少年の戦 1
教会の外に出てみると、厳戒されたネスメアの表通りにはほとんど人が見えない。皆、家の戸を締め切って来る戦に備えているのだろう。
そして、その引き金になったのは俺だ。そう思うと、また頭が嫌に痛む。
けれど、俺はもう迷わないと決めた。脳裏に広がる暗い思いを吹き飛ばすように、俺はスチームバイを飛ばし続る。
そして、ようやくネスメアと荒野の境に着こうかという時、ようやく人の姿が見えてきた。
それは、バートン亡き後もネスメアの治安を守り続けた保安官たち。それに混ざって、無けなしの武器を握って戦列に加わる民間の男も見える。きっと、ネスメアを守ろうと集った者たちだ。
だが、それ故に。きっと彼らは、この状況でネスメアから出てこうとする怪しげな男を見逃したりはしないだろう。
どうやって切り抜けるか。そう思い、俺が足を止めて息を潜めている時、
「よう、ビリー。ちょっと見ない間に随分と変わったな」
後ろから名前を呼ばれた。聞き覚えのある声だ。
「……ジェームズ」
「今、ネスメアは厳戒態勢だ。悪いが、いくらお前でも黙って見過ごすわけにはいかないな。何しに来た?」
当然、保安官のジェームズはそこを聞いてくる。どうする? ここで時間を使うわけには……!
切迫した状況の中で俺がとった答えは……、
「頼む、ジェームズ。そこをどいてくれ」
ただの頼み込みだった。
「俺は、リトゥアに会いに行く。そして、ネスメアだって救う。ライキア族をぶっ倒して、だ。そうやって、バカなガキとして俺は、俺の間違いの責任を取る。頼む、通してくれ」
「責任、と来たか」
「ああ、そうだ。俺がライキア族を焚き付けたなら、俺がヤツらを止めるのが責任だ」
俺は胸を張って言い切った。きっと、これは誤魔化してはいけない物だと思ったから。
それを聞いたジェームズは、ほんの少しの間を挟んで言葉を返す。
「……全くもって無茶苦茶なガキの理論だな。後先なんて何も考えてない。たった一人でネスメアを救いに行くだなんて、少し考えればどれだけ無謀なことを言ってるかわかるだろ」
「わかってる。けど、それでいい。道理のわからないガキでいいから、もう一度、リトゥアやファナさんのために戦いたい。協力してくれ、なんて言わない。これはガキが一人、盗られた女の所に殴り込みに行くだけだ。負けてもお前らには関係ない。だから、ここで見逃してくれ。頼む」
俺は、ジェームズの目をしっかり見据える。この期に及んで頼み込みなんて馬鹿げた手段かもしれないが、それが、見捨ててもいいはずの俺に、リトゥアやネスメアのことをわざわざ伝えに来てくれていたジェームズに対する礼儀だと思った。
そんな俺を見ると、ジェームズは軽く笑う。
「ま、そう言い出すだろうと思ってたよ。お前らしい」
「じゃあっ……!」
「そんな声出すなよ。元から通してやるつもりだったさ。――ほら、餞別だ」
そう言って、ジェームズは何かを投げ渡してくる。広げてみると、
「これは……、地図か?」
「そうそう。例の大霊地までのものと、その中の見取り図だ。バートンの屋敷から見つかったんだよ。あのヤロウ、ちゃっかり霊地の中まで完全に調べ尽くしていやがった。一応、部外秘ってことになってるから、あまり大っぴらにするなよ?」
「あっ、ああ……。ありがとう……」
霊地までの詳細な地図。それは、これから一人でヤツらに挑む俺にとって非常に大きな力となるものだ。だが……、
「……どうしてもここまでしてくれる。だってお前は、」
「キレてたんじゃないかって?」
ジェームズは俺のセリフを奪うように引き継いだ。その顔は、さっきまでと違って、いつもの明るく脳天気な物となっている。
「ま、キレてたのも、お前をガキだと思ったのも事実だよ。けど、お前だって俺とは違った正義を目指していたことも知ってるし、ちょっと暴走がちだけど、無茶をやってのける強さがあることもわかってる」
ジェームズはそこで一度言葉を区切る。そして……、
「それに、友人が間違いを認めてやり直そうとしてるんだ。応援してやるのが人情ってモンだろ?」
そう言うと、悪戯が成功した子供みたいに笑った。今回はお前を暴れさせても大丈夫そうだしな、と最後に付け加えて。
クソっ、こんなことを言うつもりはなかったんだが……、
「ありがとう。俺はいい友人を持った!」
ジェームズの地図によれば、ライキア族の大霊地は荒野の中にある巨大な奇岩であり、その中に伸びる洞窟の中心。祭壇と呼ばれている一角が大魔術を扱う場所らしい。つまり、リトゥアはそこにいるということだ。
俺は岩の影から双眼鏡で洞窟を観察する。まだ身を隠してはいるが、ここはヤツらの目と鼻の先。もう戦は始まっているのだ。
戦の雰囲気に体を慣らすように、ゆっくりと双眼鏡のピントを合わせる。見たところ、入り口は一つ。それも、あまり大きくない物だけだ。
そして見張りの人数は四人。サンダラーや保安官の持つスチームガトリングの砲撃を警戒したのか、薄青い魔術障壁が岩にぴったりと寄り添うように形成されている。いつかにリトゥアに聞いた話だが、青い魔術障壁というのは、大戦中に開発された魔術で、遠隔からの攻撃ほど強く弾く代物らしい。つまり、狙撃と砲撃が主体のサンダラーとは相性が良くない。
とは言え、一見すれば、大霊地の守りにしては戦力が少ないように思えるが、まあ、この大きさの門ならばその人数で限界なのだろう。それに、ライキア族の戦闘部隊は、正規の軍隊と違って大人数を有しているわけではない。門番に割ける人員にも限りがあるし、この様子だと、洞窟の中にもそれほど人数はいないようだ。……だが、俺が相手するのは魔術師。数の少なさが弱さに直結しない存在だ。気を引き締めて臨むに越したことはない。
……よし、状況は把握した。だったら、後は進むのみ!
「行くか!」
俺は、気合を入れるように一言呟くと、そのまま岩陰から飛び出す!身を隠すためにヤツらよりも高い位置に陣取っていたため、その勢いも利用して荒涼とした大地を架けた。
だが、相手もなかなか訓練されたもので、四人で死角を潰し合うように辺りを警戒しながら、迫る俺に警告もなしに魔術を放ってくる。
「ラナラヒム ケリ!」
連中の一人が短い祝詞を唱える。すると、彼が大剣を虚空にかざす度、そこには多数の小さな魔弾が浮かび上がっていく。その数は十や二十では下らない。コイツが俺たちでいう火力支援の担当だな。
けど、弾幕バケモノならもう攻略済みだ!
「雷公ッ!」
俺はデバイスを起動させると、そのままサンダラーを後ろに発射!
そのまま、砲撃のエネルギーを利用して加速することで弾幕を紙一重で躱していく。それは、俺がジェームズのサベージを倒した時にとった策と同じものだ。
時折、掠める魔弾はフラックジャケットで受け、気にもとめず前進。
「なっ……?!」
最前にいた魔術師が狼狽える声が聞こえる。そりゃ、向こうだって火砲をこんな無茶苦茶な使い方をするとは思っていなかっただろう。
当然、加速装置にするために調節したサンダラーは、そのチューンを戻すまで砲としては使用出来ない。そのチューンだって即興かつ強引なもので、使い続ければ砲身への負担だって大きい。
だが、そんな下策も成功すれば上策!
見れば、先の魔弾を放った男は、護衛の魔術師に支援されながら、次なる魔術の発動のために動きを止めている。俺たちでいうリロードだろうか。つまり、厄介な相手の火力役を抑え込むことに成功したのだ。だったら、攻めるなら今が好機!
「ラァァァァァァッ!」
俺は裂帛の気合と共に、狼狽する前衛の魔術師を義手で一撃!
奇襲は成功。急激な状況の変化に、門番たちはその連携を失っていった。こうなれば、数の利は少数側、つまり俺の方に向いてくる。
「なっ……何が起きてるんだ?! チッ、――ライアヌ クレソ スクーリャ!」
やっと状況に慣れ始めた魔術師は、戸惑いながらも剣を抜き、接近戦に臨み始めるが、それも連携を欠いていれば脅威も劣る。
「遅ェッ!」
迫る魔術師の腹にリボルバーを一発。
その隙に、俺の横からは細身のロングソードを構えた男が迫っているが、その一閃は義手で受ける。
「クソっ! 気付いてたか!」
「当然!」
そのまま、義手で跳ね上げるようにして剣を弾くと、これまた開いた腹にリボルバーを一発。これで、残る門番は後衛の二人だけだ。
一人は、さっき弾幕を張った魔術師。この短期間ではリロードが終わらなかったらしく、未だに大剣を掲げて魔術を練り上げている。
そしてもう一人は、最初に洞窟を観察した時に見えた魔術障壁を作った魔術師らしく、盾と一体化したような奇妙な形をした剣を地面に突き刺し、機動力と対応力に欠ける弾幕係を障壁で守っている。
その時、自分たち以外の魔術師が倒れたことに気がついたのか、盾の魔術師は懐から小さな石のような物を投げつけてきた。
光る紋様の刻まれた石っころ。魔烈石だな。大方、今までは周りを巻き込むから使えなかったとか、そんな辺りだろう。
俺は、あえて距離を詰めるように走ると、投げられた魔烈石を義手で掴み、そのまま前方に投げ返す!
「何っ?!」
「そんなバカな?!」
二人の魔術師の声が重なる。その隙を突いて俺はヤツらに走りよる!
そんな俺をよそに、魔術師たちは魔烈石の対処に追われていた。
「ボトヌ ガマユン!」
盾の魔術師は、魔烈石を障壁で包むことにより防ぐ。だが、それ故に近づく俺に対する迎撃も疎かになり……、
「懐がガラ空きだぜッ!」
難なく近づいた俺は、後ろで大剣を構える魔術師を義手で殴り飛ばした!
盾の魔術師は慌てて剣を構えるが、俺の方が早く攻撃のモーションに入っている。つまり、
「ガアァッ!」
血金石の作り出す怪力で胴を殴られた盾の魔術師は、短い悲鳴を上げると吹っ飛ばされるようにして崩れ落ちた。これで、門番は完全に無力化されたことになる。
奥を見やれば、洞窟の入り口は、その不気味な孔をあんぐりと開けていた。一先ず、霊地への侵入は成功だろう。
「今行くぞ、リトゥア」
俺は、覚悟を新たに霊地へと進んでいった。




