堕ちて、諦めて
他の階の工場も回ってみたが、どこも同じように住民達が一言も喋らず作業をしていた。
違いがあるとすれば、食料を生産しているか、大きな機械の部品と思われる物を作っているかくらいだろう。
肩を叩いたり、話しかけたりしてみても、やはり誰も反応を返さず、感情や感覚がそぎ落とされ、ただ経済を生活を回す為だけの装置となり果てていた住民達。
そうこうしているうちに、今度は鐘が2つ鳴り響く。
透が身体強化をして内臓が震えるのを堪えていると、住民達はぴたりと仕事を止め昇降場に向かって歩き始めた。
「昨日の感じだと、この後は商店へ食料を取りに行って帰る感じか」
商店階にはついていかず居住区を全て回ってみると、上の階に行けば行くほど1件1件の家が広くなり、豪華な装飾品が使われていた。
けれど、中にいる人はどの階層も変わりなく、目は濁り光を映さず、元は煌いていたと思われる服もボロボロと破け、悪臭を放っている。
現状の生活が自分の意志によるものではない事は明らかで、リアも急におかしくなってしまった以上、何かに洗脳されているのではという考えが透の脳裏をよぎる。
だが、誰が何のためにどうやって行っているのかについては、皆目見当もつかない。
「あぁ、何のためにってのはわかるかも……。自分が楽して生活するためには、自分以外が自分の為に反抗せず働いてくれたらいいんだもんな。きっとそういう糞野郎なんだろ」
このビルにいる全ての人が歯車のように扱われているのは確認できたが、だからって結局どうしたらいいのかはわからないままだ。
大きな収穫は無かったまま、とぼとぼと歩いてリアを寝かせている宿屋に戻ってくる。
出る時に張った結界は破られておらず、襲撃も無ければリアも出て行っていない事はわかる。
(住民があの様子じゃ襲撃しようなんて思うやつはいないだろうなぁ。後は別の国からモンブールに来る人も全然いなくなったってルメジャンの門番や途中の村でも言ってたし、誰かに襲われるってことは無いだろ……。まあ、そりゃぁ首都がこんな状態じゃあなぁ)
少し深呼吸をして心を落ち着かせて、扉を開いた。
リアは出た時と同じように鎖に縛られて横たわって眠っているが、ベッドの上ではなく床だった。
大暴れしたのが部屋の惨状からもわかるように、机や椅子は砕け、壁や床には血が飛び散り、割れないように結界で補強してあった窓を割って逃げようとしたのだろう、窓ガラスには血がべっとりと付着している。
そしてツンとしたアンモニア臭が漂い、ベッドに薄っすらと黄色いシミができている。
透が具現化した鎖を物理で叩き壊そうとしたのか、引き千切ろうとしたのか、手や足は切れ今も血が流れ出ている。
顔色は青白く、血が足りていないのが手に取るようにわかった。
慌てて治癒術をかけ、傷が塞がり少し呼吸が安定したところで、隣の部屋へと移した。
ベッドに寝かせ、鎖を解除するかを悩んでいると、リアが小さな呻き声を上げる。
「リア……、その、大丈夫か?」
仕方がなかったと自分に言い訳をしながらも、女の子を鎖で縛ってトイレにも行けない状態で放置してしまった事、縛られてるのを凄く嫌がりなんとか脱出しようとしてボロボロになってしまっていた事、そして勝手に脱がして着替えさせる事もできずいまだに汚れた格好をさせてしまっている事に負い目を感じ、かける声が弱弱しくなる。
だが本当はそんな言い訳じみた理由よりも、部屋を出る前のように恨みが籠った瞳を向けられ、罵声や暴言を浴びせられるのが怖い、というのが透の心境の大半を占めているのだが。
その証拠に申し訳ないと思いながらも、猿轡となっている布は解除しない。
ゆっくりと目を開けたリアは、焦点が定まらないようで、ぼけーっと空中を見つめている。
恐る恐る肩に触れると、ギュインと効果音が鳴りそうな程勢いよく透の方を向いた。
「ンーーーーッ!!!!ンンッ!ンンッ!!」
透の方を向いているのに、焦点があっていないためか透の事を瞳に映さないままだが、その表情は憎悪に染まって声にならない叫びを上げ、飛びかかろうと身体強化をしてバタバタと暴れ出した。
かと思えば、糸が切れたように力が抜け、ただ静かに涙を流しながら空中を見つめだす。
透はどうしたらいいのかわからないまま、短時間でリアの興奮と消沈が繰り返されているのをただただ見つめる事しかできなかった。
段々疲れてきたのか、興奮状態の時間が短くなり、消沈している時間が長くなっていく。
まるでここの住民達へと近づいているかのように。
どう声を掛けていいのかもわからないまま、透は逃げるようにして部屋を出た。
そのままこの階の一番端まで走り、外に広がる荒野へ逃げ出そうとビルの窓ガラスを割ろうとしたが、透の全力の魔力弾を撃ち込み、ブレイド部分で我武者羅に殴り掛かっても傷1つつける事ができなかった。
「ここを出たらリアもましになるかと思ったけど……、逃げる事もできねえってか」
ビルの窓ガラスに身体を預けへたり込むと、リアの声はもう届かないはずなのに頭の中に響き、その姿が目を閉じると鮮明に浮かび上がって透の心を蝕んでいく。
ツキミとテディはいなくなり今だ痕跡すら見つかっておらず、住民はまるでロボットのように感情も無く表情も変えず、反応をする事も無くただ同じことを繰り返し、仕舞いには唯一普通だったリアまで気が触れたように狂ってしまった。
その中で今も正常に思考し、健康のままなのは透だけなのだ。
思考を放棄してしまいたい衝動に駆られ、何もかも投げ出して逃げ出したいと叫ぶ心を精一杯宥める。
それでも、リアの状態が刻一刻と悪くなっているのを見て、心が折れそうになった。
「もう……もうやだよ……。何でこんなことになっちまったんだ……、俺が悪いのか……?なんで俺だけ狂わないんだよ!狂っちまえば、何も考えられなければ、このまま死んじゃえば……楽になったのに」
透の頬を涙が伝い、「だれかたすけて」と呟いた言葉が宙に溶けていった。
だが、ここには誰もいない。誰も手を差し伸べてはくれないのだ。
更に透の暗い暗い思考は加速していく。
(俺は異世界から呼ばれた主人公じゃねえのかよ……。最強のチート能力があって、誰も俺に敵わないってわけでもない。権力があったり、どっかのお貴族様や王族に気に入られて好き放題できるわけでもない)
透の瞳が光を失い、思考に引きずられるようにして、暗く濁って澱んでいく。
(むしろ、俺よりも先に異世界から来た奴がいて、そいつが勇者って名乗って、そんでもってその称号に相応しい実績をあげて、皆に頼りにされて信頼されて……。唯一無二の勇者じゃないのなら、チート無双ができないのなら、別にわざわざ俺を送らなくたってよかったじゃねえかよ。何で俺に世界を救ってくれなんて言ったんだ、俺よりもよっぽどすげえ奴がいるじゃねえか)
フッと、乾いた笑みが透の顔に浮かんだ。
「まあ、もう、今更どうだっていいか。誰も味方がいなくなって、ここから出る事もできず、きっとこのまま死ぬんだろ……」
そのまま床へごろりと寝そべると、全てを諦め目を閉じた。
(リア、ツキミ、テディ。頭も力も足んなくて、助けてやる事ができなくてごめんな。……でも、八方塞がりで手がかりもなくて、俺だって助けて欲しかったんだ。早いかもしんないけど、もう諦めてしまう事を……どうか許してくれ)
口に出す事すら面倒になり、心の中で誰にも届かない謝罪と言い訳を呟いた。
そのまま意識を飛ばして眠ってしまおうとすると、ドクンッ!と力強い魔力の鼓動が脈を打った。
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