バウンティハンター 2
その後、果物で朝食を終えた俺たちは、もう一度町へ向かっていた。とは言っても、行き先は町中では無く、町を挟んだ向こうある小さな丘。昨日の夜に渡された住所が本物なら、そこにシスターファナの教会が建っているはずなのだが……、
「これじゃ教会と言うよりもシンボルの付いた牧場だな」
放し飼いの牛や葡萄の畑、倉庫替わりに使われている幌馬車。奥には保存食作りの為の小屋まである。厳格なアレア教徒なら怒りで卒倒しそうな、これまた自由な作りの教会だ。
そんなことを考えていると、奥の扉からシスターファナが出てきた。
「あら、ビリーさん! それと……」
「リトゥアって言うんだ」
「リトゥアちゃんじゃ無いですか! こんな所までどうしたんです?」
シスターファナは人のいい笑顔で出迎えてくれた。本土のアレア教会は厳粛な物が多く、このような対応は珍しいが、こちらとしてはありがたい。
「少し用事があってね。ここって賞金稼ぎ向けに依頼の斡旋みたいなこともやってるんだろ? 少し入り用なんで、いくつか紹介して欲しい。あと、調べてほしいこともある」
「なるほど、そういう事でしたら中へお入りください」
そうして、俺たちは促されるままに教会の中へ入り、整然と並べられた長椅子に腰掛けた。なんともなしに辺りを見渡してみると、何人かの子供が祈りを捧げているのが見える。
年齢は八歳くらいの子供からリトゥアと同い年くらいまで多岐にわたっている。そして何よりも驚くべきことに、人種までバラバラだ。ここでは、異なる肌の色の子供たちが同じ空間で祈っている。こんな教会は見たことが無い。
そんな俺の心情を察したのか、シスターファナが話しかけてきた。
「ここは孤児院にもなっているんです。ほら、ネスメア以外ではあの悪どい統治官が幅を利かせているから、早くして両親を失くした子供たちも多いんです。そんな子供たちを拾っているうちにいつしかこんな大所帯になっちゃって、教会の稼ぎでは食べさせていくことが出来なくなったから色々な仕事を始めたんですよ。アレアは副業を禁止していますが、孤児を助けるためなら神も許してくれるでしょうし。そんなだから、今では町の何でも屋さんです」
そう語るシスターファナの顔には確かな誇りが見て取れた。しかし、大所帯だとは聞いていたが、そういう事情だったのか。
「……立派だな。尊敬するよシスターファナ」
「そんな高尚な気持ちじゃありません。ただ目の前の子供を見捨てるのが嫌だって我儘です。それと、シスターじゃなくてファナでいいですよ」
そう言うと、シスターファナ――いや、ファナさんは奥に貼り付けられている紙から数枚を取ってくる。その後、俺の希望する条件をいくつか聞いて、その束の中から一枚を俺に見せてきた。
「すぐにお金が欲しいとのことでしたので、ある程度賞金が高くて単独犯とかの依頼がいいですよね。モンスター討伐とかになると、時間もかかりますし。これなんかどうでしょうか」
そう言って渡された紙は、とある男の手配書だった。
「名前はカナサ ヘイヨ、ビヨンディアンの殺人犯です。本土人や、本土人と共存しているビヨンディアンばかりを狙う分離主義者で、相手を捕まえては魔術でゆっくりと拷問するように殺していくらしいですよ」
「うへぇ……おっかねぇ……。ま、昨日人を殺したばかりの俺が言えることでも無いか」
俺は軽口を言いながら相手のプロフィールを確認する。拷問趣味とは嫌な相手だな……、と言うのが第一の感想。きっと多くの人がそう感じるだろう。
だが、リトゥアは別の感想を持っているようだった。
「この人、苗字があるわ」
それまで黙っていたリトゥアが唐突にそう告げる。
「そう言えば、ビヨンディアンは苗字が無いのか? リトゥアのも聞いたことないけど」
「私たちは苗字を持たない。私たちにとっての苗字は、勇敢な戦士や気高い者だけが部族に認められて、自分の力や決意に因んだものを名乗るものよ」
「つまり、それを名乗れてるコイツはかなり強いってこと?」
「そうなる。ヘイヨは炎という意味。多分炎の魔術が得意な男だと思う」
「なるほど……」
俺は、思わぬビヨンド文化との接触に感心しながら、予想以上に高いらしい相手の力量に少し警戒心を強める。
「あの〜、他にも依頼はあるのでそっちにしますか?」
そんな俺たちを、ファナさんが心配そうに見つめてきた。だが、俺の心はもう決まっている。
「受けるよ、その依頼。報酬も高いし、何よりリトゥアがいるのにこんなヤツがそこら辺にいるってのは心臓に悪い」
今のリトゥアは奴からしたら本土人に迎合した愚か者であり、彼が殺人の対象とする人物の代表格のように見えているのだろう。この際、思想の善し悪しは置いておいても、そんな奴が街の近くにいるのは危険だ。
「リトゥアはここで待っててくれ。明日には戻ってくるから」
当然、危険な仕事なのでリトゥアは留守番である。だが、
「私も行くわ」
リトゥアはそれを断った。
「リトゥア、相手の嗜好を見ると俺たちはヤツの殺しの対象ってことになる。危険な仕事なんだ。大人しくしててくれ」
「高位の魔術師を相手取るには魔術の知識が必要。あなた、このままだと死ぬわよ?」
「死ぬの?」
「死ぬわ」
……死ぬらしい。
「お前にその魔術の知識とやらを教えて貰ってもダメか? ほら、さっきも相手の魔術が火を使うとか教えてくれただろ?」
「キシネルサの魔術は人によって異なる。そんな簡単に教えられるものでは無いわ。あなたを守るのが私の仕事じゃないの?」
「いや、そういう意味で雇ったんじゃ……」
「……それに私は、どうしてかあなたを守りたいと思っている」
うむ……、そう言われると悪い気はしない。
自分の生死すら気にしなかったリトゥアが、ここまで食い下がるというならきっと、俺が死ぬと言うのも俺を死なせたくないというのも本心なのだろう。
「……わかった。お前を連れてくよ。けど、主に戦うのは俺だし、いざとなったら俺の言う通りに動いてもらうぞ」
具体的には俺を捨てて逃げてもらう。
「構わない」
そう言うと、リトゥアは準備があると言って、一人でスチームバイの方へ歩いていった。
その間に、俺はファナさんに向き直って最後の準備を済ませる。
「もし俺が戻らなかったらリトゥアを頼んでもいいか?」
「……わかりました。でも、あなたも必ず戻ってきてくださいね?」
「ああ、死にに行く気はさらさら無いよ」
そう言って、俺はファナさんに幾らかの金を渡す。
「手数料ともう一つの用事の依頼費。残りは喜捨だ」
「神の名の元に謹んで受け取らせていただきます。……そう言えば、何か調べてほしいことがあるみたいな事も言ってましたね。どんな要件ですか?」
「リトゥアを連れてると泊まれる宿が無くてね。少し値は張ってもいいから、どっか寝泊まりできるところを探して欲しいんだ」
「でしたら教会に泊まられては?」
実は、それも一度は考えた。だが一つ問題がある。
「俺は信徒じゃないんでね。祈りもしない男が泊まりに来てりゃ流石に神サマもブチ切れるだろうさ。リトゥアにも原住民の信仰があるし、その選択肢はもう少し後だな」
「私は泊まっても構わないと思いますが……。とは言え、とりあえず宿は探しておきますね。では、仕事の方、お気をつけて」
「ああ、行ってくるよ」
そして、全ての用事を終えた俺は教会を後にするのだった。
教会の扉を開けると、リトゥアがスチームバイの座席を椅子替わりにして何かの作業をしているのが目に入る。
「悪い、遅くなった。……それ、何やってんだ?」
「石に魔力で紋を彫り込んで魔烈石を作ってる。魔術師が手で投げると魔力が吹き出す武器になるわ。ある程度自在に放出する魔力を操れるから、どんな戦いになるか分からない今回に便利だと思って」
「手投げ爆弾の便利なやつって感じか。確かウチの陸軍が使ってたな。魔術ってのは工場も無しにそんなもんが作れるのか」
「別に凄くないわ。この魔術石を作れる魔術師は限られるし、使うのにも素養がいる。私たちが人の力で十個の魔術石を作っているあいだに、あなた達は機械で百個の爆弾を作って全ての兵士に配ることが出来る。だから私たちは負けた」
「……なるほどな。身も蓋もないが、よくある話だな」
非力な子供だって銃を持てば人を殺せる。確かに魔術師はそれぞれが強力な力を秘めているが、十丁の銃と戦略に勝つことは出来ない。そこに血金石の持つ強大なエネルギーを使った兵器まで加われば、セルクニカ異界間戦争の結果は、当然の帰結だろう。
「出来たわ。いつでも行ける」
「じゃあ、行くか。サクッと片付けて報奨金でうまいメシでも食いに行こうぜ!」
こうして、俺たちのビヨンド初仕事が始まった。




