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最強の武器はこの妄想力  作者: 緒嶋まゆ
第三章
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狂ったリア

 翌朝、透は人の話し声で目が覚めた。

 おかしいと思いながら起き上がり耳をすませると、独り言とは違う時折笑い声を上げるような、会話をしているような声が聞こえてくる。


「あれ?リア以外誰もいないはずなんだけど……ツキミがひょっこり帰ってきたか?」


 ツキミとテディが帰ってきたのであれば、リアの所でのんびり話してないで透の所にも突撃してくるような性格をしているはずなんだけど、と思いながらリアの部屋をノックする。


「おーい、ツキミ達帰って来たのかー?開けていいかー?」


 扉越しに問いかけるが、リアは会話が楽しいのか透に対して返事を寄越さない。

 もう1度先ほどよりも大きな声で問いかけるが、やっぱり返事は返ってこなかった。


 そしてその会話に違和感を覚える。

 軽やかに語り掛ける声色、楽しそうに笑う声、少し怒ったような拗ねたような甘い声、かと思えばぐすりと鼻をすすりながら震える泣き声、それはそれは嬉しそうに「ツキミちゃん」と名前を呼ぶ声。


 そのどれもこれもが会話で起こりうる違和感のない声のはずなのだが、先ほどから聞こえてくるのはリアの声だけ。

 呼ばれているはずのツキミの声は一切聞こえないのだ。


「開けるぞ」


 返事が無く嫌な予感を感じ、そのままドアを押すと鍵も掛けられておらず、昨晩はリアの体調がかなり悪かったのが察せられる。

 それでも不用心だな、と思いながら中へ入ってリアを見ると、枕を抱いたり離したりしながら、その枕に向かって話しかけていた。

 まるでその枕が本物のツキミであるかのように。


 恐る恐る肩を叩いて話しかけると、やっと透を認識したリアは花が綻ぶような笑顔を浮かべた。

 相変わらずその顔色は青白いままだが。


「見てっ!ツキミちゃんがやーーーっと帰ってきたのよっ!それにほら、椅子の所にはお父さんも来てくれた!暫く会えなかったから、寂しかったぁ。ふふっ、テディちゃんも嫉妬してくれてるの?可愛いんだからぁ、勿論みーんな大好きよっ!」


 誰もいない空間に話しかけ、手を伸ばして何かを抱きしめようと動く。

 その手は虚しく空を切るが、リアは気にした様子を一切見せずに話続けている。


(寂しさ……?ストレス……?人ってこんなに急にバグるのか?)


 透の心に言いようのない不安と恐怖が押し寄せ、リアになんて声を掛けたらいいかわからなくなり呆然と立ち尽くしてしまう。


「ツキミちゃんもテディちゃんもお腹減ったの?もう~食いしん坊なんだからっ!ふふふっ、ちょっと待っててね、すぐに用意するから」


 ツキミに見えているであろう枕をベッドへと置くと、リアはすくっと立ち上がりおもむろに窓の方へと歩いていく。

 透がぼけっとその様子を目で追っていると、腕に身体強化をかけ素手で窓ガラスを割った。


「!?!?!?ちょっ、えっ!?何してんの!?」


 透が目を白黒させ状況について行けないでいると、リアは割れた部分から窓ガラスを手に掴んでベッドの方へと戻ってくる。

 その手にはガラスが刺さり血が流れ出ているが、まるで痛みを感じないというように顔には笑顔が浮かんだままで、鼻歌まで歌い出していた。


「はい、ツキミちゃんお待たせっ!食べさせてあげるね、あ~ん」


 手の中にあるガラスを枕に押し込む。

 枕に向かって「美味しい?」と尋ね、自分も窓ガラスを食べようと口元に運んだところで、透が腕をガシっと掴みそれを阻止した。


「透くん?ねぇ、なんで邪魔するの?ツキミちゃんがこのご飯美味しいっていうんだよ、なのに私は食べちゃいけないの?私が用意したのに?ねぇ、なんで?」


 焦点の合っていない瞳が透に向けられた。

 言葉がつっかえながらも、それは食べ物じゃないと説明するが、リアは逆上してしまう。


「私の用意したご飯が食べ物じゃないですってッ!?何よ!それなら透くんは食べなきゃいいだけじゃないッ!私とツキミちゃんとテディちゃんとお父さんで楽しむからいいわ、出てって!早くッ!出てってよッ!邪魔だなッ!離しなさいよッ」


 振り払おうと身体強化をして暴れるリアを、透も身体強化をしてなんとか押さえつける。

 リアの急変に泣きそうになりながらも、リアを抑え込むように鎖を具現化して動けないようにする。


 それでも大暴れして危険なので、両腕から胸を縛る鎖と、両足を縛る鎖を具現化した。

 1本しかない手でも自由にさせておくと何をするかわからないので、手首と腹を鎖で縛るように具現化する。


 そして握り込んだ手を開かせてガラスの破片を取り、治癒術の詠唱を始めた。

 その間もリアは「放せッ!助けてお父さんッ!何で動いてくれないの!?!?」と叫び、薄っすらと緑の光を帯びる程全力で身体強化をして、鎖を引き千切ろうと暴れている。


「ごめん、でも、これ以上はリアが危ないから……ごめん」


「謝るくらいならッ!とっとと解放しなさいよッ!殺すわよッ」


 牙を剥き、怒りと憎しみを込めた瞳を透の方へと向けるが、視点はズレていて透の姿は映っていない。

 再び謝罪を告げながら、舌を噛まないように布を具現化し口を塞いだ。


「今日こそ何か手掛かりを掴んでこれるようにするから、苦しいだろうけどちょっとそこで待ってて」


 言葉にならない叫びを上げるリアに、最後にぽつりとまた謝って部屋を囲うように結界を張り巡らした。

 もしも侵入者がいたらリアに危害を加えないように、そしてリアがどこかに消えて危険な事をしないように、と。


「一体どうしちまったんだよ……」


 逃げるように昇降場へと走り、ぽつりと漏れた透の泣きそうな呟きに返事は無い。



 居住区へ着くと同時くらいに、再び昨日と同じ重く体内に響く鐘の音が1つ鳴った。

 壁に手を付き吐きそうになるのを堪え、大きく深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻す。


 鐘の音の余韻が身体から消え去り動けるようになった時には、昇降場に住民たちが集まってきていた。

 昨日見た光景と同じように開いた昇降場の扉の中へ、奥からぎゅうっと詰めて入っていく。


 漂ってくる嫌な臭いに顔を顰めつつ、ハンカチを具現化して鼻を押さえ、どこに行くのかを確かめる為に、意を決して住民と一緒に乗り込んだ。

 足場がゆっくりと下ってる最中、喉の所までせり上がってくる酸っぱい物を必死に飲み込んで、薄っすらと涙を浮かべながら到着するのを待つ。


(早く……早くどこでもいいから……一体何階まで行くんだよ)


 永遠とも思える時間が過ぎ、意識が薄くなってきた所で足場は停止し扉が開いた。

 ふらふらと出ようとする住民を押しのけて転がり出た透は、ついに堪えきれずに胃の中身をぶちまけた。

 戻す物が何もなくなるまで、えずいている音が昇降場に響くが、住民は一切聞こえていないみたいだ。


「ここは……どこだ?」


 昇降場に立っている看板には『12階 第2生産工場』と書かれている。

 このふらふらの状態で一体何をするんだ、と疑問に思いつつ住民の後を透自身もふらつきながら追い始めた。


 工場と思われる扉を開けると、収穫されたままの状態の麦や野菜や卵、更には解体もされていない状態の牛が開けた場所に置かれていた。

 そこから血だらけのベルトコンベアが繋がっている。


 様子を見ていると、住民たちが牛の周りにナイフを持って集まり、ざくざくと刃を立てぐちゃぐちゃにしながら解体していく。

 麦の所に行った住民が機械の中に麦を突っ込んでいくと、バラバラと実が外れた状態で落ちてきている。

 解体された肉や実だけになった麦や、そのままの状態の野菜等をベルトコンベアに乗せていった。


 ベルトコンベアの先を追っていくと、中に鋭利な刃がいくつも取り付けられた巨大なミキサーのような物の中に、材料がそのまま突っ込まれていく。

 ガリガリという音を立ててペースト状にまでされた食材が四角いバットへと流し込まれ、再びベルトコンベアでその先へと運ばれていった。


 更に追いかけると、住民の手で巨大な焼き窯にセットされ蓋が閉められ、暫く時間がたつと焼き窯が自動で開き、熱を放出し始める。

 少しは熱が取れたが、まだまだ湯気が立ち熱いバットを素手で住民たちが持ち、再びベルトコンベアに乗せていった。


 その際に皮膚が焼ける臭いが漂うが、それを見ていた透だけが眉を顰め、住民達は痛みも暑さも感じないのか、顔色1つ変えずに作業を続けている。


 バットから取り外し1口大にカットされたそれは、乾燥機の中へと送られていく。

 暫くして乾燥機から出てきた物は、昨日住民が食べていた茶色い物体だった。


「できる過程を見るとより食いたくなくなるな……」


 野菜や卵は皮を取らずそのまま、肉は内臓や血液も分けずに、その色々が味が整えられることも無くごちゃまぜにされ固められた食料。

 ルメジャンの1番人気が低い保存食よりも、最悪な味になっている事が簡単に予想ができる。


 その茶色い食料を大きな袋に入れた住民が工場を出て行くのを見て、きっと商店へ並べに行くのだろうと予想した。

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