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結月のクリスマス

いくら鈍感だって言われても、いくら天然って言われても、流石にこれは私でもわかってしまう。何回思い出してもそのたびに顔が熱くなってしまう。あ、あれってデートのお誘いってことだよね。


さくら公園を渡る風は体全面に吹き付けてくるのに、とても鋭く冷たかった。茶色くなった雑草が吹き飛ばされまいと地面にしがみついている。

私達はしばらくさくら公園で合奏の余韻に浸っていた。合奏が成功した喜びにもう少しだけ身を預けていたかった。

それからしばらく経って、みんながポッケに手を入れて震え始めた頃。結月がクッキーのペンダントをみんなに配って、今日はもう解散しようという話になった。

そこまではいつも通りの私達の会話だった。


「じゃあそろそろ帰ろっか」

「おお、そうだな」

琴音と松村くんに続いて「私も帰る」って言いかけた時だった。

「あ、あのさ結月!」

「急に大きな声でどうしたの、いっちゃん」

「そ、その……。二十五日い、一緒に遊びに行かないか?」

「みんなで行くの? 楽しそうだね」

「そ、そうじゃなくて。二人で! 二人で遊びにいかないか?」

え? 男の子と二人きり?

戸惑う私の前ではいっちゃんが真っ直ぐな瞳でこちらを見つめて返事を待っている。さらにその後ろでは松村くんがニヤけている。

てか、どうして琴音が一番照れてるのよ。


高まる鼓動の中で私はあの時「別にいいよ」と小さく返事した。ただデートのお誘いだったってことには今気づいたばかりだ。でも、いっちゃんがどうして私を? いや、そもそもいっちゃんが私のことを好きだなんて決まったわけでもないし! 何一人で盛り上がってるんだろ……。

でも、私は私の気持ちがわからない。あの時どうしてOKしたのか。別に後悔してるわけでもないし、いっちゃんなら面白い話もたくさんしてくれるだろうからお出かけ中に暇になることもないと思う。でも、この気持ち、なんだろう。こんなの初めてだからわからない。

ふと勉強机の隣の窓から空を見上げると、点滅しているような星の光や、飛行機のライトの明かりとかが混ざって、不思議な趣を感じられた。


そしてクリスマス。地元の人気ケーキ屋さんの前には予約したホールケーキを受け取りに来たと思われる人で小さな行列ができていた。駅前もサンタの衣装を着た男の人が何かチラシのようなものを配っている。この近くのカラオケのものだろうか。毎年クリスマスに見る景色を後ろに流しながら駅前へと向かう。でも、今年のこの景色は少し違うような気がする。いや

私の内側が変わったからかもしれない。

集合時間まであと10分。右手をポッケに突っ込み、左手で昨日いっちゃんから届いたメールを再確認する。

『明日は9時30分駅前集合でいい? 電車で矢的山羊駅までいって、そこから映画観に行かない?』

そして私の返事。

『うん。それでいいよ。映画なんだけど「俺ン家」観てもいい?』

『わかった。それじゃあまた明日』

『また明日』

こうしているうちにいっちゃんが走ってきて、私達は切符を買い電車に乗り込んだ。今回いっちゃんは遅刻しなかった。


「今日は突然誘ったのに来てくれてありがとな」

「うん。それで……」

「それで?」

「いや、なんでもないよ」

危なかった。思わず「どうして私を誘ったの?」と言いそうになってしまった。いっちゃんの気持ちを確かめたかったけど、そうするときっと気まずくなってしまう。だから聞いてはいけない。少なくとも向こうから言い出してくれるまでは。気になるし、ここまで来たら確信を持って期待もしちゃう。

期待!? ううん! 別に私いっちゃんのことそういう風に見てない……はず。


それからは、これからの部活のこととか、お菓子の国のこととかたくさん話した。いっちゃんは聞いてる人が暇にならないような話し方をする。だから気付けば車窓に流れる風景は少し都会になっていた。そして、山羊駅到着を告げる放送があり、私達は冷たい風か流れるホームに降りた。

ここからはバスに乗り換え15分ほどで目的地の大型ショッピングモールに到着した。

店内は子供連れの親子や、私達と同年代くらいであろうカップルが手をつないでいたりした。そんな中をいっちゃんと二人きりで歩いている私は当然ながらカップルとして、すれ違うおばちゃんとかに温かい目で微笑まれる。今までそんな経験がなかった私は少し戸惑った。それはいっちゃんも同じようだったが、少し嬉しそうだった。


「予定通り10時50分からのでいいよな?」

「うん、そうだね」

映画館の喧騒の中でいっちゃんが映画の時間表を見ながら聞いてきた。

「結月はポップコーンとか食う?俺はキャラメル味買おうかなって思ってるんだけど」

「あっ! 私もキャラメル味好きなんだ!」

「じゃ、じゃあ二人で分ける? そっちのほうが安く済みそうだし」

「うーん……。そうしよか」

ちょっと迷ったけど、いっちゃんの言葉がその裏に変な感情を隠し持っていないと感じたからポップコーンを分け合うことにした。あと、今月は吹奏楽部の女の子たちとカラオケでクリスマス会をして、ちょっと金欠気味だったから。


いっちゃんのお誘いを利用した形になったけど「俺ン家」を見ることになって本当に嬉しい。漫画も1巻が出た頃からずっと集めていたから、今回映画化が決まってからずっとワクワクしていた。高校生の、ちょっとファンタジー要素が入った純恋愛物。読んでるだけで胸がキュンキュンして、本物の恋をしたことがない私でもちょっとは恋というものを理解できたような気がする。

男の子とのお出かけで恋愛物を観たら、相手を少なからず期待させてしまうのではないだろうか、と他の女の子なら言うだろう。でも、小さい時とか親同士が仲良かったりして普通に男の子と遊んでいたから、私の場合はそれでいいと思う。少しずつ大人になっていく過程で、異性と2人きりで過ごすことに気恥ずかしさとか、照れくささとか、そういう感情が混じってくるけど……。

「そろそろ中に入ろうぜー」

「うん。私もうずっとワクワクしてたんだー!」

「俺ン家観れることになってちょうど良かったな」

「いっちゃんが珍しく誘ってくれたんだから、ちょうど良かったなんて言っちゃダメー!」

今日はそういった感情は捨てて、しっかりいっちゃんと向き合おうと決めている。小さい時の男友達みたいな関係でもなくて、恋人でもなくて、一人のお友達として。薄々気付いているいっちゃんの秘めた想いは考えないようにして。


上映が始まる前、周りを見渡してみると、いちゃいちゃという効果音がピッタリな男女がたくさんいた。私と同じような境遇の人はいるのだろうか、当然いないよね。




映画は凄く良かった。突然主人公のもとに手紙が届くところから始まり、転校生の運命を変えるために奔走する主人公の姿に心打たれた。途中、鼻をすする音がするなと思って隣を見ると、いっちゃんが号泣していたには少し笑ってしまった。

それとポップコーンの容器の中で手が触れ合うのってすごく緊張するんだね。


ちょっぴり遅いお昼ごはんを食べてから、お店を回ることにした。

今は私のリクエストで雑貨屋にいる。

「うわぁ。これ可愛いー!」

「いやいや、こっちのほうが可愛いじゃないの? 」

「ちょっといっちゃん。何それー! 全然可愛くないー!」

「なかなか良いと思ったんだけどな」

「こっちのマグカップもとっても良いー!」

「さっきから結月本当に楽しそうだな」

「可愛い物いっぱいで見てるだけで楽しいじゃん」

「まぁ、そうだな」

「何その返事ー。こいつバカだなとか思ってるんでしょー」

「いや! そんなことは絶対に思ってない。絶対絶対」

いっちゃんが真っ直ぐ私の事を見つめてくるからちょっと恥ずかしい。

「わかってるよ」

「でも、いつもの結月と比べるとちょっとだけ子供っぽかったなあって。さっきからぴょんぴょん飛び跳ねてるし」

「一言余計なんだから 」

「はは。ごめんごめん」

「次どこ行く?」

「そうだなあそことかいいんじゃないかな」


こんな感じで三時半くらいまでウィンドウショッピングをした。いっちゃんは私の行きたい場所にしっかりついてきてくれた。そういう優しさが、いっちゃんが人気者である理由の一つなんじゃないかなって思う。


凍てつくような空より降り注ぐ冷気から逃げるように車内に駆け込んだ。しっかり効いている暖房が私達の表情を柔らかなものにする。

「今日は楽しかったよ、いっちゃん 」

「それなら良かった」

田舎の路線だから客はほぼおらず、周りの人に話が聞かれる恥ずかしさを感じることもない。

「いっちゃんも楽しかった?」

「もちろん。ゆ、結月と一緒に出かけて楽しかった」

「うん……」


景色とともに話題も移りかわり、忘れかけていたあの感情を呼び戻すこともなくて良かった。サンタさんを信じてた年齢の事とか、これからの部活のこととか、新年のこととか、たくさんたくさん話した。いっちゃんの意外な一面を見ることもできた。たまにはこんな日があってもいいのかもしれない。


最寄り駅に到着し、イルミネーションで煌めく時計塔のそばでお別れをしようとした時だ。

「これあげる」

いっちゃんが渡してきた紙の袋には見覚えがある。

(これ、あの雑貨屋の袋だ)

「あけてみてもいい?」

「どうぞ」

丁寧に包装された中身は、銀色の羽の形をしたヘアピン。

「ありがとうー! 欲しかったんだー! でも私これ欲しいってあの時言ったっけ?」

「いや、雑貨屋出るとき結月が名残惜しそうにこのヘアピン見てたから、欲しいのかなーって思って」

「ほんとにありがと! つけてみてもいい?」

綺麗な銀色で前髪を留めてみた。

「似合ってるかな?」

「うん。買って正解だったよ」

「大事にするね!」

「うん。じゃあそろそろ時間だし帰るか」

「そうだね。バイバイ」

駅からは買える方向が逆なので手を振って別れた。すぐに白くて綿のような雪が降ってきた。手を空にかざしてその白い雪を眺めていた。

振り返ってみてもいっちゃんはもういなかった。私は銀の羽を、幸せの鳥の銀の羽を軽く撫でた。


終わり


「あれ、松村くん。私達の出番は?」

「次の話はあるんじゃねえの」

「もー、待てないよー!」

「僕のことも忘れないで欲しいな」

「モカも出番なかったんだ……」


ほんとに終わり


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