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ゴールドラッシュ・イン・ザ・ビヨンド 6

「あー、やっと着いたー! 長かったー!」

 どれくらい走っただろうか。日も落ちてすっかり暗くなった頃に、俺たちはようやくセブリア準州一の都市、ネスメアに到着した。実はセブリアにはネスメアとは別に州都があるのだが、これまた統治官の暴政で酷い有様らしく、とある大資本家のお膝元なせいで統治官でも手を出しにくいネスメアの方が治安も良く栄えているという状況だ。ビヨンディアンに対する差別も他の州よりはマシだと聞くし、リトゥアを連れているならとりあえず、ここに来ておいて損は無いだろう。

「よし、リトゥア。腹も減ったし、まずは予定通りメシでも食いに行くか! ビヨンディアンって食っちゃいけないものとかある?」

「私は何でも食べられる。けれど、肌は隠した方がいいと思うわ。私たちキシネルサ……、あなた達がビヨンディアンと呼ぶ人達をよく思ってない人も多いから」

 そう言ってローブを取り出すリトゥア。確かにこれで肌は隠れたが、大きく体を覆う布は、昼間のような戦闘ならともかく、食事の時には邪魔になりそうなデザインだ。

「まあ、お前達のことを下に見てる連中がいるのは事実だし、お前が隠したいってんならそうすりゃいいさ。けれど、もし嫌々やってたり俺への迷惑とかを考えてるなら今すぐ取っちまえ。それで降りかかる火の粉くらいは払ってやるよ」

 俺は、なるべく押し付けがましくならないようにそう告げた。まあ、雇うと決めた以上、メシくらい気兼ねなく食わせてやりたいと思う。

 それを聞いたリトゥアは少し考え込んだ後、静かに口を開く。

「あなたは私の見た目が嫌いじゃないのね。本土人はみんな黒い肌を汚いと言うって長老が言ってたのに」

「髪も目も肌も綺麗で可愛いだろ。何も嫌いになる要素は無いし、俺みたいに考える合衆国民もいる。そんな事を言ってるのは馬鹿なセルクニカ至上主義者だけだよ。下らない固定観念に囚われて現実が見えてない残念な連中だ」

 わざわざ事実を誇張して教えることで憎悪を煽るお前のところの長老も大概だけど、と余程言ってやりたかったがまだ長老とやらの存在はリトゥアに深く影響しているらしく、安易にそれを否定するのは彼女も傷つけることに繋がるだろう。まだ荒療治が必要な段階ではない。

「まあ、そういう事だから自信持て。お前は十分綺麗だよ」

「……そんなことを言われたのは初めてだわ」

 そう言った後、少しの間を挟んでリトゥアはゆっくりとローブを脱いだ。きっと、賢いリトゥアは色々なこと、大半が自分たちに降りかかる不利益であるそれを考えた上で、それでも肌を見せてくれたのだろう。もし、その選択に俺の存在が影響していたらちょっと嬉しい。

 だったら、俺にも果たすべき義理がある。

「安心しろ。お前は俺が守ってやる」

 そう再び決意して、俺は酒場のドアを開ける。

「おーい、席空いてるか?」

 そこは小さな木造の店であった。調度品や料理の種類庶民向けのも値段相応と言った感じで、客層もまた値段相応だ。けれど、そんな所が貧乏旅人の俺には心地いいし、リトゥアも嫌だとは感じていないようだ。

「ああ、二人か! だったら奥の階段の辺りにちょうど空いてる席がある! 適当に掛けててくれ!」

 奥から野太い男の声が聞こえてくる。その声に負けないくらい客も活気に満ちていた。

「だってさ。座ってようぜ。混んでるってことは美味いんだろう」

「そうなの? 店で食事をするのは初めてだから、よく分からない。私は何をすればいいの?」

「店なんだから何もしなくていいんだよ。適当に座って食いたいものを言って、後は出てくるのを待つだけさ。そんで、帰り際に小銭を置いてってやればいい。美味かったら少し多めに渡してやればもう完璧だ」

 俺は適当な外食の心得をリトゥアに話しながら時間を潰す。そして、ちょうど美味い店の探し方を教えている時、奥から日焼けした逞しい男がやってきた。どうやら、これが店主らしい。

「待たせて悪かったな。少ない人数で回してるから忙しい時は注文を聞くのも大変なんだよ。それで、注文は決まったか?」

「それなんだけどさ、ビヨンドは初めてなんだけど、何かこっちの美味いメシと酒はない?」

「なるほど。そういう事だったら、この時期なら羊のクレニ焼きが美味いな。作るのに少し時間はかかるが、その分味が染みてうまいし、大皿で出すから二人で食っても十分な量だ。レイラットっつーこっちの酒がよく合うぞ」

「じゃあその二つを頼むよ。リトゥアもそれでいいか?」

「外の料理はよく分からない。任せるわ」

 リトゥアも了解してくれたので、ここは異界料理を味わうことにしよう。だが、そこで急に店主の表情が変わる。そして、その目線はリトゥアを向いていた。

「……ところで、その子はビヨンディアンか?」

 店主の目が少し鋭いものとなる。……早速、差別絡みのトラブルか?

 客商売である酒場や宿屋は、「衛生に関わる」とか訳わかんないことを言ってビヨンディアンを締め出すのはありそうな話だ。店主本人がそうは思っていなくても、客にそういう考え方をする奴がいたら売上が落ちるらしい。

 とりあえず、俺は笑顔で返答する。だが、心の底では警戒を強めることも忘れない。

「リトゥアって言うんだ。訳あって俺のところで預かってる」

 これに対する答え次第では、俺も対応を考えなければならないだろう。だが、幸いなことにその警戒は無駄に終わってくれた。

「そんな目で見ないでくれ。安心しろ、俺のメシを楽しく食ってくれるなら誰であろうと大事な客だ。だからビヨンディアンのメイドも差別しない。珍しいとは思うがな。まあ、不躾な視線を送ったことは事実だし、それは謝る」

 そう言って、快活に笑う店主のオヤジ。その顔には、一切の暗い部分見つからない。流石ネスメアと言ったところか、ビヨンディアンへ理解のある人間も少なからずいるようだ。

 とりあえず、俺は非礼な態度を店主に詫びる。

「悪かったよ。睨んだつもりはなかったんだが、少しピリピリし過ぎてた」

「気にすんな。そういう身の上なら警戒するに越したことはない。そんで、注文は終わりか?」

「リトゥアにはアルコールが入ってない飲み物がいいな。どれにするか……」

「だったらお前とは逆に本土名物のレモネードを持ってきてやるよ。さっきのお詫びにサービスだ。お嬢ちゃん、酸っぱいものは大丈夫か?」

「……平気よ」

「なら決まりだな。すぐに持ってくる」

 そう言って店主は奥へ戻り、すぐに二人の飲み物を持って戻ってきた。

「悪いね旦那。チップを多めに出しとくよ」

「アホ、お前みたいな金持ってなさそうな奴にたかるほど落ちぶれちゃいねぇよ!」

 最後に大きく笑ってから店主は厨房へ消えてった。そして、俺はリトゥアに向き直って話しかける。

「いい人だったな。若い俺やビヨンディアンのお前も差別しない」

「……あの人も私を否定しなかった。私の神だって私を否定するのに」

「本土人もビヨンディアンも色々いるってことさ」

 そう言って、俺はレイラットに口をつける。うん、麦酒のような味だが、強めの炭酸と、どこか柑橘類と香辛料のような味もして爽やかな味わいだ。肉料理に合うと言うのも頷ける。

 リトゥアもレモネードをうまいと思ってくれれば、と思って顔を上げようとする。が、そこで嫌な気配を俺は感じた。嫌とは言っても、リトゥアに襲われた時のような殺気ではなく、ただただ不快なだけの雰囲気。

 それは、さっき向かいの席に座った大男から発せられている。そいつは、仲間数人と大声で下品な話題を口にしながら騒いでいて、喧しいことこの上ない。幾ら酒場とは言え迷惑だし、何よりリトゥアの教育に悪いな。

 ……面倒だが席を移ろう。あの手の手合いとは関わらないのが、

「おいそこの男! ちょっとツラ貸せや! 一杯やろうぜ!」

 ……絡まれた。

「リトゥア、うるさくなるかもしれないが少し我慢しててくれ」

 俺はそう言ってから大男の言葉に応える。もちろん、表情だけは笑顔で、だ。

「あー、俺になんか用? 酒の相手なら間に合ってるんだけど?」

「汚ぇビヨンド人が相手じゃ酒もマズくなるだろ? 俺が一緒に飲んでやるよ。……オイ退け!ビヨンドのガキ!」

 大男はリトゥアを怒鳴ってこっちのテーブルにやって来る。

「リトゥア、大丈夫か? 押されたりはしてないな? ……防げなくてすまん」

 俺は小声で確認する。守ってやると言った手前、情けない……。

「平気よ。慣れてるから。それに、この手のトラブルを未然に防ぐのは不可能だわ。そこまであなたに求めていない」

 とりあえず大丈夫なようだが、その返答は反応に困る……。けれど、今はその話よりも目の前の暴漢に対処することが先決だろう。

「よう、兄ちゃん。俺はジョー、流れのアウトローだ」

「アウトローがこんなところで油売ってていいのか?」

「ハッ! ここの統治官はあの無能バートンだろ? 捕まりやしねぇよ!」

「なるほどね。ああ、俺はビリー。ネスメアにはさっき着いた」

「おお、そりゃめでたい! ビリーの到着を祝って乾杯だな!」

 そう言ってジョーは木のカップを上げる。当然、俺はこんな男と杯を合わせたくなかったので一人でレイラットを口に入れた。ジョーは少し機嫌が悪くなったようだが、続く俺の言葉に顔を綻ばせる。

「ところでジョー、さっきから思ってたんだが、腰に提げてる銃、よく見せてもらってもいいか? ずっと気になってたんだ」

「おお、コイツの価値がひと目でわかるのかビリー! いい目をしてる、俺の舎弟にしてやってもいい!」

 ジョーは嬉しそうに一丁のリボルバーを渡してくる。その拳銃グリップは美しい光沢を放っていて、確かに値段は高そうだ。ジョーが自慢したくなるのも頷けるな。

「このグリップ……真珠か? 随分と奮発したな」

「当たりだ! どっかの金持ちから奪った真珠でガンスミスに作らせた特注の一丁だぜ! お前も腰になんか提げてるが、どんなん持ってんだ?」

「小さい方は単なる拳銃さ。それも欠陥品。当てやすいけれどダブルアクションを使いすぎるとすぐ壊れやがる。そんで、大きい方はお前が思ってるような代物じゃない」

「ハハハ! さしずめ金が無くて安物で揃えたって辺りか。金が入ったら銃はいいのを揃えた方がいいぜ?」

 よほど自分の銃を見せつけられたことが嬉しいのか、ジョーはそんな事を言ってくる。けれど、その間も俺はジョーの拳銃を見続けていた。

「オイ、もういいだろ。返してくれよ。傷でも付けられたら敵わない」

 流石に業を煮やしたのかジョーが少し声を荒らげる。俺も目的は終わっていたので素直に返してやることにした。

「ああ、十分見せてもらったよ。ありがとう。うん、売ったら金になりそうないい銃だ。リトゥアへの慰謝料分には丁度いい」

もちろん、たっぷりと挑発を込めて。


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