして治癒術をかけ始めた。
2つ目の鐘が鳴り響く時間となったが、症状が緩和される事はなかった。
モニターに映し出された人々がゾロゾロと商店へ行き、食料と思われる茶色くて四角い物を持ち、居住区へと戻っていく。
暫くすると、ずり……ずり……といった足を擦って歩く音が聞こえてくる。
2人はすぐさま部屋の端へと移動し、臨戦態勢へと入った。
足音は段々と近付いて来て、部屋の前で止まった。
ごくりと生唾を飲んだのは、透かリアか。
気怠そうなノックの音が3回響き、返事を待たずして扉が開く。
先手必勝とばかりに飛び出しそうなリアを抑え、何重にも張った結界の内側から注視していると、朝出会った執事服を着た人が部屋の中に入ってきた。
2人の事など見えていないどころか、主人のガスマスクすら見えていないのか、全く反応をしないまま主人の元へと進み、手に持っていた袋の中から見覚えのある食料を取り出し机の上へと置いた。
執事は仕事を終えたとばかりに踵を返し、またゆっくりとした動作で部屋を出ていった。
主人はガスマスクをしている事に気が付いていないのか、食料を手で掴みそのまま口元へ運ぼうとする。
だが、ガスマスクに邪魔をされ食料を食べる事ができない。
段々とガスマスクの口元に押し付けられた食料が付着して汚れていく。
「なんだか……可哀そうになってきちゃうわね」
「あぁ……。食べる動作に合わせて、収納魔術から食料を投げ込んでやるか。っと、その前に、あの茶色いのも一応鑑定しておくか」
主人へと再び近づいて、食料と思われる茶色い物を鑑定する。
『モンブールの住民達が作った半生の食料。
原材料:牛、豚、鳥、ねずみ、麦、とうもろこし、人間、にんじん、キャベツ、ほうれん草、オフル、鉄くず、ブナノ』
(うっげ……、人間入ってんの!?!?こんなん食いもんじゃねえだろ!!)
さらりと原材料に混ざりこむ人間や鉄くず、ねずみといった明らかに食料ではない物たち。
そして正体不明の食材。
食材の中身にドン引きしつつ、「オフルについて詳しく鑑定」と小さな声で呟けば、ウインドウに詳細が現れた。
『オフル:湿気の多い山奥で自生する植物。食べると思考停止状態に陥る』
鑑定結果に思わず1歩後ずさってしまう。
恐る恐る少し震える声で「ブナノについて詳しく鑑定」と呟くと、ブナノの詳細がウインドウに現れる。
『ブナノ:鉱山に自生するキノコ。食べると体の感覚が麻痺する』
触れるのもおぞましいとばかりに、更に後ずさる。
「いや……、いやいやいや……だめでしょこれ」
「どうしたの?」
透の挙動が不自然だったからか、リアが心配そうに近づいてくる。
もしかしたらこの世界の常識では、透が食べれないと思う物を食べるかもしれない、と鑑定結果を正直に伝えるとリアもドン引きして後ずさった。
その間にも主人はこのおぞましい固形物を食べようと、ガスマスクに食料を押し付けてはマスクの口元を汚していく。
「こんなやばいもん食わされて、毒が舞ってる空間にいれば洗脳もされるわな……」
「本当に……口にしなくて良かったわ……」
自分たちが無事な事に安堵し、再び主人を治療しようとした時、2人の胸に不安がよぎった。
お互い同じタイミングで同じ事を考えたのか、まるで錆びた扉の様にゆっくりと顔を向かい合わせる。
「もしかして、これ……、ツキミとか……」
「口にしてしまっているかも……」
そう、割と考えなしで本能のままに動くツキミである。
特に食欲は旺盛で、美味しそうな物につられる事もしばしば。
見た目が明らかに美味しそうな物ではなく、臭いもほのかに悪臭が漂っているこんな固形物でも、食べ物だと認識してしまったら、もしかしたら試しにと口にしてしまっているかもしれない。
そんな心配が2人の頭に浮かぶが、なんとかその思考を追い出そうとする。
「流石にこんな不味そうなもんは食わねえだろっ!」
「そっ、そうよねっ!いくらツキミちゃんでもね!」
完全なモンスターであるテディよりも、一応人族なのに信用の無いツキミ。
2人は揃って乾いた笑いを浮かべながら、透は再び治療を始め、リアは警戒をしながら各モニターを眺めていた。
それから3日が過ぎ、やっと主人の状態が鑑定をしなくても目に見える程緩和してきた。
食事は口を開けるタイミングに合わせて、透の手作りご飯を収納魔術から放り込み、食料と呼ぶのもおぞましい固形物を食べさせない、ガスマスクは外さず毒を吸わせないを徹底し、時折休憩を挟むが基本的にはずっと治癒魔術をかけ続ける。
そんな地味な治療ではあったが、更に2日程続けると、ついに主人へ正気が戻った。
「……っ、き、み、たちは」
「気が付いたんですね!ええっと、どこから説明すればいいかな……」
「とりあえず、お水とか飲ませてあげたらどうかしら?」
リアの提案に頷いた透は、主人に少し上を向いてもらい、収納魔術から新鮮な水を落とし、少しずつ飲ませていく。
主人が手を上げ、元の体勢に戻ると、大まかに今まで透達の身に起こった事を話した。
そして主人にどこまで記憶があるのかを聞くと、それまでの経緯をゆっくり思い出すように話し出す。
「あぁ、その前に。治療をありがとう、暖かい光に包まれるような感覚が心地よく、段々と身体が楽になっていくのを感じたよ」
「いえっ、そんな、大したことは……」
どれくらい前かは覚えてはいないが、ある日突然41階よりも上層階に住む人たちが大量の薬を持って降りてきた。
その中には全住民の分だけでなく、滞在中の冒険者や商人の分もあったらしい。
その薬を飲まなければ罰則という新しいルールが設けられ、何の薬かの説明も無く、この都市にいた全ての人が薬を飲まされ、拒絶をした人はみせしめに殺されていった。
そして生きている人々全員が飲んだ事を確認した上層階の人々が上へと帰ると、急に甘ったるい匂いが建物全体に充満しはじめた。
その匂いに気分が悪くなった人々が換気を試みたが、普段ボタン1つで開くはずの窓は開かず、回るはずの換気扇は回らなかった。
外に出ようとした人々もいたが、何故か体が重く動きにくくなっており逃げる事も叶わない。
そして他の住民達も主人自身も意識を手放し、次に目覚めたときは自分の体が自分の物ではないように感じたという。
脳内に直接送られてくる命令に従わないといけない気持ちになり、そのまま体はただ命令に沿って動くようになっていった。
そこからはあまり記憶が残っていないという。
「ありがとうございます、大変参考になりました。もう1つだけ聞いてもいいでしょうか?」
「何かな。2人は恩人だからね。私に答えられることならなんでもいいよ」
2人は41階以上に行く方法、それを求めてここまできて、1番偉そうな人を治療したのだ。
この人がわからないと言うのであれば、また別の人を治療しなくてはならない。
早く上に行く方法を突き止めて、ツキミとテディを救いにいかなければならない。
願いを込めて、その質問をした。
「あぁ……、本当は話す事はできないんだが……、そうだな、君たちは恩人だ、教えようか。ただし、普段は上へと繋ぐ扉の前には門番がいてね、すんなり登れるかはわからないよ」
「っ!それでも大丈夫です!助けに行きたい仲間たちがいるんです、お願いします!」
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