ゴールドラッシュ・イン・ザ・ビヨンド 4
俺をここまで驚かせた原因。それは、あの恐ろしい襲撃者の正体が、まだ年端も行かない少女であったことだ。
歳は十三~十四歳くらいだろうか。肩の辺りで二つに結った浅葱色の髪と、薄い褐色の肌。整いすぎた容姿と、さっきから一切変わることのない表情が相まってどこか儚げな印象を受ける。ゆったりとした淡いクリーム色で丈の短いワンピースを腰の辺りで縛り、その下に肌に密着するような黒い膝上丈のキュロットを履くという彼女の衣装は、確かビヨンド先住民の服装だ。
「えーっと、さっきまで俺は君と戦ってたんだよな……、こんな小さな女の子と……」
「ええ。何か問題があるの?」
「別に、悪くは無いけど……」
悪くは無いけど、流石にこれには驚いた。確かに小柄だとは思ったが、あれほどの強さを見せた敵が小さな女の子とまでは考えない。これも、身体能力とは別の技能によって戦うことの出来る魔術だからこそ為せる所業なのだろうか。こんな所にも本土とビヨンドの隔たりが存在していると思うと、少し考えさせられる気分だ。
とは言え、驚いているばかりでは始まらないので話を先に進めよう。
「ちょっと驚いただけだ。気に触ったなら謝るよ」
俺はそう前置きしてから本題に入る。
「それで、何だってお前みたいなのが俺を襲う。見たところビヨンディアンだよな? そりゃ、ここの統治官は差別思想が酷いって聞くし本土人に恨みを持つ気持ちは分かるが……」
こんな子供まで戦いに駆り出されるものなのだろうか? 銃もまともに握れない歳の少女に一人で戦を任せるというのは、やっぱり本土出身の俺には考えられない感覚だ。
「私が戦うのは恨みじゃないわ。神の意思よ」
「神だって?」
「ええ、大地の神々の意思。私たちの長老は、本土人を殺して金を奪うこと。それを大人達に渡すことが私の天命だとおっしゃったわ。それだけが私の価値」
……なるほどな。だんだん話が掴めてきた。要するにこいつは捨てられたのか。
何があったのかは知らないが、話ぶりから察するに体のいい稼ぎ口として部族の大人に使わているのだろう。それも使い捨ての。
異界には部族単位で暮らしている原住民がいるとは聞いていたが、案外やる事が俗っぽい。神の意思だのなんだのと言っていたが、単なるプロパガンダに過ぎないようだ。仮にそんな神が本当にいたとしても、「敵を殺して金を持ち帰ることだけがお前の価値だ」なんて少女に告げるやつは邪神の類だろうさ。
ビヨンディアンを差別する奴は一応違憲の筈だし、個人的にも好かないが、その報復に子供を言いくるめて使うのも同じくらい気に食わない。そんなだから、
「ま、人はどこでも同じってことかね」
なんて独り言が、つい漏れる。しかし、そうなってくると一つ気になることが出てきた。
「コイツをこの後どうするか……。殺す気は無いけど、このまま強盗を続けるなら放ってはおけないし……。家族の元に帰すってのも、この感じだとマズいだろうな……」
ちなみに、セブリア準州の統治局に引き渡すという選択肢もあるのだが、悪政が敷かれている地の統治局なんて絶対にまともな場所じゃない。そんな所にこいつを置いていくのは、さすがに良心のある人間の為す所業じゃないだろう。
「その、なんだ。まあ、見ちまったからには、お前の強盗は止めなきゃならん。ただ、そうするとお前は部族には戻れなくなるわけだ。そこで、お前はこれからどうしたい?」
よく分からなかったので、少女の意思を聞いてみることにした。叶えられる範囲なら手伝ってやろうと思う。
だが、返ってきたのはとんでもない答えだった。
「死ぬわ」
「そうか、手伝える範囲なら手伝うよ……って、死ぬ?!」
「ええ。私には価値が無いもの」
ああ、そういやこいつの部族はそんな事をそんな事を言ってたんだったか……、って今の話で重要なところはそこじゃない!
「いやいやいやいや、待て待て! 価値がどうとかは知らんが、何も死に急ぐことは無いだろ!」
「どうして? 負けた私には生きている価値は無いし、もう皆の元には帰れないわ。殺しそびれたら帰ってくるなって言われてるもの。そんな事より、手伝う気があるなら私を殺して。私の武器はあなたに壊されたから」
いや、手伝うってそういう意味じゃねぇよ!
「待て、一旦落ち着け! 考え直せ! ちゃんと生きる手伝いはしてやるから!」
俺は大慌てで叫ぶ。すると、少女は感情の読めない目でこっちを見てきた。
「……あなたは、私に生きて欲しいの?」
「ああ、そうだよ! だって、お前が死ぬ理由が無い! それに、俺だって、やっと自由に人を救えるようになったんだ! これくらいの我儘は言わせろ!」
それは心の底から出た言葉だった。これだけは。これだけは否定されたくない。俺はもう軍の言いなりじゃない。人くらい自由に救わせろ!
きっと、彼女は聞き入れないだろう。彼女には彼女の正義があり、それを否定している俺は悪なのかもしれない。けれど、それでもこの気持ちだけは曲げる訳には行かない。何を言われても貫き通してやる! さあ、いくらでも
「わかった。なら生きるわ」
反論するがいい! って……
「へ?」
「生きると言ったの。だって、そうして欲しいんでしょ?」
随分とあっさり認めたな! ここは俺が必死の説得の末に少女の命を救う場面だと思ったぞ!
「それとも今度は死んで欲しい?」
「いや、生きてくれ! よく分かんないがその結論は曲げないでくれ!」
とりあえず、また少女の思考が変な方向に行く前に止めておく。
しかしこの少女、初めは部族への愛や信仰心故の死にたがりだと思ったが、実態はもっと酷い。あらゆる意味で自分の生に頓着しないんだ。だから、初めて会った男の話を簡単に聞き入れて、それまでの主義を曲げて生きる道も選択できてしまう。
「……かなり危ういな」
「何か言った?」
「いや、こっちの話だ。それより、生きると言っても行く宛は無いんだろ?」
「ええ。あなたに命じられなければ死ぬはずだったから」
うーむ……、そうなってくると、俺もビヨンドに来たばかりだし良いツテなんて持ってないな。町に連れて行ってやっても、暗殺者紛いの仕事で良いように使われるか娼館に売られるかが関の山だろう。ビヨンドの知り合いなんて、昨日であったスチームバイ技師のダンナくらいしかいない。
……よし、こうなりゃ乗りかかった船だ!俺は一つ決意して彼女に告げる。
「だったら、俺に雇われるってのはどうだ? ちゃんと給料も出すし、もちろん差別だってしない。お前はメイドでも案内人でもなんでもいいから、適当に俺のビヨンド生活を手伝ってくれれば、衣食住と幾らかの金が手に入る。どうだ、悪い話じゃないだろ」
「……それが、あなたが私に求める価値?」
俺の提案に、少女は軽く首を傾げる。
「ま、お前が生きてるだけで俺にとっちゃ大きな価値だから、あながち間違いでも無いかもな」
「そう……」
少女はしばらく押し黙る。いきなり俺の勧誘を聞いても動揺しなかった彼女だが、この時はいささか考えることがあったようだ。きっと、自分の命にすら関心の無い彼女にとっては、仕事のことよりも「価値」というものについてが重要なのだろう。
そして、
「わかった。あなたの元で生きる」
「決まり、だな」
少女はゆっくりと頷いた。とりあえず、心の中で胸を撫で下ろす。これで一先ず少女を死なせずに済んだ。
そういう意味では、彼女が死を含む自分の人生に固執していないのはありがたかったのかもしれない。いつか必ず治さなきゃいけないが。
「そういや名前を聞いてなかったな。なんて言うんだ?」
「リトゥア。私たちの言葉で「神の子」という意味」
「いい響きだな。俺はウィリアム。こっちではウィリアム・ボニーを名乗ってる。って言っても、あんま気に入ってる名前じゃないし、気軽にビリーと呼んでくれ」
「了解。……ビリー」
そうして、俺の名前を呼ぶリトゥア。きっと、これが俺たちの新たな生活の始まりなのだろう。
ま、新天地での新たな出会いは何かの幕開けなのがお約束。せいぜい、楽しむとするか!