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短編作品

遠距離恋愛

作者: あさままさA

「これからは遠くで二人、別々に暮らすんだ……今までずっと一緒に居たのにね」


 そう語る紺のコートを纏った男性、久志は吐息を白く染めながらそう語った。


 都内の公園、噴水の音が小気味よい流水の調べを奏でる敷地内のベンチに腰を下ろしている彼の隣には、一人の女性が座っていた。彼女の名は加奈。互いにカバンを自分の脇に降ろし、二人は荷物に挟まれているような状態で座っていた。


 今日、久志は大事な話があると言って加奈を電話で呼び出していた。仕事終わり、夕方の事だった。彼の「大事な話」というワードに対して奇遇だと感じた加奈は、この際だからと思って「私も話がある」と語り、落ち合う場所にこの場所が選ばれたのだった。


 どこか屋内でゆっくりとする話でもないし、それ以上に――彼らの職場を挟んだ丁度、中央に位置するこの公園はいつもの待ち合わせ場所だった。


 彼らは合流すると、冷え込んだ空気を取っ掛かりに「もう冬だな」という世間話を助走とするようにして「本題」へと会話の方向は進められていく。しかし、両者とも「大事な話」があるという大前提を踏まえれば、どちらが先に――そんな問題になる。


 白い吐息だけが大気を染めて霧散し、時は暫く静寂の支配下にあった。


 しかし――自分も男だ、と決心した久志の告白。その内容が加奈の鼓膜を震わし、脳で情報として理解された瞬間、彼女の「大事な話」というのは奇しくも彼に代弁されており……この奇異な事実に加奈は切なさを胸に吹き出しそうになる。


 ずっと、互いに言おうとしてタイミングを見計らっていた事。

 二人共――転勤を命じられた。

 しかも――海外に。


「お別れなんて、嫌だよ……海外なんて」


 加奈は俯き、震えた声でそう言った。

 その隣で、久志は自分の無力さに打ちひしがれていた。


 自分は――何も出来ない。

 自分は――何もしてはいけない。


「でも、やめるわけにはいかない。お互いに、昔から夢だった職業……それに就いて、たかが恋くらいでそれを手放しちゃ駄目だよ」

「たかがなんて……言わないでよ」


 高校からの付き合いである二人の夢は、それぞれ成就し――譲れない夢。その平行線を歩きながら手を結んでいられるくらいにしか離れていなかった彼らの世界。


 しかし――真反対に彼らは旅立つ事となる。


「俺だって、アジア方面を経由して欧州もずっと越えて……すごく遠くに行かなきゃならないけど。それでも――譲れないって思った」

「私だってそうだよ。アメリカを経由して、遠くに行くんだもん。それを承知してもお互いに……夢だったもんね。譲れない、願いだったもんね。……逆方向じゃない」


 顔をあげた加奈は涙で頬を濡らし、それでも気丈に振舞おうとする努力がその表情には描かれており、それを目視した久志の心は急激に締め付けられる。


 自分の選択は、

 加奈の選択は、


 ――正しいのか?


 それでも、そんな疑問を振り払うだけの積み立て、努力の上に二人は立っている。道は違えど、進むべきだという「事実」は同じはずだ。


「大丈夫さ。あっちの仕事が休みになったら、必ず会いに行く」

「どれだけ遠くても?」

「勿論だよ。絶対に――行くから」


 久志の加奈を見つめて、放った強い言葉は彼女の不安を解く力はなかったものの、煙に巻いて誤魔化すくらいの力――そう、治療ではなくとも、麻酔にはなっているようだった。


 それをアピールするように「約束だよ」と言って加奈は笑みを浮かべた。


 その瞬間に零れて、頬を滑り落ちた滴に対して久志は「やっぱり仕事を止めて日本に居よう」と叫びたい衝動を堪えるのに必死だった。


 そこからは妙に気まずい時間が流れた。互いが、相手をどう扱ってよいか分からず、ただただ困惑し、何も言葉に出来ない。二人の間に寡黙が横たわり、隔てると途端にどうしたらいいか分からなくなるのは二人の間で、いつまでも消えない欠点だった。


 しかし――そんな静寂を破って加奈は問う。


「ねぇ、そっちはどんな国なの?」


 加奈の問いに、久志は考える。

 転勤を命じられてから今日までの数日間で、彼は旅行ガイドを購入して知識は得ていた。その中から何を口に出すか、選んでいたのだ。


「サッカーが有名だよ。……そっちは?」


 加奈も問われて考える。

 彼と同様に加奈も、旅行ガイドを購入していた。


「カーニバルが有名かな。……他には?」

「珈琲が有名かな。……まだある?」

「某通販サイトみたいな名前の川があるよ」


 そう加奈が語った瞬間――二人は同様に、目を見開く。

 それは――ある予感だった。


「……君、それって」

「私も今、ちょっと思った……」


 そう口々に言うと、二人は自分のカバンからある物を取り出す。

 それは一冊の本で――奇しくも互いに同じ物だった。


「もしかして、僕らの行き先って――」

「もしかしなくても――」


 そう勿体ぶるような前置きを口にして、互いにその本の表紙を向け合う。

 そして、同時に生まれた笑み、興奮、歓喜。

 それらを二人は――同じ四文字で口にする。

 

「――ブラジル!」

「――ブラジル!」


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