ネスメア動乱 5
そうこうしている内に、バートンによる統治が始まってから。そして、俺が教会に来てから二日が経った。だが、町の現状は……、
「最悪だな……。日に日に悪くなってきてる」
あの後も何回か一人で町に出ているが、バートン一味による暴力を見ない日は一日たりとも存在しない。今日も偵察がてら、武器職人に作らせた、とある装備を取りに町へ出たが、男が一人理不尽な理由で捕まりかけているのを見ている。確か、罪状は保安官の靴を汚したからだったはずだ。そればかりか、既に何人ものビヨンディアンが、バートンが篭っている町外れの屋敷に捕えられているという情報も耳に入ってくるようになってきている。このままではヤツの奴隷狩りが完了してしまうのも時間の問題だろう。
まったく、普段はロクに働かない癖に、こういう時だけ嫌に張り切る連中だ。
「そうですか……。毎度、危険な役をやっていただいて申し訳ございません」
俺の報告を聞くファナさんの表情は、憂いを通り越して悲痛とも言えるものである。このままじゃ、ファナさんは先に心がまいっちまうな。
それにファナさんは、息苦しい思いをしている子供たちが少しでも楽しく過ごせるようにと、歌を歌ったりご馳走を作ったりで働き詰めだ。その肉体的な疲労も溜まっているだろう。
「ファナさん、顔色が悪い。少し休んだ方がいい」
「いえ、そういう訳には……。ただでさえお役に立てていない私が……」
「そういう考えをするのが疲れてる証拠だ。それに、ファナさんがそんな顔してたら子供たちが心配する」
子供たちを引き合いに出されて心が揺れたのか、ファナさんは少しだけと言ってソファに向かう。本当はベットで休んで欲しいところだが、この状況だと子供たちから目を離す方が精神衛生上良くないか。
……さて。何度も言うが現状は最悪。町は悪徳な保安官に溢れ、治安は悪化するばかり。その状況は既に保安官だけによって作られたものでは無くなり、他のセブリアの町からゴロツキがネスメアに入り出したと言う。権力の腐敗が新たな腐敗を呼び起こすその様は、まさに破滅の寸前といった状況だ。
かと言って、逃げ出そうにも町は包囲済み。俺とリトゥアだけなら包囲を抜けるくらいは出来るが、教会の子供たちやファナさんと共にあの包囲網を抜けることは出来ない。
要するに、今はここで篭っている以外の手立ては思い付かないのだ。
と、そこまで俺が考えた時だった。不意に玄関の方から甲高い声が響く。
「助けて!わるい人に追われてるの!」
それは、助けを求める少女の声だった!
「ビリーさん!」
「ああ、俺が出る! ファナさんはあの子を中で保護してくれ!」
バートンによる統治が始まってからビヨンディアンの子供が教会に駆け込んでくるのはこれで二回目だ。ともなれば対応も慣れたもので、俺たちはすぐさま少女を守る為に動き出す。
だが、俺が勢いよく扉を開けたとき目にしたのは……、
「ごめんなさい……。こうしないと部族の皆が……!」
両手でリボルバーを構える少女の姿だった!
ばん、と大きな音を立てて銃弾は放たれる。リボルバーの反動は少女の細腕で受け止めるには大きすぎる力だが、何かの魔術で補助しているのか、その凶弾は一直線に俺の胸元へと吸い込まれていく。
完全な不意打ちを受けた形だ。もう、俺には銃弾を躱す術は残されていない。
そして、そんな俺を容赦無く貫かんとする弾丸は……、俺が着込んでいたジャケットによって弾かれた。
「そんな! どうして!」
少女の顔が驚愕に染まる。まあ、正中に捉えていた相手に撃ち込んだ弾丸が、ジャケット一枚で阻まれては無理もないだろう。
そして、このジャケットこそ、俺が町の職人に作らせていた秘密兵器。竜鱗と竜皮の防弾ジャケットだ。これは、余っていた竜の素材を使って作らせた、銃撃戦用の鎧。とりあえず防弾衣と俺は呼んでいる。
加工の問題でボタンを付けられず、正面の防御が疎かになっていたり、上半身の一部しか防げないなどの改善点もまだまだ多いが、それでも今回のような不意打ちを防ぐための鎧としては有効だ。
だが、目下の問題はそこでは無い。今考えるべきは、目の前の少女が俺にフラックジャケットを使わせたということだ。
とりあえず、俺は動揺している少女に詰め寄り、リボルバーを奪って遠くへ蹴飛ばす。
「いや! 返して! じゃないと皆が殺されちゃう!」
「落ち着け! 俺たちはお前の味方だ!」
俺は、暴れる少女を何とか宥めようとするが、恐慌状態の少女は聞く耳を持たない。
そんな時、奥から新たな声が聞こえてきた。
「失敗してんじゃねぇよ黒ガキ! テメェのせいで俺の評価まで下がるんだぞ!」
それは、胸元に保安官バッチを輝かせた大柄な男。
……間違いない。コイツが少女を使って、俺たちを襲わせたんだ! 教会のビヨンディアンを捕らえるために!
「アレックスさま!」
少女は、俺の注目が男に向いた一瞬の隙をついて、その男に駆け寄る。凄まじい力で振りほどかれたので、恐らく魔術を使っているのだろう。
そして少女は男に詰め寄ると、男の足元に縋るようにして叫び始めた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! お願いします!失敗したわたしはどうなってもいいから、みんなを殺さないで!」
それは、およそ少女の発言とは思えないような必死の謝罪。それを聞いた男は野蛮に顔を歪めると、
「ウルセェ! 黙ってろ黒ガキ! それとも、今ここで、お前だけ先に死ぬかァ? !あァ?!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「だからウルセェつってんだろ能無しがッ! 謝るくらいならお前が何で生きているかを言えッ!」
「アレックスさまのために命をかけて戦うためです! アレックスさまのために死ぬことだけがわたしの幸せです!」
「分かったら次は間違えるなッ! いいな?!」
「はい! アレックスさま!」
そこにいるのは、醜く怒り散らす保安官と、痣だらけの体で引き攣った笑いを浮かべるビヨンディアンの少女。なおも男の馬鹿げた恫喝は続き、少女の顔は益々恐怖と狂気に歪む。
目の前で繰り広げられる異常な光景に、血流が嫌な熱を帯びていく。何なんだ。何がどうなってるんだ!
この場の何もかもが狂っている。全てが捻くれすぎている。
ここまで人は醜くなれるのか? そして……、ここまで俺は怒れるのか!
「その手を離しやがれ外道ッ!」
俺は怒りのままリボルバーの引き金を引く。殺してやる。あのクソ外道に鉛弾をブチ込んでやるッ!
だが、放たれた銃弾は男の寸前で見えない壁に阻まれる。通常の法則では有り得ない現象。人智を超えたその力!
「魔術……っ!?」
「ハハハ、俺が何の対策もナシにテメェの前でお喋りしてるわけねぇだろ! 能無しの黒ガキも弾除けくらいには使えるんだよ!」
見れば、少女は怯えきった表情のまま両手を前に翳している。
「モルキア カリサ タリアイテ……!」
この祝詞。間違いない。男を魔術で守っているのはこの少女だ!
彼女は、自分と仲間を痛めつけている男を必死の形相で守っているのだ。その行為は、この男に刻み込まれた恐怖がどれほどのものかを物語っている。この男。どこまで……ッ!
「待ってろ。今すぐそいつブッ殺して助けてやる」
「オイオイ、威勢のいい事だなァ、チビ野郎。--おい、黒ガキ! 俺が死んだり、お前が逃げ出したりしたらお仲間が死ぬってことを忘れんなよ!」
「はい!」
相変わらず障壁を保ち続ける少女。そして、その内から遂に男が発砲してくる。俺が持っているものと同じライフルによる射撃だ。
「クソっ……!」
俺は素早く遮蔽物に駆け込むことで何とかそれを回避する。フラックジャケットを着てはいるが、これはそう何度も弾を完璧に弾ける代物では無いのだ。
「ンだよ。さっきの威勢はもう終わりかァ?」
逃げ続ける俺に、男の挑発が投げられる。女の後にできた安全地帯からの挑発なんてムカつくことこの上ないが、打つ手が限られているのも事実だ。
いつだったかリトゥアに聞いた話だが、障壁魔術と言うのは、一定時間内にそれなりのダメージを叩き込んでやれば解除できる。なので、男を殺すだけならサンダラーでもブチ込んでやれば簡単に終わる話なのだ。
だが、少女を救い出すとなるとその手は使えない。サンダラーは、その大きすぎる威力故に、この距離では男だけを殺すということが出来ないのだ。
要するに、障壁魔術を解除するという行為と、少女を救うという行為が致命的に掛け離れている。ここまで男の計算だとすれば、尚更許せない。
俺は、遮蔽を渡り歩いて何とか銃弾を防ぎながら、そんな事を考えていた。そのとき、なおも制圧射撃を続ける男が徐に口を開いた。
「なあ、いいこと教えてやろうか? チビ野郎。実は、この障壁魔術だかはよォ、黒ガキのことは守ってないんだぜ?!」
……コイツは今、なんて言った? 少女は……壁の中にいないだと?
「何せ、銃弾を弾けるくらいの壁を作るにゃ、コイツの力だと一人に力を集める必要があるからなァ?! だから、俺だけを守らせてンだよ! ホラ! 俺を殺したけりゃこの黒ガキをブッ殺せば簡単だぞ?! やってみろよチビ野郎! ギャハハハハハハッ! ――オイ、見ろよ!この黒ガキ、何も聞こえねぇくらい必死になっちまってよォ! テメェらの家族はとっくに殺しちまってるってのに健気なヤツだよなぁ?!」
そう言って、下卑た哄笑を上げる男。この野郎……、
「どこまで堕ちれば気が済むんだッ!」
気がつけば俺は怒りに任せて飛び出していた。無論、さっきの男の発言が、俺の無謀な突貫を狙っての挑発であることは怒り切った頭でも理解している。
だが、それを諌めるだけの理性が無い。それに、このまま篭っていても勝機が無いのもまた事実。だったら、そのクソ見たいな挑発ごと食いちぎってやるッ!
「雷公ッ!」
そのまま、飛び出した勢いでサンダラーを放つ。だが、狙いは少女と男ではなく……、
「何ィっ?! コイツ、地面を撃ちやがったのかッ!」
二人が立っている地面に向けてだ!
サンダラーの出力はかなり絞って放ったが、それでも極限まで加速された砲弾は容易く大地を抉り、それは二人に大きな隙を作り出す。誰も、崩れゆく地面と落ちていく体で正常な思考などできない。
さらに、急激な環境の変化により、魔術に必要な集中を乱した少女は障壁を維持できないはずだ。
「ラァァァァァァァッ!」
俺もまた崩れる地面の中に飛び出し、体制を崩した男の身体を正中に捉える。
「死ねッ!クソ外道ッ!」
そのまま、リボルバーをダブルアクションで連射。
だが、放たれた銃弾は、からんと音を立てて男の目の前で阻まれる!
「アレックスさまは……殺させない! 皆のために、わたしが守る!」
そう。少女は、この期に及んで男を守り続けていたのだ。自身は崩れた地面に叩きつけられて傷だらけになりながら、それでも男の障壁だけは解除しようとしない。
少女は最後まで自分を救おうとしなかった。家族のため。仲間のため。自分の全てを犠牲にして、自分を苦しめる存在を守り続ける。
何で……。何でこうなる!
どこまで男を恐れれば、こんな所業ができるのか。どこまで外道に堕ちれば、ここまで人に怯えられるのか!
「残念だったなァ、チビ野郎!」
勝ち誇った男がライフルを向けてくる。男は、傷一つ無い体で瓦礫の中に立っている。
もう、リボルバー程度の攻撃は通用しない。フラックジャケットも、この距離でライフルから放たれる弾丸は防げない。
どうすればいい……。どうすれば少女を救える!
俺は、絶体絶命の状況の中で思考を巡らし続ける。だが、そんな時、不意に教会のステンドグラスが割れる音が響いた。
「何だッ!」
そして、それは一瞬男の意識を奪うのに十分だった。
その隙に、割れたガラスの破片の中から一つの黒い影が躍り出る。間違いない。あれはリトゥアだ!
「クソっ! 舐めやがってッ!」
男はリトゥアに向けてライフルを放つが、加速魔術を纏ったリトゥアはその尽くを潜り抜けるように躱していく。
その間に、俺は男から距離を取るとリボルバーによる援護射撃を開始。無論、その銃弾は障壁に阻まれるが、俺が銃弾を撃ち続ける限り、少女は障壁の維持に専念せざるを得ない。それゆえ、彼女は迫るリトゥアに対して何らかの対処を講じることができていなかった。
「おっ、オイ黒ガキ! 絶対に障壁を解くなよッ!」
「はっ……はい!」
ここへ来て、初めて男の顔に焦りが浮かんだ。だが、リトゥアはそんなものを意にも介さず突き進んでいく。
そして、遂に男の元まで辿り着くと、
「サニア カイ」
障壁に触れながら祝詞を唱えた。瞬間、割れるような音を立てて男を守っていた障壁が崩れ去る!
「そんな! わたしの魔術が!」
「残念。魔術師としては私の方が上みたいね」
そう言って、リトゥアは驚愕に竦む男のライフルを彼方へと蹴飛ばした。
「ビリー!」
「ああ、でかしたリトゥア!」
そして、障壁さえ無くなればこの距離で外さない!
俺はリボルバーを構えると男に向かって引き金を引く。
「年貢の納め時ってヤツだな。クソ外道」
「クソぉッ! 何で俺が死ぬんだッ! 黒ガキじゃなくて俺がッ! やめろォォォッ! 死にたくな―――!」
そうして、銃声と共に聞こえなくなる断末魔。それは、この外道の死を意味している。一瞬で死ねたんだ。お前のしてきた事に比べれば生温い死に方だろうさ。
俺はヤツの死を確かめると、少女の方に向き直る。
「お前を痛めつけてたヤツは死んだ。その……、色々と思うところはあるだろうけど、今は生き残ったことを喜んどけ。ここには優しいシスターがいるから、好きなだけ甘えろ」
後は、コイツの仲間のことだが……それは、いつかみんなで向き合っていけばいい話だ。今、無理に考えることではない。
見ればファナさんも、少女を迎えようと教会から出てきている。相変わらず優しい人だ。
「今まで、よく一人で頑張りましたね。もう、安心です。ここには、あなたを否定する人は誰もいません。さあ、まずは傷の手当をしましょう!」
そう言って、ファナさんは少女を抱き寄せようと両手を広げる。だが……、
「でも……この人たちを殺さないと……、皆が……。だから……、殺さなきゃ!」
未だ少女は外道の呪縛の中にいた!
「あぁぁぁぁぁぁあぁぁあああああッ!」
少女は、迷いを振り切るように叫びを上げるとファナさんに向かって走り出す。その手に握っているのは……魔烈石?!
アイツ、ファナさんを巻き込んで自爆するつもりだ!
驚きのまま固まるファナさん。リトゥアも少女に向けて走り出すが、間に合う距離じゃない。
どうすればいい……。いや、答えは一つしかない。だが、本当にこれしか無いのか?!
スローモーションになっていく視界の中で俺は……、
「――――――ッ!」
震える指を無理やり動かして、少女に向けて引き金を引いた。瞬間、彼女の細い体は赤い飛沫を上げて大地に落ちる。
真っ赤な血溜まりの中に転がる少女は、全身を痙攣させながら。やがてそれすらできなくなって、絶望の表情のまま、その生を閉ざす。他でもない、俺の手で。彼女を救おうと戦った俺の手で。
耳奥にこべりつく銃声の余韻。立ち込める硝煙の臭い。その全てが俺を嘲笑っいるかのようだ。
何を浮かれていたんだ。何を救った気になっていたんだ……!
悲しげに目を伏せるファナさん。いつもの無表情のまま、それでも何か哀しさを湛えたリトゥア。そして俺は……、
「クっソがああぁああああぁぁぁあぁああッ!」
何でだッ! 何でこうなるッ! アイツが死ななけりゃならない理由がどこにあった?! アイツが殺さなけりゃいけない理由がどこにあった!?
「ビリーさん…………」
やめろ。貴方までそんな目で見ないでくれ! そんな悲痛な顔をしないでくれ!
俺は何のために戦ったんだ! 貴方にこんな顔をして欲しかったからじゃない! 俺は貴方に……、リトゥアに……、そしてアイツに幸せになって欲しかった!だってのに……ッ!
「クソっ!クソっ!クソ----!」
際限なく襲い来る無力感の中で、そのまま俺は慟哭を続けることしかできなかった。




