モンスター?
「え……ええと……どうしたらいいのだ?」
3人の目の前に広がったのは、底の見えない漆黒の闇を纏う巨大な穴。
心なしか得体のしれない黒っぽい何かが、もやぁもわぁと穴から湧き出ているようにも見える。
そして明らかに臭ってくる異臭。
戸惑う透とツキミに対して、リアは笑顔で告げた。
「飛び込むのよ!」
予想通りの回答だが、受け入れられず固まる2人。
初めてここを訪れる冒険者は皆同じ反応をする為、リアは慣れた様子で2人を放置し鼻と口を布で覆っていく。
「大丈夫よ、ちょっと臭くてなんとなく一瞬呪われる位だから、死にはしないわ」
「それは……大丈夫なのだ……?」
「いやいや、サラッと言ったけど、呪われるってなんだよ!」
「そのままの通りよ」
慌ててリアに倣って鼻と口を押える2人。
ゆっくりしている時間は無いと、無言のまま手をクイクイっと動かして2人へ飛び込むようにリアは合図をする。
だが、2人は身体が拒絶をしているといった様子で一向に動く気配が無い。
ドンッ──
リアは慣れたように透の背中を穴に向けて蹴り飛ばして、ツキミをお姫様抱っこして自ら穴へ向かって飛び込んだ。
強烈な浮遊感が3人を襲い、異臭が強くなる。
黒いもやが体にじめっとまとわりつく感覚に襲われ、耳元で理解不能な言葉を囁かれる。
永遠にも感じる一瞬の時が流れ、ドサッと地面へと叩きつけられた。
透は思いっきり打ち付けたお尻をさすりながら辺りを見渡すと、丁度上からストっと降り立った影が1つ。
腕には異形のモンスターを大切そうに抱えている、大熊のモンスターが現れた。
振り返って透を見る目にボワッと赤い光が灯る。
耳元で優しく甘い声が「殺せ、殺せ」と囁く。
焦る透は頭を振って後ろに飛び退きながら、ルドニールを具現化して魔力弾を大熊に向かって打ち出した。
「グァァァァァァァ!!」
大熊は咆哮を上げながら素早く魔力弾を躱した。
そしてそのまま着地しようとして、腕の中の異形モンスターが耳を劈くような叫びを上げ暴れだし取り落としてしまう。
(ツキミとリアは一体どこに行っちまったんだ……、まさかバラバラになったのか?)
異形モンスターに近付こうとする大熊に再度魔力弾を撃ち込むが、今度は異形モンスターが放った雷撃に魔力弾は全て撃墜されてしまった。
仲間割れを起こしたのか、異形モンスターの雷撃は大熊にも向かう。
それをひょいひょいっと大熊は躱して、まるで人間が中に入っているかのように、止まれ止まれとジェスチャーで伝えてくる。
異形モンスターの方も襲い掛かってこないので、警戒を強めルドニールに魔力を込めたまま大熊の様子を見ることにした透。
その間も耳元では甘ったるく「殺せ、殺せ」と囁き続けられている。
頭を振ってもその声は消える事無く纏わりつく。
(うるせぇな、これが呪いってやつか?)
声に飲み込まれてしまいそうになるが、大熊の必死の様子を見て引き金を引かないようにグッと堪える。
どうやらそれは異形モンスターも同様のようで、自身の周囲をバチバチと桜色の雷を纏って停止している。
(桜色の……魔力?)
透がハッとした様子で異形モンスターを見ると同時に、異形モンスターも同じように透へと顔を向けた。
「「ぐぎゃ……ギ?」」
言葉にならない鳴き声が重なった。
その途端そこにいた3体のモンスターの体内から黒いもやもやっとした物が抜け、先ほど中層にいた透・ツキミ・リアが現れた。
「透とリアは実はモンスターだったのだ……?」
「んなわけあるか、馬鹿。おい、どういう事か説明してくれよ」
疑念を込めた鋭い瞳がリアを貫く。
それにオロオロとしつつもリアは胸元のペンダントを見ると、透き通った空色の魔石に大きな亀裂が入っていた。
「ごめんなさい……」
下層へと通じる穴では、体に纏わりついていた黒い靄が一種の幻覚と幻聴を発動させるという。
それは互いをモンスターと認識させ殺し合わせるという類の物で、リアが常に持ち歩いているペンダントの近くにいれば防げるはずだった。
その為冗談半分で呪われると言いつつも安心して穴に飛び込んだが、実際には魔石に亀裂が入っており効力が無くなっていた、と説明をする。
「それでもちゃんと話しておけばよかったわ、私のミスで2人の命を危険に晒してしまった。本当にごめんなさい」
真摯に頭を下げるリアを見て、互いの顔を見合わせる2人。
そして、全て華麗に躱しつつも一度も反撃しようとする素振りすら見せず、ツキミを大切に抱えていた大熊の様子を思い出して、フッと笑った。
「いいのだ、あたしも道中で色んな罠にかかったから、これでおあいこなのだ」
リアに尻尾を絡ませながらニコっと笑うツキミに、何も言わないが意地悪そうに微笑んだままの透。
2人の様子に胸をなでおろす。
生足に感じるツキミの尻尾のさらもふ感に頬が緩みそうになるのを必死に堪えた様子で、少し歪な表情になりながらも再度謝罪をした。
「そういえばリアは全く攻撃の姿勢を見せなかったけど、一回吠えてたよな?あれなんて言ってたんだ?」
「あぁ……あれは長瀬さんがいきなり攻撃を仕掛けてきたので……待ってええええええええ!って感じですかね!」
咆哮が威嚇だと思っていた透だったが、先ほどの出来事を思い出してただただ慌てているだけの熊だと思ったら笑いが込み上げてくる。
ニヤニヤと面白がる透に文句を言おうとしたリアだが、先ほどの失態により結局悔しそうに黙り込んでしまった。
(それにしても、この厄除けの魔石はかなり上等な物だし、意図して壊そうにも中々壊れないはずなのに……。しかもダンジョンに入る前にも問題が無いか確認したわ……。どうしてこんなに大きな亀裂が入っているのかしら……)
ポケットに入れたペンダントを服の上から撫でつつ、リアは心の中で呟いた。
答えはどこからも返ってくる事は無く、下層探索に向けて一旦疑問を横に置き気を引き締め直したのだった。
◇◆◇
「お邪魔しますねェ、おや?ジェイクさんだけですか?愛しのリアさんはまたダンジョンですかねェ?」
「…………帰れ」
リアとジェイクの経営する案内事務所に訪れたのは、煌びやかなベストをやストールを身に付けた嫌みたらしい商人。
大きな魔石を使った指輪が全ての手指にはめられているが、それぞれの指輪は全て高級な魔道具としてオーダーメイドで作られた物で並大抵の攻撃は全て弾き返されてしまう。
高級な香水を鼻が曲がる位ふりかけた体からは、汗と混じり吐き気を催す異臭を放っている。
その商人を守るようにガラの悪い用心棒が2人。
ニヤニヤとしながら事務所の中を見渡している。
ジェイクは不機嫌そうな顔を隠す事も無く、商人を睨みつけている。
そんなジェイクに向けてねとっりとした笑みを浮かべた。
「1人娘の事心配じゃないんですか?命を懸ける案内人をさせるよりも、早く私の元に嫁がせた方が皆幸せになると思いますよ」
「何度来られても娘はお前にはやらん、帰れ」
ジェイクの返事を予想していたのか、笑みを張りつけたまま事務所を後にする。
「また何度でも来ますよ、次回はいいお返事が聞ける事を願ってます」
「……二度と来るな」
ドスを聞かせた声も、睨みつけた瞳も、用心棒が震え上がるような殺気も、全く意に介さず笑みを深くしてヒラリと手を振った。
その瞳は執念によってドロリと濁っている。




