義の答え 1
あれから――俺がヤツを殺してから一日。バートンの退陣は一瞬でネスメア中に広がり、今や誰もが知ってる大ニュースとなっていた。退陣、というのは、表向きには、バートンは一部の保安官が起こしたクーデターにより悪事を暴かれ、逮捕されたということになっているからである。耳ざとい連中の中にはヤツの死亡を察している人間もいるが、ともかくバートンは何らかの理由でネスメアから消えたというのが大方の認識だ。
また、バートンの圧政に加担していた保安官は、元々ゴロツキも同然だったこともあってか、バートンの後ろ盾が無くなった瞬間にネスメアを離れ、今町に残っている保安官のほとんどはジェームズのような反バートンの保安官たちとなっていた。
「……とまあ、そんな訳で、バートンは逮捕。もう外道保安官も残ってないみたいだ」
俺は、ファナさんに事の顛末を掻い摘んで伝える。もちろん、事件の首謀者が俺であることや、俺がバートンを殺したことなんかは伏せたが、もうヤツらに怯えて暮らす必要は無いということをしっかり伝える。
「ああ、こうやって、また子供たちが心から笑う姿を見られるなんて夢見たいですね、ビリーさん!」
そう言って、満面の笑みを浮かべるファナさん。その目線の先には、庭で伸びやかに遊ぶ子供たちの姿があった。
「みんな、楽しそうね」
隣にいるリトゥアの顔も、心無しか穏やかなものだった。
「そうだな。こんなに笑ってるコイツらを見るのは久しぶりだ」
そして俺もまた、皆と一緒でバートンのいなくなったネスメアに安堵している者の一人だ。
「リトゥアちゃん! おいしそうな木の実をみつけたんだけど、高いところについてるから取れなくてね。ちょっと手伝ってよ!」
向こうから声が聞こえる。
「……少し、行ってくるわ」
そう言うと、リトゥアは走って声の元へと向かった。
それは、いつかの教会の風景。長らく見ていなかった、皆の平穏だ。それらは、バートンを殺したことで戻ってきた。
今度こそ守れた。今度こそ、何かを壊す兵器じゃない。何かを救うために俺は戦えた。
「見てるか、ジェームズ。この景色を、お前らは作れたか?」
そうだ、ここまでは。ここまでは間違っていなかった!
平穏なネスメア。笑顔のファナさんと子供たち。そして何より、そこにはリトゥアがいた!
なのに! だってのに! どうしてこんなことになったんだッ!
それは、ネスメアに平穏が戻ってきた日の夜だった。
がさがさ、という音で俺は目を覚ます。時刻は深夜。音も、軍属時代に訓練を受けた俺だから気になった程度の小さなもの。その為、別室で眠るファナさんたちや、隣のリトゥアが目を覚ます様子はない。
まあ大方、風が野犬の類だろう。もしくは気のせいか。……だが寝付きが悪くなるのも事実だ。この手のものは、もし何かあってからでは遅い。
そう思い、俺は自分が泊まっている屋根裏部屋の窓から外を見下ろす。すると、そこには黒い影がぼんやりと見える。少なくとも、俺が感じた気配は気のせいでは無かったようだ。
じゃあ、獣か何かだろうか。もし、モンスターとかだったら場合によっては面倒なことになるな……。そんな思いが湧いてくる。
だが、徐々に夜へと慣れた俺の目は全く別の物を映し始める。
耳も角も無い丸みを帯びた頭部。高い位置にある肩に、地に立っている二本足。あれは獣なんかじゃない。人間だ!
「――――ッ!」
そして次の瞬間、俺は思わず目を見張る。見えてきた人影は一つじゃない。コイツら、教会を囲んでやがるのか?!
「誰だお前らッ!」
深夜に教会を囲む連中がマトモな訪問者なはずが無い。ヤツらはバートンの残党か、はたまた強盗か。どちらにせよ、黙って見ていられるものでは無い。俺は窓から身を投げ出すと、素早く前転するようにして着地の衝撃を受け流し、そのままの勢いで腰のリボルバーを人影に放った。
だがそれは、甲高い音を立てて弾かれる!
見れば、人影は大斧を空中に浮かせるようにして携え、それを高速で回転させることで銃弾を防いでいた。
この技術、リトゥアが使っていたものと似ているな。だが、そんなことを考えている暇もなく、既に辺りに散らばっていた人影は俺に向かってきていた。そして、彼らの手、あるいは傍らの宙には大小様々な刃が握られている。
コイツら全員、魔術師か?!
「雷公ッ!」
向かってくる集団に対してサンダラーを放つ。すると、向かってきた魔術師は、さっと左右に除け、代わりに奥で待機していた魔術師の一人が虚空に手を翳しながら祝詞を唱えた。
「レクリア ケナラヒ」
瞬間、それまで何も無かった空間に、突き進む砲弾を遮るようにして大口の鰐のような怪物が出現する。そして、それは大きな顎を裂けんばかりに開くと、一口に砲弾を飲み込んだ!
怪物は飲み込んだサンダラーのエネルギーに内側から腹を震わせると、一声だけ唸ってそのまま倒れる。
そうして、侵入者を蹴散らす為に放ったサンダラーは、怪物一匹を沈めただけに終わった。それを見た魔術師の一人――さっきの大鰐を召喚した男は、満足そうに笑いながら口を開く。
「この教会には優れた砲手がいると聞いたのでね。対策させて貰ったさ」
コイツら、俺を対策した上で襲撃してるだと?! バートンと違って、最初から教会に狙いを定めていなのか! クソっ、完全にやられたッ!
そして……、
「お前らが思っている以上にサンダラーとやらのリチャージは短い。さっさと取り押さえろ。危険な男だ。4人は使え。レタイとネルは外から教会の見張り。残りは私と周囲の確認後、リトゥアの確保だ」
男の合図と共に、数人の魔術師が再度俺に襲い来る。狙いはリトゥアか!
「どけッ!」
俺はそう叫ぶと、大きく曲がった刃を持つ双剣で斬りかかってきた男をリボルバーで撃ち抜く。だが、その隙に俺の懐には長い錫杖を構えた女が迫っている!
「砕けろ蛮人! ソヌド アクライモ!」
「グッ……!」
祝詞と共に打ち込まれた杖を義手で受けるが、血金石の力を持ってしても受け止めきれないほど、その杖の威力は凄まじいものだった。
思わず押し出されるように後ずさった俺は、
「これで終いとでも思ったか?」
そのまま別の魔術師に今度は脇腹を蹴られる!
「カハッ……!」
臓腑から空気を絞り出すような噦き。大きな鋼鉄の脚鎧を纏って放たれたその蹴りは、貫くでもなく、切り裂くでもなく、強い衝撃を与えることに特化しているため、対銃弾を想定しているフラックジャケットの影響を受けない。
義手を避けて首を掻く曲刀、フラックジャケットの上から着実にダメージを与える鈍器。なるほど、こっちも完璧に対策済みってワケか!
そして、厄介なのは奥にいる最後の一人。カナサの毒ナイフと似た短刀を打ち出す魔術を用いている子供だ。カナサと違って追尾機能はなく、数や連射力も大したことは無いが、打ち出される刃の速度が、かなり速い。恐らく一撃でも食らえば致命傷は免れないだろう。
よって、それが投げられる度に、俺は無理矢理にでも義手を防御に回すが、それによりサンダラーは実質的に封じられてしまう。発射までの一瞬の隙を突かれて、ナイフを食らえばそこでジ・エンドだからだ。
それどころか、必然的に近距離の防御も疎かになり、杖と蹴りのコンビネーション攻撃に対する対応も熾烈を極める。
正中から錫杖の突き。身を翻して回避、その際、リボルバーを女に向けて発射。
それを蹴り返すように放たれた男の蹴り。それを義手で受けて、そのままカウンターのように右手で男の脚を抱える。
だが、奥から高速のナイフが打ち出されようとしているのが見えて、義手はそれに対する防御に回す。当然、男への組み付きは大きく緩まり、そのまま男は俺を蹴飛ばすようにして拘束から抜け出した。
そして、すかさず女の錫杖がもう一度打ち込まれ、俺に反撃の隙を作らせない。
一つ一つの攻撃は対処可能だが、その連携は着実に俺の時間と精神を削ってくる。
そんな時、
「何なんですか貴方達?! ……ちょっ、いやぁぁぁぁぁっ!」
教会から悲鳴が響き渡る!
「ファナさんッ!」
クソっ、コイツらに時間をかけすぎた!
教会にはリトゥアが魔術的な鍵をかけたはずだが、既にそれも破られたということか。
「クソっ!」
俺は教会に向けて走り出すが、
「どこへ行くかッ! お前の相手は私たちだッ!」
それを許す相手なら、ここまで苦戦していない。魔術師たちは、俺の行く手を阻むようにさらなる一斉攻撃を仕掛けてくる。
もう長々と戦っている時間はない。だったら、ここで覚悟を決めろ!
俺は、ナイフだけを回避すると、
「サン……ダラーッ!」
残る二つの攻撃を後に飛びながら体で受け止め、強引にサンダラーを発射!
瞬間、轟音が響き渡り、砲弾を正面から受けた魔術師たちは跡形もなく消え去る。だが……、
「グハッ……!」
これは策とすら呼べない自爆特攻。相手の攻撃をモロに食らったのはこっちも同じだ。
空嘔吐と共に血を吐きながら、何とか立ち上がるが、視界はグラつき足元さえ覚束無い。
だとしても、走れ! 戦え! 守れ!
じゃなきゃ、何のために少女を殺した! 何のためにジェームズを殴った!
俺は強引に走り出す。だが、
「何だッ!?」
傷ついた体に光の鎖が纒わり付く。見れば、それは今まで魔術師たちが立っていた場所から発生していた。
そう言えば、カナサも自分の死を引き金に大規模な魔術を発動させて俺たちを苦しめた。この鎖もその類か! その力は凄まじく、俺の体はまるで何倍も重くなったかのように地面に縫い付けられていく。
そして、そんな俺の前に一人の男が立ちはだかった。黒い該当を着た、精悍そうな顔つきの男。大鰐を召喚し、仲間に教会の襲撃を指示を出していた男だ。今も、後ろに多くの仲間を従えている。
そして、その傍らには……、
「リトゥア……ッ!」
リトゥアが。出会った時と同じ、虚ろな目付きをしたリトゥアがそこにいた!
「鎖が放たれたということは、彼らを一人で降したのか。なかなかに強い男ではないか。キシネルサなら同志に迎えたいほどだ」
「そんなことは聞いてないッ! リトゥアを返せッ!」
「それは出来ない相談だな。何せ、彼女は我らの――いや、我らが神の子だ。ならばこそ、我が元で神の振るう槍となるのが運命であろうよ」
神の子、神の兵器、そうか……、コイツが……ッ!
「テメェがリトゥアに人殺しをさせてた「長老」だなッ!」
「いかにも、私がライキア族長老、ハクロヌ・ヌヒアだ。長老、などと名乗る年齢ではないことは許してくれたまえ。――では、導く者の名の元に、リトゥアは返してもらうぞ」
「それでまた、リトゥアに罪もない人を殺させるのかッ!? 神の意思だの天命だののデタラメでッ!」
「ほう、随分とあれを気にかけているのだな。だが、私はそんな話をするために貴様を生かしているわけでは無いのだよ」
そう言うと、ハクロヌと名乗った男は俺の怒りを無視して、傍らのリトゥアに話しかける。
「リトゥア、これを殺せ。これは神の命だ」
「……っ!」
リトゥアの虚ろな目が、一瞬大きく開かれた。
「お前は神の声以外聞く必要は無い。だとすれば、これと決別する必要があるだろう。さあ、どうした? お前は神の子だ。ならば、天命とあらばクルサーラの一人くらい殺して見せろ! 今までだってそうしてきたはずだ。それとも、これだけは特別なのか!?」
追い詰めるようにハクロヌは語る。その呪いは再びリトゥアを苦しめ、その顔から生気を奪い去っていく。
「黙れよクソ外道! ――耳を貸すなリトゥア! コイツらはまた、好き勝手にお前を利用するだけだ!」
俺はさらに声を荒らげるが、
「ああっ……、ああ……っ!」
震える手で剣を握るリトゥアの声は、喉の底から絞り出したような悲痛さに満ちたものだった。
「いいぞ! さあ、そのままこいつを殺してしまえ! それで、お前は純粋な神の子へと戻るのだ! 我らの元でクルサーラを殺し続ける兵器へと戻るのだ!」
「落ち着けリトゥア! お前は神の道具なんかじゃない! そんなヤツの言いなりになるな!」
二人の声が重なる。
傷にまみれ、地面に叩きつけられた体は叫ぶたびに激痛が迸っている。だが、それでも俺は叫び続ける!
だが、そんな俺とは裏腹に、ハクロヌは脅迫めいたセリフを止めると、今度はリトゥアの背中に触れた。
「ふむ。殺せぬと言うか。いいだろう。ならば、私が手伝ってやろう。――ケルイアス」
すると、ハクロヌが祝詞を唱えた瞬間、リトゥアの体は物理法則を無視して動き出す! そんなリトゥアの目には、明らかな動揺と恐怖が見て取れた。まさか……!
「テメェッ! リトゥアを魔術で動かしてるのかッ!」
「いかにも。――さあ、リトゥア。もう一度言うぞ。これを殺せ!」
「クソっ! リトゥアを離しやがれクソ長老ッ!」
なおも俺は必死に叫ぶ。それは、自分が死にたくないからじゃない。リトゥアに殺して欲しくない! リトゥアに兵器の生き方なんかさせたくない!
だが、そんな俺の思いも虚しく、リトゥアは光のない、それでもどこか怯えたような目で俺を一瞥すると、
「ああああああああああああああッ!」
迷いを断ち切るように嗄れたような声で叫び、そして見えない何かに釣り上げられるかのように、握った剣を高く構える! 俺は、また何もできないのか……ッ!
その時だった、
「止まれ!」
町から教会へと続いている道路から一人の人影が躍り出た。
「保安官、ジェームズ・ヒコックだ!」
そう名乗ると、ジェームズはリトゥアの剣を撃ち抜き、そのまま彼に向かってきた二人の魔術師にサベージの連射を食らわせる。一瞬にして地面に倒された二人を見たハクロヌの仲間から、短いざわめきが聞こえた。
そんな中、先頭に立つハクロヌだけは、いつもと変わらぬ調子で口を開く。
「機関砲サベージの使い手、ジェームズ。サンダラーと並んで警戒すべき相手だとは思っていたが、こうも早く追ってくるとは」
「ちょいと、そこで寝転がってる男から教会のことは聞いてたもんでね。さて、もう逃げられねぇぜ。リトゥアさんを置いて投降しろ。妙な動きをすれば撃つ」
サベージを構えたまま言い放つジェームズ。だがハクロヌは、それでも主だった焦りを見せていない。
「ここの保安官は無能だらけだと思っていたが、貴様のような男もいるのだな。このまま無策で相手するには些か分が悪いか」
「何をゴチャゴチャ言ってやがる!」
ジェームズの引き金に力が入る。
「戦いたくないから逃げさせてもらうと言ったのさ。主な目的は既に果たしているのでね。――ウナルカ ソーウ!」
またも祝詞を叫ぶハクロヌ。すると、途端に虚空が裂け、そこには巨大な四枚羽の蜂鳥が現れた。
大きく翼を広げたそれ(・・)は、サベージの射線を遮るように低空で滞空する。
「チッ!」
ジェームズは怪鳥に向けてサベージを乱射するが、それの全身を覆う羽毛は厚く、連射力の代わりに威力に乏しいサベージの銃弾では、傷をつけることは叶わない。
「では、さようならクルサーラ諸君」
そう言うと、ハクロヌは手早く蜂鳥の背に飛び乗った。その後ろにはヤツの仲間が。そして、
「リトゥアッ!」
リトゥアが続いていた。
「■■■■■■■■■■■――ッ!」
蜂鳥は、未だ地面に伏せることしかできない俺を嘲笑うように一言だけ甲高く鳴くと彼方へと飛び去っていく。
こうして、俺が守ろうとした平穏は、実に簡単にその姿を消していったのだった。




