バウンティハンター 4
俺たちが町を出てから半時ほどでファレト山には辿り着いた。本来ならもっと時間がかかる道なのだが、リトゥアが教えてくれた近道を使ったので、さほど時間はかかっていない。彼女曰く、スチームバイでは無く生身に身体強化の魔術を用いて走れば、もっと早く到着する道順があるそうだ。
「さて、こっからは警戒して進むか」
俺は右腰の拳銃、では無く、持ち込んだレバーアクションライフルを構えて歩き出す。後に続くリトゥアは特に武器を抜いたりはしていないが、それでも辺りに注意を払いながら進んでいるようだ。もしかしたら、何らかの探知魔術を使っているのかもしれない。
「ここからどう探すの?」
リトゥアが訪ねてくる。広いファレト山で、どうターゲットを探すのか心配になったのだろう。だが、その策はもう考えてある。
「俺たちも狩りでもしてみようぜ。カナサがここにいれば、ビヨンディアンを従えて狩りに来た本土人なんてすっ飛んで殺しにくるだろう。そこを引っ捕えよう。二日ほど粘ってダメだったら次の策を考えようか」
「わかった。そういう事なら、もう少し登ったら鹿や鳥が見えてくるはずだから、それを狩ればいいと思う」
「よし、決まりだな」
そうして、捜査手順を決めた俺たちはさらに山奥へと歩いていく。
なるほど。確かに山の中腹あたりから動物の鳴き声が聴こえ始めるな。人里から離れたからだろうか、自然の豊かなビヨンドにおいても、特別に動物が多いように感じる。
そして、さらにしばらく歩いていると、
「ビリー、鹿がいたわ。大きなオスよ」
遂に獲物を発見した。少し遠くでゆっくりと水を飲んでいる。
「……ここからじゃ少し遠いな」
「私が魔術で気配を消すから、それで近づいてみるのは?得意な魔術では無いけど、鹿くらいなら騙せるはず」
「頼む」
すると、リトゥアが俺の胸に手を当てて、聞きなれない祝詞を唱え始めた。
「ソリ クルタ レオ ヒャラサル」
途端に二人の体は薄青い光に包まれていく。
「これで見えにくくなっているはず。効果時間は二分ほど。近づきすぎると見つかるから気をつけて」
「なら、少し近づいたら銃で仕留めるか。皮と肉の質はこの際無視だな。それに、目的が目的だし、なるべく音を立てたい」
「そうね」
方針は決まったので、魔術の効果が切れる前に獲物に近づく。それなりに大胆な行動をしているはずなのだが、鹿はこっちに気がつく様子が無い。やはり、本土人の俺としては「さすが魔術」と思わざるを得ない光景だ。こんなことを言うと、リトゥアはまた否定するだろうが。
「そろそろ撃てるな」
「左前脚の付け根を狙って。そこに心臓があるわ」
「了解っと」
アイアンサイトを覗いて狙いを定める。だが、これが簡単そうに見えてなかなか難しい。
銃は軍にいた頃から何度も撃ったことがあるが、サンダラーによる砲撃が多く、研究所を抜け出してからも拳銃による射撃と人相手の狙撃ばかりしてきたため、実は小銃で動物を追い回すのは初めてだった。
「ビリー、早く撃って。魔術が切れる」
「おっ、おう……、わかってる……」
とは言え、あまりゆっくりもしていられないので、思い切って引き金を引く。
撃鉄の音を鳴らして放たれた弾丸は、一直線に獲物へと吸い込まれていき……
「ヒット!」
見事に鹿へと命中する。ターゲットは足の少し上から血を流し、これで狩りは成功!……と思ったのだが、
「駄目! 咄嗟に急所を外された。あの鹿、かなり賢い」
仕留めきれていなかったらしい!
その証拠に、鹿は手負いとは思えない速度で走り出す。
「クソっ! 弾は当たってるのにすげぇ走るな!」
「鹿は健康な個体なら心臓を撃たれてもしばらくは走り続けるわ。だから、銃がない私たちの伝統的な狩りは隠形魔術で近づいて首を跳ねるか、身体強化の魔術で追いかけ回す」
……初耳だ。どうやら、俺は軽い気持ちで面倒な獲物に手を出したらしい。
「追うわ。捕まって」
「おっ、おう!」
どうやら、リトゥアも魔術で鹿を追いかけようとしているらしく、俺の方に手を差し出す。俺も咄嗟に捕まったが、実は「魔術によるシカ猟」というものはよく理解していない。ただ、まだ目的も果たせていないし、撃った手前責任は果たしてやりたいので、ここはリトゥアに言われるがままに動こう。
「レク セリア」
リトゥアはまた短い祝詞を唱え、俺たちの体は人を超えた速度で動き出した。鹿に近づくときに使った魔術と似て、俺たちの体は黒色の光で覆われている。どうやら、リトゥアと触れている限りは、俺も高速移動ができるということらしい。とは言っても動きの主導権はリトゥアにあるので、正直言って振り落とされないよう必死だ。
そんな俺をよそにリトゥアは追跡を進めていく。そして、程なくして鹿は見つけると速度を上げて獲物に並走するように走り出した。
「いた。速度は落ちてる。ビリー、狙える?」
「向こうはともかくこっちが速すぎる!走りながら狙うならもう少し近づきたい!」
「この速度が限界。地形を使って回り込むから遅れないで」
そう言うと、リトゥアは大きく体を捻って舵を切る。それは、一見獲物から大きく距離を離したように見えるが、いくつかの進路変更を繰り返す度に、着実に鹿の行動を読んで距離を縮めていった。
俺も、小銃を撃つことで鹿を驚かしながらヤツの進路を狭めていく。大分速さにも慣れてきて、ヘッドショットならともかく、近くに弾を飛ばして驚かす程度ならこなせるようになってきた。
そうして、遂に獲物に追いつける位置まで迫った。すると、鹿は大きく首を上げると、くるりとその場で回転して、今までとは変わって俺たちの方へ走り出す。きっと、もう逃げられないと悟った獣の、それでも生きたいと願う本能が為す最後の抵抗なのだろう。リトゥアも魔術を解除し、この場でヤツを迎え撃つつもりだ。
俺は、獣の生き様へ敬意を表す意味でもしっかりと正中に心臓を捉え、次こそは一撃で仕留めるよう引き金を引く。
瞬間、辺りに銃声と硝煙の匂いが立ち込め、遂に心臓を破かれた鹿はその場に倒れた。こうして、この勝負の決着は俺たちの勝利という形で付く。
「随分と派手になっちまったな。ま、立派な戦士との勝負だし、これくらいの大立ち回りは当然か」
「でも、そうやってカナサをおびき寄せるのが目的でしょう?」
「まあ、そっちに関してはこれ以上ないくらいの成功だな。こんだけ煩くやればカナサがいれば気づいてくれるだろ」
勝負の余韻の中、俺たちはそんな話をしながら鹿の解体を始めた。目の前にあるのは俺が奪った命。だからこそ、しっかりと俺の糧にすべきだ。 そう思い、俺は慣れない解体をリトゥアに教わりながら二人で骸を開いく。まだ温かさの残る肉は確かにそこにあった命を物語っているようだ。
獲物の解体、それは狩りで生きていくための技術なのだろう。だが、それでも肉に入れるナイフには感謝と敬意が自然と籠る。この、儀式にも似たような時間が俺はなかなか好きになっていた。
しかし、そんな時間も長くは続かない。
「そこの合衆国人。ここは我らが大地。我らが恵であるぞ。誰の許しを得て貴様如きがここに立つ?」
それは、肺腑の底から絞り出したような怒りの声だった。
……何度も手配書を確認したから間違いない。カナサ ヘイヨのお出ましだ。




