ゴールドラッシュ・イン・ザ・ビヨンド 3
翌朝、俺は老人の家の前にある大きな道にいた。
「よお、兄弟! スチームバイの調子はどうだ?!」
「最ッ高だ! こんなクールな乗り物があったなんて知らなかった!」
「それは良かった! じゃ、気を付けていけよな!」
「ああ、世話になったよ!」
そんなやり取りをしてから、俺はスチームバイに跨って例の血金山を目指す。
あの後、老人の店ですっかりスチームバイに魅せられた俺はその場で購入を決意。そして、そのまま彼の家で一晩語り明かしてきたところだった。
そして、今は例の血金山がある地――セブリア準州と言うらしい――を目指している。なんだかんだ言って稼げそうな場所の手がかりをそこしか知らなかったのだ。悪政云々は、おいおい何とかしよう。
全身に風を受け、草原を駆けるスチームバイは、やはりこの世のものとは思えないほどに気持ちがいい。この楽しみを教えてくれた老人に改めて感謝と尊敬を。彼をひっぱたこうなんて考えるバカがいたら俺が撃ち抜いてやる。
当然、全身が軽やかに感じるのはスチームバイを買って財布が薄くなったからでは無いだろう。……無いはずだ。
そんなこんなで、血金石由来の蒸気を撒き散らしながらビヨンドの大地をしばらく進むと、一つの看板が目に入る。それは、州境の標識だった。
「こっからがセブリア準州か。思ったよりは荒れてないな」
話を聞く限りだと、ここでは統治官が悪政の限りを尽くしてるとの事。その上、ただでさえ管理が行き届きにくい州境だ。となれば、いきなり戝に襲われるような事態も想定していたのだが、辺りにそんな様子は無く、風の音だけが響いていた。まあ、このまま何事もなく終わってくれればそれに越したことはないか。
だが、少し進んだところで背後からぴりりとした空気を感じる。これは……、殺気か? それも隠し慣れている。
闇雲に力を鼓舞しない辺り、そこらのチンピラとは違ってそれなりの手練だろう。周りを木々に囲まれ、ちょうど不意打ちが狙いやすい場所で陣取っている辺り土地勘もある。なるほど、いかに州境と言えども、こんな連中の縄張りともあれば他の賊は近づくまい。
俺はスチームバイを路肩に寄せて振り返る。
「誰だ?付けてきてるのはわかってんだ。あんま手荒なことしたくないから出てこいよ」
とりあえず大声で呼びかけてみる。すると、奥の樹が大きく揺れ、樹上から小柄な人影が、俺目掛けて飛び出してきた!
「速いっ!」
ローブを被ったそれは風のような速さでこっちへ向かってくる。その速さは普通の人間が出せるようなモノではなかった。
そして、何より驚くべきは人影が携えた武器だろう。四本もの剣を周囲に浮遊させて斬りかかる様は、まるで刃の花のようだ。
どう考えても人を――いや、俺たちを超えた能力を人影は有している。
「これが魔術ってヤツか?!」
魔術。それは、ビヨンドの人間が使う未知の技術。体を風を超える速さで動かし、大量の刃を操ることも可能とする異界の業。
そんな、俺たちの科学技術とは異なった超常の力が、俺を殺すためだけに振るわれようとしていた。
俺は、すぐさま右腰に吊っていたリボルバーを引き抜き発射する。素早く連射された弾丸は、次々と正確に襲撃者へ吸い込まれていった。
だが、ローブの人影は浮かせた剣を巧みに操り、銃弾を全て斬り落としていく。あまりに正確な剣捌きと鋭い切れ味。これも魔術が為せる技の一つだろう。
俺はひとまず拳銃による迎撃を諦めて、突進を回避することに専念する。直線的な動きで迫る襲撃者に対し、大きく横に飛び退く事で紙一重で攻撃を回避。渾身の一撃を躱された襲撃者は、そのまま自らの勢いで俺とは反対側に吹っ飛んでいった。
しかし、それで諦める襲撃者では無い。アクロバティックな機動で俺に向き直ると、また魔術による突進を仕掛けようと構えていた。
こいつ、強いな。
俺は敵に対する評価を改めると――具体的には手段を選んでいられないと思い直すと、左手だけにはめた革手袋を外して、そのまま大きく前に構える。そして、次の突進を左手で前から受けた。
当然、左袖は裂かれ、辺りに千切れたジャケットが飛び散る。そのまま腕も斬り落とされると襲撃者は確信しているだろう。
けれど、斬撃を受け止めて千切れるようならハナから左腕なんて構えない!
破けた袖から現れたのは鋼の黒と液状血金石の金を持つ鋼の腕。俺がビヨンドへ逃げてきた理由でもある兵器の義手!
「……ッ!」
片腕で受け止められた剣を見て、これまで一言も話さなかった襲撃者が初めて息を呑んだ。
「機工義手を見るのは初めてか?」
俺は、そのまま義手の中を血液のように流れる液状血金石によって怪力を作り出し、剣ごと襲撃者を投げ飛ばす。さすがにこれには襲撃者も堪えたのだろう。すぐに反撃の体制は取ってこない。
その隙に、すかさず俺は左腰に折りたたんだ状態で提げた、巨大な銃身型のデバイスを掴んで義手と接続。そして、
「雷公!」
武装の名称でもある音声コードを用いて、義手とデバイスからなる一連の戦闘システムを起動させる!
瞬間、掌がデバイスに格納され、開いた腕の装甲は銃身と繋がり、デバイスにあるリボルバーが露出する。そうして変形した義手は、さながら腕と一体化した巨大な拳銃のよう。今、俺の義手は、俺と一体化した砲と化していた。
これこそが、軍が開発した試作兵器。サンダラーシステムの全容であった。
「少し脅かさせてもらうぞ」
そして、投げ飛ばされた衝撃から未だに立ち直れていない襲撃者に向けて思考操作で引き金を引いた。
瞬間、銃口からは熱線と見まごうほどの熱を帯びた砲弾が飛び出した。それは食らいつくようにターゲットに迫り……
「ヒット」
浮遊していた剣だけを綺麗に穿つ!
激烈な破壊力を撒き散らすサンダラーは、銃弾をも弾く剣の魔術も、一切の関係なく破壊し尽くす。そうして、重なるようにして宙に漂っていた剣たちは、たった一撃で全て叩き落とされた。
色々と嫌な思い出も多いこの腕だが、悔しいことに性能だけは抜群に高い。
「次は額に当てる。けど、大人しくしてたら殺しはしない。無駄な殺しはしたくないし、悪く扱うつもりも無いから、とりあえず顔を見せろ」
銃口を向けたまま警告する。だが、襲撃者は押し黙ったままだ。
「悪いけど、勝手に確認するぜ」
一応そう断ってから、俺は襲撃者の纏っていたローブを奪おうと近づく。すると、初めて襲撃者はその声を発した
「……いい。自分で取る」
よく通る美しい声……ってやつなのだと思う。綺麗なセルクニカ語を話すところもそう感じさせる要因の一つかもしれない。どうにも、そこら辺の感覚を自分は持ち合わせていないらしいので正確なところには自信が無いが、少なくとも俺にはそう感じられた。
そんなことを考えている内に、目の前の襲撃者は自分でローブを脱ぎ捨てる。もし、どうしても俺に触られるのが嫌だということならわ、少し傷つくな……。
だが、ローブを取り払ったそれを見れば、そんな感情もすぐに消えてなくなっていく。人間、本当に驚くことがあると余計なことなんてすぐに忘れてしまうものだ。……左腕を兵器に改造されている自分が真っ当な人間かは怪しいが。
とは言え、口だけは反射的に動くのもまた人の性である。俺は、思わず思考を口に出していた。
「……女、いや、女の子だったのか」