少年の戦 2
まるで生き物みたいだ。それが、霊地の中へ侵入した感想だった。
もちろん周りは岩壁だらけだし、内蔵や血液が見えるわけでは無いのだが、それでも巨大な怪物にすっぽりと飲み込まれてしまったように感じるのだ。
だが、そんなことを思っていられたのも束の間。俺の侵入を察知したのか、すぐさま霊地の中は自動で召喚された異形に溢れ、奥には魔術師の姿も見える。幸いなことに霊地は狭い洞窟のため、見かけ以上に数の不利を負うことは無いだろうが、数の分が向こうにあるのは当然の事実だろう。
地図によれば、リトゥアがいるであろう祭壇は、今いる通路の向こう。つまり、この大軍を突破しなければならないということだ。
「やってやろうじゃねぇか。――雷公ッ!」
俺は、チューンを砲撃用に戻したサンダラーで、一先ず殴りかかってきた牛頭の異形を貫く。
そして、そのまま奥にいる化け蜥蜴にリボルバーを放った。だが、
「■■■■■――?」
そんなものは意にも介さないと言うふうに、化け蜥蜴は平然と佇んでいる。やっぱり、バケモノ連中はサンダラーじゃなきゃ倒せないか。
そうなると、現在サンダラーの残弾は4発。今回は長期戦を見越して、予備の砲弾も持ち込んでいるが、それを含めてもあと8発しかない。
まだハクロヌの姿も見えていないし、5体の異形に対しては不安が残る数だろう。少なくとも、魔術師共はリボルバーで倒す必要が出てきた。
と、そこまで判断するのにさほど時間は使わなかったが、既に洞窟の天井を伝うようにして大猿が迫り、その機会を逃すまいと数人の魔術師が剣を片手に異形の影から走り寄って来ている。
「チッ、めんどくせぇッ!」
とりあえず大猿をサンダラーで黙らせるが、
「■■■■■■■■■■――ッ!」
壁面にへばりつく化け蜥蜴が吐いた炎により、大きく横へ飛び退くことを余儀なくされる。そして、そこには魔術師たちが待ち受けていた!
「倒れろ! 異界の蛮人め!」
一人の男が憎悪の言葉と共に斬りかかってくる。そして、残る魔術師もそれに続いていた。何らかの魔術を併用しているのだろうか、皆が体を淡く光らせている。
「さあ、大人しく首を差し出せ! 穢らわしい蛮人よ!」
「うるせぇ! 差別が嫌なら、まずはお前からそれをヤメロ!」
俺は無我夢中で、適当に思い浮かんだことを叫びながら、岩壁を背にしてヤツらと対峙する。これは、背後を取られる危険性を潰すためだ。まあ、これもさっきの化け蜥蜴や大猿みたいなのには、気付かず接近される心配もあるが、やらないよりマシだろう。それに、バケモノ連中は体がデカいので、見落とす心配はあまり無いはずだ。
「世迷言を抜かすな蛮人ッ!」
男が長刀を大上段に構える。そんな男の腹に、俺はリボルバーを一発ブチ込んだ。とりあえず、これで長刀が俺の頭をカチ割ることは無い。
だが、後続の魔術師は全くもって倒れた仲間に怯む様子を見せず、狂気とも呼べる様で次々と俺に斬りかかってくる。
だが同様に、俺がやることも変わらない。左右に飛びながら、振り下ろされる凶刃を避け、偶に飛んでくる火炎を躱し、隙を見せた魔術師からリボルバーで撃ち抜く。数の利に対抗するには距離の利を最大限に使うしか無いのだ。
その策は順調に進み、数人の魔術師は瞬く間に駆逐されていった。
だが……。だが、何かがおかしい。あまりに上手く行き過ぎている。それに、さっき奥にいた魔術師に比べて、今襲ってきた魔術師の数はあまりに少ない。何となく、直感的に危険を感じるな。
しかし、数人の魔術師を倒したことは事実。向こうにどんな思惑があろうと、出来た有利を手放す理由にはならない。
俺は、ヤツらを倒した隙を使って異形を減らしておこうと、サンダラーを構えて化け蜥蜴を穿つ。だがその時、俺は危険を感じた直感が正しかったことにに気づいた。なぜなら、
「タフナ ヒェン クレオイア!」
近くで魔術の合図を聞いたからだ!
完全な不意打ち。何となく辺りを警戒していたからモロに受けることは無かったが、それでも突き出されたレイピアは頬を掠め、少量の血が辺りに飛び散る。
何でだ?! 何でこんな近くに来るまで気づかなかった!
そう思い辺りを見やると、そこには何も無い虚空から次々と現れる魔術師の姿があった。よく見れば、ヤツらの後には巨大な一頭の蝙蝠が佇んでいて、その羽から魔術師たちは現れている。よくわからんが、あの蝙蝠にコイツらが見えなかった理由がありそうだ。
「しゃらくせぇッ!」
とりあえず、これ以上撹乱されても困るので、サンダラーで蝙蝠を撃ち落とす。元々、正面切って戦う類の異形じゃなかったのか、蝙蝠は特に抵抗する姿を見せずにあっさりと地に落ちた。
だが、問題はいつの間に近づかれていた魔術師集団。俺が蝙蝠を穿った際に出来た隙を逃すまいと、次々に斬撃や魔術を繰り出してくる。
とりあえず、直近の魔術師を倒そうとリボルバーを抜く。だがその時、俺は重大な危機に気がついた。そう、弾切れだ!
クソっ! 最初の連中がやたら単調な攻撃を繰り返していた理由はこれか!
狭い通路ゆえ、一度に大人数を投入することは出来ない。だったら、最初から部隊を二つに分け、先遣隊は相手の銃弾を削ぐための肉壁とし、その後に俺がリロードをする暇を与えないように、後続が蝙蝠の能力を使って奇襲を仕掛ける。完全にやられた!
サンダラーでまとめてぶっ飛ばすか? いや、この砲弾は異形の相手をするために取っておく必要がある。
そして、そんな思考を巡らせている時、
「消えろ! 悪魔のクルサーラ!」
撃ち損じた魔術師の長刀が目の前で横に薙いだ!
「クッ……!」
何とか刃を義手で止めるが、ヤツの長刀は、魔術により細やかな風を小刀の刃のようにして刀身に纏わせたもの。完全な防御とはいかず、体表に割れたような傷がいくつか出来る。
出血も痛みも大したことは無いが、このままではジリ貧だ。
そして、そんなことを考えている間にも次々と魔術師の攻撃は繰り出されていった。何とか、複雑に入り組んだ閉所という地の利を活かして致命傷を避けていくが、これも長くは持たないだろう。
それでも、躱し続ける! まだだ、まだまだ粘れ! 弾切れの方は解決してるんだ! 必ず攻めに転じるチャンスはある!
俺は、ジェームズから貰った地図を頭に思い浮かべる。――よし、ここが最適だ!
俺は反撃に出れそうな地を見つけると、魔術師に追い詰められているフリをしながら、ヤツらをとある通路の奥。行き止まりになっている地点まで誘い込んだ。
閉所での戦闘は一対多を制する王道。だが、それは互いに武器を持っているという前提だ。つまり、俺が銃を撃てないと思っているヤツらには、遂に追い詰められた俺が行き止まりに引っかかったように見えるだろう。
「フン、貴様の命運も遂に尽きたな。――やるぞお前ら! ラリア クットゥ ダーグ!」
その証拠に、行き止まりを背にする俺に対して、ヤツらは銃撃を気にしない突貫を仕掛けてきた。変なことをして、またうろちょろされても面倒だという判断だろう。当然、障壁のようなものも見られず、さっきの祝詞は突進の威力を上げるために使われたらしい。
「それを待ってたぜ!」
俺はジャケットの内側から、弾の入ったリボルバーを取り出す! それは、真珠グリップのシングルアクション。いつかにアウトローから奪ってリトゥアから預かったあの銃だ!
「お前のために使うって行ったもんな!」
俺は気合を入れるように叫ぶと、そのまま突っ込んでくる魔術師たちをファニングショットで撃ち落とす!
リボルバーに装填されていた弾は一瞬で撃ち尽くされ、そして目の前には多くの魔術師たちが蹲っていた。制圧完了だ。俺は自分のリボルバーをリロードしながら辺りを見回す。
……さて。これで、魔術師の集団と異形を四体を倒した。
「残りは……」
そこまで思った時、
「■■■■■■■■■■――――ッ!!!」
奥から耳を劈くような咆哮が聞こえた。その方向を見やると、巨大な人型の何かが佇んでいる。そうか、あれが最後の異形だな。
その巨人は、岩や土で出来た体を持ち、全身に木の根を張り巡らせている。まるでそれ自体がビヨンドの大自然を象徴しているようだ。
ずん。一歩、巨人が踏み出す。その瞬間、大地は大きく揺れ、足元の岩は崩れていく。……コイツが今まで攻撃してこなかった理由はこれか。こんなバケモノ、無闇に前線に出せば味方が壊滅しかねない。
「■■■■■■ッ!」
巨人は短く叫ぶと、その手に大樹の根を編んで作った戦斧を掲げて振り下ろした。
「よっと」
とりあえず大きく横に飛び退いて躱す。だが、離れていても体を引き裂かんばかりの衝撃が体を襲った。クソっ、何て力だ!
そんな巨人は、その巨体故に急に勢いを殺せず大地を戦斧で叩く。そして、すぐさま元の体制へと戻って、また俺の方を向いてきた。
だが……、
「あれ?」
俺はヤツの姿に戸惑いを感じる。いや、戸惑いというより、拍子抜けに近い思いを抱いていた。理由は、今の巨人には、右腕が無くなっていたからだ。
見れば、傍らの地面。さっき巨人が右腕を叩きつけた場所に、巨人のものと思わしき巨大な土塊の腕が落ちている。やがて、主人から離れたそれは次第に光の塵となって消え失せた。
これは……、地面に激突した衝撃で壊れたということだろうか。だったら、この巨人、土で出来てるだけあって、案外脆いものなのかもしれない。それなら、破壊力に特化しているサンダラーなら簡単に倒せそうだ。
俺はそんなことを考えていた。だが、それは瞬時に否定される。なぜなら……、
「おいおい、マジかよ……」
立ち上がった巨人は立派な右腕を携えている! ついさっきまで、そこにはアンバランスな空白があったはずなのに!
よく見てみると、歩く度に自重を支えられなくなって崩れかけていく足が、瞬く間に修復されているのが見えた。
傷が出来るたび、土が盛り上がり、根が迸り、次の瞬間には、もう傷など痕跡すら見えない。これは……、
「再生……したのか?」
だ俺は驚きのあまり声を漏らす。それだけ、目の前にある現象は信じられないものだった。ほんの一瞬で傷が再生するなど、俺たちの扱う血金石ではありえない。まさしく、神秘と呼べる物だ。
……だが、それが現実なら戦うしかない!
俺は覚悟を決めると巨人に向かって走り出す。幸い、ヤツの動きは緩慢であり、また複雑な思考ができるわけでは無いようで、さしたる苦労もなく巨人の足元へと辿り着いた。
「ラァッ!」
まずは一発。サンダラーの砲撃ではなく、義手の怪力による殴打をヤツの足へと繰り出す。接近しての打撃を選んだのは、サンダラーの砲弾は止めを刺しに行く時まで温存したいからだ。それに、土塊の巨人なら砲撃でなくとも崩すことはできる。
「ま、それまでなんだけどな」
当然と言うべきか、すぐさま巨人の足に穿たれた穴は塞がり、眼前には先刻と変わらず堂々と土の塊がそびえ立っていた。倒すまではいかなくとも、転ばすことくらい出来れば、と繰り出した足元への攻撃だが、ヤツの再生速度はそれを上回るようだ。
「■■■■■■■■■■■――――ッ!!!」
そして、次はヤツの番。攻撃のために接近していた俺に、すかさず大樹の根で作られた斧が振り下ろされる!
「クッ……!」
俺は、飛び込むように前に跳ねて、何とか斧の攻撃範囲とヤツの体との間に滑り込む。振るわれた斧が撒き散らした魔力と風圧がビリビリと全身を叩くが、それでも直撃を避けることは出来た。
そして、巨人の真下へと転がり込んだ俺は、体制を立て直そうと上を見た時、
「どういう事だ?」
俺は再び妙な違和感を感じた。そして、それは巨人の頭部から発せられているものだと気付く。
何だ? 何を俺は見つけた?
ほんの少しの時間、思考を巡らせた時、俺の脳はある答えを導いた。
そうだ! この巨人は岩と土と根で構成されているが、岩の殆どは頭とその周辺に集中してるんだ!
それに、よく見れば薄く魔術障壁の光も見える。
だが、何故だ?どうして頭を守る?俺たちが頭に鉄鉢を被るのは、そこに脳ミソがあるから。そこを失くしたら、問答無用で死が待っているからだ。けど、この巨人は強大な再生能力を持っている。ならば、頭に岩を集めて、それどころか魔術障壁まで使用する必要など無いはずだ。どこを穿たれようと、再生してしまえばいい。それよりも、手にでも岩を嵌めて攻撃力上げる方が余程有意義だ。
それなのに頭を守るということは……
「こういう事か?」
俺は、ヤツの頭部にサンダラーの照準を合わせる。すると、それまで俺の攻撃など全く眼中に無いと言わんばかりだった巨人は、初めてその手で頭部を庇った!
ビンゴ! 理由はよくわからないが、コイツは頭をブチ抜かれたくないらしい!
すると巨人は、頭を守る体制のまま、足を踏み出して俺を踏みつけようとする。なので、俺はまた巨人から離れるように横に飛んで、改めて攻撃に出る機を伺った。
頭をブッ飛ばせば良さそうなことはわかった。だが、問題はそこに使われている魔術障壁だ。岩塊程度ならサンダラーで破壊できるが、魔術障壁が相手となれば話は別だ。それごと吹っ飛ばしたければできるだけ近づく必要がある。
だが今回の狙うのは、巨人の頭。それは大きく地上から離れ、こちらから狙おうとすれば、どうしても獲物との間に一定の距離が空く。
だったら……、
「向こうから近づいてきてもらうしかねぇかッ!」
俺は一言気合を入れると、迫る巨人に対して動きを止めた!
「■■■■■■■――――ッ!!」
当然、そこにはヤツの斧が振り下ろされ、その大質量は瞬く間に俺を押し潰さんとする。それに対して俺は、動くことなく真正面を向いたまま、ただただ機を伺うように立つ。
まだだ。まだ引きつけろ!
そして大斧が頭上に迫った時……!
「今だッ!」
俺は半身を翻しただけの最小の動きでそれを躱した!
眼前にあるヤツの腕に義手で捕まり、何とか風圧に耐え切る。そして……、
「ラァァァッ!」
そのまま跳ねて、ヤツの腕に飛び乗る!
巨人は斧を振り下ろした後、大地に突き刺さった得物を抜き、攻撃の反動で崩れた腕を再生するのに一瞬だけ動きを止める。俺はその隙を使って、必死にヤツの腕を駆け上がった。足を止めれば転げ落ちるような急斜面を、俺は勢いだけで突き進む。
狙いはもちろん、コイツの頭。至近距離から魔術障壁ごとブッ飛ばす!
そして遂に斜面の頂上。すなわち巨人の頭に辿り着く!
「■■■■■■■■――――?!」
ここでようやく巨人は困惑の声を上げたが、もう遅い。
「これで終わりだ。――穿てッ!」
俺はサンダラーの砲身を、その岩塊に密着させるようにして発射!
「■■■■■■■■■■――――ッ!!!■■■■■■■■――……」
瞬間、巨人は一言巨大な咆哮を上げた後、今度はか細い呻きを上げて文字通り崩れ落ちた。見る見るうちに巨人は土と根と岩に戻り、そこには二足で立つヒトガタの影はない。
寸前まで巨人の肩に登っていた俺は、崩れる土塊の上で何とかバランスを取りながら地面に降りる。
そうして地面まで戻った時、俺は土に埋もれた岩塊の中に奇妙なモノを見つけた。それは線がのたうち回ったような不思議な文様。いや……、
「文字、か」
それは、一度リトゥアに見せてもらった、ビヨンディアンが魔術に用いる古代文字によく似ている。頭部の岩にこれを刻むことで巨人を動かし、それを潰されたので巨人は崩れ去ったということだろうか。
まあ、何はともあれ、これで霊地のさらに奥へと進める。そこにはきっと、リトゥアがいるはずだ。
「さあ、リトゥアを返して貰うぞ」
俺は霊地の中心。リトゥアが囚われている祭壇の方向を睨みつけた。




