下層探索 1
「実は下層については私もここからそう遠くないとこまでしか来た事がないの。そして即死の罠も多くなってくるはずだから、十分注意してゆっくり進みましょう」
「あいなのだ!」
((大丈夫かな……))
リアの真剣な声色とは対照的に能天気なツキミの声が響く。
透とリアの心の呟きが一致し、苦笑いを浮かべている事にツキミは気付く様子も無かった。
リアを先頭に中層までとは違い比較的ゆっくりと3人は歩みだした。
懸念事項のツキミが大人しくリアの注意に従って行動していた為、大きな問題も無く初日が終わる。
「さて、そろそろ今日の探索は終了して休みましょうか」
「ほいなのだー」
「ん?周りに冒険者もいねえけど、ここは安全地帯なのか?」
中層では安全地帯は少し開けた広場となっており、他の冒険者もちらほらと見掛ける事ができていたが、今回リアが腰を下ろしたのは先ほどまで歩いていた道と変わらない迷路の行き止まりだった。
コウモリのようなモンスターが偶に飛んできてはツキミの雷撃に撃ち落されている。
「下層では中層までのような安全地帯は存在しないの、だから他の冒険者の妨げにならない場所で休息を取るしかないのよ。ここからは人の目が少ないっていう事もあるし、食料が減ってきた冒険者とかに襲われる確率も上がるから休息時もきがぬけな……」
リアの話を聞きながら透はいつものように土のドームを作り、その更に少し前に土壁を立ち上げた。
土壁は上数センチを開けており空気が籠らないように配慮されている。
ツキミは透が生成をし始めると何も言わなくても土壁の外に2重の結界を張った。
「あ、うん……そうだね、あんまり関係ない話だったね……」
僅かな時間で手慣れてきた簡易要塞を組み上げた2人に乾いた笑いを漏らすリア。
安全なのはいい事、と割り切って深く考えないように思考を放棄した。
「んでも、今回は行き止まりみたいな所があったから良いけど、道の途中で寝るみたいになった時は塞ぐわけにもいかないしなぁ、どうすっか」
「それはその時考えればいいのだ~」
これまたいつものように食事の準備をしながら、能天気に今後の話をする2人。
食事が完成するのを楽しみにしているようで、鍋の中を覗くツキミからは「のーだ♪のだのだっ♪」といった訳の分からない歌が口ずさまれている。
食事をしているとツキミの毛がブワッと急に逆立った。
バチバチと言わせながら魔力を体に纏い臨戦態勢に入る。
それを見た透も食事を収納魔術に突っ込み、ルドニールを具現化し構え、リアもそれに倣って剣を抜いた。
──ピシッ……パリンッ!
甲高い音が響き1層目の結界が割れる。
3人は息を潜め集中力を限界まで高めた。
「……ようぜ。……んな……だって」
「いいや!……だろ!」
「…………わ」
壁の奥から僅かに会話する声が聞こえる。
その間も結界への攻撃は止むこと無く続いている。
──パリンッ!
2枚目の結界が破られ、残るは透が作った土壁のみとなり、今まで続いた攻撃の音がピタリと止まった。
数秒経ったのち、ドカーンと大きな音が鳴り衝撃の余波が3人へと届く。
「くうううぅうぅ!これで壊れねえのかよ!」
悔しそうな声が3人の元へと届いた。
どうやら壁の外にいる冒険者が大きめの魔術を壁へとぶち当てたようだ。
外では作戦会議が行われているのか、ブツブツと会話する事が微かに聞こえる。
そしてそのまま声は小さくなっていき、ついには聞こえなくなった。
「行った……のか?」
「少し見れるかしら?」
透はリアの問いに頷くと、魔力絨毯を展開し壁の外に何かあるかを確認し、更に土壁の端に小さな穴を開け外側を覗き見る。
外にいた冒険者たちはすっかり姿を消していた。
「どうやら行ったみたいだ」
「びっくりしたのだ~」
肩の力を抜き臨戦態勢を解除する3人。
土壁を修復し結界をかけ直し、食事を再開した。
その後も何度か襲撃に合うも途中で帰っていく他の冒険者達。
「中層までは全然来なかったのに、なんで下層に来た途端こんなに狙われるんだ?」
「多分下層にいる冒険者達は自分達の腕に自信があるから壊せると思っているんだわ。それに明らかに守られてるのがわかるから、この先にお宝があると勘違いするのでしょう」
「でもみんな途中で帰っていくのだ、お宝があるなら最後までいくもんじゃないのだ?」
「壁を破った途端罠が発動するかもしれないでしょう?だから魔力は出し切らないで、ここまでは挑戦するっていうのを決めてあると思うわよ。それにすぐに休める場所も無ければ、休んでても他の冒険者に襲われるかもしれないから常に戦えるようにしておかなきゃだしね!」
リアの説明に「ふーん」と頷く2人。
思っていたよりも淡白な返答にリアは少し肩を落としつつも、気を取り直して明日からの予定を確認し早めに休息を取った。
「さっ、お宝ざっくざく狙いにいくぞ!」
「なんでそんなに元気なのだ……?」
張り切る透に対し、寝ぼけ眼を擦り欠伸をしながらいまだにウトウトしているツキミ。
寝ている最中も何度か襲撃に遭っており、一番外側の結界を張っているツキミはその度飛び起きて臨戦態勢に入っていた。
幸か不幸かどの冒険者も結界が1~2枚割れる所までしか挑戦してこなかった為に、寝不足なのはツキミだけだった。
ツキミは猫モードになると、寝るから連れていってくれと言わんばかりに透の洋服をよじ登る。
透もなんとなく夜通し頑張ってくれた事を察して、抱っこ紐のような物を具現化し腹部にツキミを収めた。
「貴方……何度も思うけど、中々便利ね」
「んあ?リアも魔術使えるだろ?こんくらい作れるんじゃないのか?」
至極当然のように首をかしげる透に苦笑いをしながらリアは答える。
「私は基本的に無詠唱でできるのは身体強化系ばかりで、何かを作り出すっていうのは苦手なの。案内業をやる上で水位は出せなきゃしんどいからって、必死で覚えた水を出す魔術もコップ一杯の為に長い詠唱が必要だわ」
「あー……まぁ、人には得手不得手ってあるもんな……」
確かに今まで一緒にいてリアが魔術で何かを具現化するという事は無かった。
武器だって毎回ルドニールを具現化する透や、魔力を電気のように変質させて雷撃を放つツキミは普段何も持ち歩かないが、リアは常に短剣を腰にぶら下げている。
だが、代わりに上層では壁を拳で殴って穴を開け、透の魔力弾やツキミの雷撃を回避するという身体能力の高さを発揮していた。
透は今までの事を思い出して、極力怒らせないように注意しようと頭の片隅で考えていた。
ツキミ大好きなリアには、透がわざわざ何もしなくても怒りを覚えている事がしばしばあるのだが……今まで女友達の1人もいなかった透は気付く事は無かった。
(あぁ……いいなぁ……私もツキミちゃんをお腹に抱えて進みたい……っ!可能ならダンジョン内じゃなくて、安全な所でそのもふもふをお腹に乗せて1日中ゴロゴロしたいっ!そのひんやりとしてぷりっとした肉球をずっと触っていたいっ!でもでもでもっ、ダンジョン内の危険な状況でツキミちゃんをいっぱい助けて好意を感じて覚えてもらいたいし……。勿論猫ちゃんの状態だけじゃなくて、人間の超絶美少女なツキミちゃんのすべすべのお肌を撫でまわしたいっ!あぁ!ずるい!仕方ないとわかっていつつも長瀬さんばかりずるいわっ!)
透の前を無表情で辺りを警戒しながら歩くリアの頭の中は激しく煩悩だらけだった。
勿論、透はこれも全く気が付かなかった。




