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ネスメア動乱 4

 俺はファナさんを教会に送り届けたあと、一人で元の借家に向かう。荷物を引き上げなくてはいけないのもあるが、自分の目で町の様子を見たかったと言うのもあった。こればっかりは、後ろにファナさんやリトゥアを乗せてやるのは気が引ける。

 時刻は夕飯時。そろそろ夜番と交代した連中が飲みに繰り出す頃だろう。

 俺はスチームバイに荷物を括りつけて町を走る。念のため、服もいつものジャケットやテンガロンハットは脱いで、教会で借りた物に身を包んでいた。まあ、簡単な変装のつもりだ。

 よし、今日はいつもよりアングラな酒場サルーンまで行ってみるか。バートンの元で働いている保安官はゴロツキ紛いの連中も多い。俺は、そう言ったヤツらがたむろってそうな場所を探ることにした。

 それからさらにチームバイを走らせて、俺は町の外れ、比較的治安の悪い地域にたどり着いた。そして、血金石で下品に光らせた看板を潜り、俺はとある酒場に入る。煙草の煙と酒の臭いで満ちた店内は、いかにもゴロツキが好みそうなものだ。

「クラレット・サンガリーを。フリーランチはいらない」

 とりあえずカウンター席に座って酒を注文。いつもの店と違って、食事ではなく酒で儲けているらしいこの店は、客寄せの為にフリーランチとか言って食事を無料で提供するサービスをしているのだが、こんな所のメシを食いたくないのでそれはパス。帰ってファナさんの作った夕飯を食べよう。

 さらに、どうせこんな所の酒はニセモノだらけなので、敢えて変わったカクテルを注文してそれらを避ける。ちなみに、このテクニックは、あの最初に会ったスチームバイ技師のダンナの受け売りであり、俺はクラレット・サンガリーがどんな味か知らない。……これ、ニセ酒出されても気付けないんじゃねぇか?

 ほどなくして、しっかり冷やされた赤い液体が目の前に運ばれる。なるほど。これがクラレット・サンガリーか。赤ワインがベースらしいそのカクテルは、意外と好みの味であったが、この際それはどうでもいい。俺は、酒を削るように飲みながら店内をゆっくりと見回した。

 そこかしこに転がる賭博のサイコロ。奥には半裸の女が踊り、隣では賭けに負けた男がトランプを机に放り投げる。よくある、荒れた場末の酒場って感じだ。

 そう思った時、俺は信じられない光景を目にした。

(バートン……!)

 奥のソファで両隣に女を侍らせている男は、まさにバートン統治官その人。つまり、なぜだか今回の騒動の主犯が目の前にいるということである。

 今回は軽い偵察のつもりだったのに、つついた藪から蛇どころか虎が出てくるなんて聞いてないぞ!

(あのクソ統治官! エリートぶるなら大人しく家で飲んでろよ! お気に入りの娼婦でもいるのか?!)

 流石にこれには冷や汗が出る。だが、理由はともあれバートンがここにいるのは事実だ。確かにこれは想定していなかった状況だが、同時に普段は屋敷の奥に引きこもっているバートンを観察するチャンスでもある。俺はこのままヤツの様子を伺うことにした。

「いや〜! しかし、見事な手際でしたバートン様!」

「これで、ネスメアのビヨンディアンも血金山に送ることができますね! バートン様の事業はさらなる拡大を遂げるでしょう!」

 バートンの向かいでそんな事を言うのはヤツの子分だろうか。聞いているこっちが恥ずかしくなるようなゴマすりだが、バートンはそれで気を良くしたらしく、高い酒をもう一本頼むと大きな声で語り始める。

「ハッハッハ! そうだろうとも! これで足りなくなった血金掘りの代わりが見つかって、俺の富もさらに増える! ……ほら、もっと飲め!今日は俺の奢りだ!」

 ……なるほど。ここに来て、わざわざ暗殺なんて面倒な真似をしてでもネスメアに手を出したのは、ヤツの元で働く労働者が不足しているという事情があったのか。昨今では世論も反差別の傾向が強まり、奴隷も買いにくくなってきた。だから、過酷な労働で死なせた分を「逮捕」という形で補充したがっているのだろう。

 この州でなら殺しも奴隷狩りもヤツは揉み消せる、ってことか。まったく、厄介なことをしてくれたもんだ。

「それに、ここにはまだ俺に逆らうビヨンディアン共がいる。ククッ、ヤツらもいつかは血金掘りにしてやるぜ……!」

 これは、リトゥアの部族のことだろう。確か、ここらで本土人に抵抗している部族を束ねているのがそいつらだと、この間ファナさんが教えてくれた。

 奴隷狩りの次は反乱分子の制圧。バートンはネスメアを完全に支配するつもりらしい。

 とすれば、もはや今のネスメアは争いの最中でありながら、新たな争いの前日でもある。……モタついてはいられないな。

 そう思い、俺は再びバートンに視線を戻す。だが、流石のバートンも酔った勢いで話しすぎたと思ったのか、彼らの話題はすっかりギャンブルのものへと変わっていた。これ以上、有益な情報は聞けないそうだ。

(まあ、今日はこんな所かね)

 俺は偵察を打ち切ると、早足に酒場を後にする。そして外の空気を吸うと、とりあえず思考を整理。出てきた答えは、

(こりゃ、長引きそうだな……)

 と言う、なんとも悲観的なものだけだった。


 だが、そんな思いと共に教会へ戻ろうとした時、不意に後ろから声がかけられる。

「やあ、ビリー。また会ったな」

そのおどけた様な明るい声は、

「ジェームズか。こんな所でどうした?保安官らしくバートンのお守りか?」

「監視と言ってくれ。保安官だって、全員がバートンの元で悪いコトしてるわけじゃないんだ。そういう俺たちみたいなのは、バートンの権力を内側から打破しようと動いてる。こうやって、側で監視したりしてな」

「ま、そういうことにしといてやるよ。そんで、何で話しかけた?」

「何で……って、友達を見たら話しかけるのは当然だろ?」

「帰る」

 俺はすぐさま踵を返す。ジェームズのバカに付き合ってられるか。

「おい待てよ! 冗談だよ、冗談!」

「……だったら、最初から用件を言え」

 俺は睨みつけるようにジェームズへ向き直る。今の俺が冗談が通じるように見えるなら、やっぱりお前は馬鹿だ。

 そんな俺に、ジェームズはいつもの明るい調子とは違った静かな口調で話し始めた。

「ビリー。言いたいことは色々あるが、今はこれだけ言っておく。少し落ち着け」

「……落ち着け、だと?」

「ああ、そうだ」

「この状況で落ち着いていられるか。バートンの奴隷狩りはすぐそこまで迫ってるってのに」

 今にリトゥアたちに危害が加わるかもしれないのだ。そう呑気に構えてはいられない。

 だが、ジェームズは、そんな俺の苛立ちを諌めるように会話を続ける。

「確かに、リトゥアさんのこともあるし、お前が焦る気持ちは分かる。けど、早まった真似はするな。必ず、バートンは俺たち反バートン派の保安官で、引きずり下ろす。だから、今は大人しくしてろ。派手に動けば、お前が捕まる。バートンはそういうヤツだ」

「それは、アウトローへの警告か? 保安官サマ」

 からかうように俺は言った。ジェームズの言葉はまるで、俺が無謀に戦って敗北するような言い様だったからだ。

「まさか。お前ゆうじんへの気遣いだよ」

そう言って、軽く笑うジェームズ。だが、そこには確かな覚悟があるように思えた。必ず、バートンを倒してみせるという。

「……まあ、そこまで言うなら今は大人しくしててやるよ。もし、本当にバートンを倒せるならさっさとしてくれ。お気に入りの酒場に行けないと困る」

 無論、こっちだって黙ってバートンの言いなりになる訳には行かないので、いくつかの対策は講じる。だが、保安官の中でバートンの打倒を目指す流れがあるという事は頭の片隅くらいでは覚えおいてもいいかもしれない。

 公権力を相手に戦おうとするならば、俺みたいな流れ者よりもしっかりとした後ろ盾のある連中の方が適任であるのもまた、事実なのだ。つまり、もし本当に保安官がバートンを倒せるなら、それに越したことはない。

 ……いや、正直に言えば、激しく移りゆくネスメアの中で、正しい立ち回りが分からないから静観を選ばざるを得ないだけなのかもしれない。

だが、ジェームズはそんな俺のもどかしさを知ってか知らずか、浮かべた笑いを少し大きくすると、

「ありがとう。今はそれで十分だ。……もう一つだけ忠告してやる。気を付けろ、ビリー。この町の脅威はバートンだけじゃ無いかもしれない。そこも含めて、俺たちで調査中だ。そんなんだから、尚更今は大人しくしてるんだな」

 なんて事を言い残して、再びバートンのお付き――いや、監視に戻っていく。

 そうして俺もまた、憂鬱な無力感と共に教会へと戻るのだった。

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