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前編

2014/10/26 誤字訂正。。。




愛されたいと、思う。

異常と言われる程の執着を享受して、精神も肉体も明け渡して欲しい。



あなたしか居ないと、盲信して。

わたしだけだと、囁いて―――――。





   ***



「良いな…」


突然の休講で暇を持て余した私と幼馴染は、構内にあるカフェテリアの窓際でホットコーヒーを飲み、思い思いの時間を過ごしていた。

私はパッドでお気に入りのオンラインノベルを、彼はスマートフォンでゲームをしている。


私達はこう自然で居られる二人の関係性が心地良くて気に入っていた。先程の私の呟きも彼が拾ってくれるなんて思いもせず、ページを先に進める。


「何が」


彼が手元の端末から顔を上げ、私を見ていた。

大学入学と同時に彼は髪の色をアッシュに変えた。其れももう二年目ともなれば見慣れたものだ。今では見事に銀髪に見える。

彼の ―― 中性的な顔立ちに似合うクラシカルなボストン型フレームの ―― 眼鏡の奥から覗く綺麗な二重の瞳が私を捉えていた。


「邪魔、した…?」

「邪魔なんて」

「ん、ん、解ってる」


幼馴染の彼、千秋は、その甘い笑顔と比例して私に甘い。どれ位甘いかって言うと、キャラメルマキアートに、シュガーと蜂蜜、更にホイップを乗せた位には甘いと思う。


私に今、向けてる笑顔だって最高に甘い。





私と千秋は同じ団地に住むお隣さん同士と言うベタな幼馴染の関係だ。

たった数日しか違わない誕生日、昔はよく二家族で誕生日パーティをしたものだった。互いに一人っ子で、性別の違いに学校では少し距離を置く事も有ったけれど、家に帰ってしまえば相変わらずの仲の良さだった。

其れは多分、二人がパズルのピースの様にぴったりと合致したからに違いない。


私は、人からの干渉を嫌う。

過干渉だった母親のせいだ。過干渉で過保護な母親に育てられた私は、人とのコミュニケーション能力が低く、生活能力も以前は散々たるものだった。

千秋は、見た目を裏切らず天真爛漫さで周りを魅了する様な人間だ。その様な人間が何故私に甘やかか。


コミュ障の私にとって、言葉を尽くすと言う事はとても大変な事だった。

けれど千秋とは、意思疎通が簡単に取れる。


千秋はとても面倒見が良い。其れは私に限った事では無い。困った人が居れば手を差し伸べてしまう。『皆が幸せなら俺も幸せ』と言える様な人間なのだと思う。

そうでなければ、こんな面倒な私の隣に十九年も居ないだろう。



「で、何が良いって?」

「うん? ん…あのね今、オンノベ…ヒロインがね、凄い、愛されてるの」

「遥は、愛されたいの?」

「うん? ん…」

「どんな、風に?」


千秋がそう訊ねた。


「このヒロインの、様に」

「うん、だから、どんな風に彼女は愛されてるの?」


千秋の問いは尤もだ。彼はこの小説を読んでいないのだから、主人公が相手役にどの様に愛されているかなんて知る由も無い。


「彼女が……彼女の目が、彼以外を、誰も映さない様に、部屋に閉じ込めるの。そして、彼女には、彼から与えられた、物しか許されてない」

「…与えられた物?」

「カーテンから覗く一筋の光、彼から与えられる血肉、悦び、愛」


頭の中で言葉を巡らせて、私が千秋にそう答えた時だった。


「千秋君、サークルの打ち合わせしたいんだけど、今、良いかな」


と女の子の声が掛かった。私が其方に目を向ければ、最近千秋とよく一緒に行動している女の子が居た。彼女は何時もは私にも笑顔で対応してくれるのだが、今は私の目の前の千秋から目を逸らさない。

もしかしたら、先程の発言を聞かれていたのかもしれない。


彼女にとって、決して気持ちの良いワードでは無かったのだろう。


彼女はじっと千秋を見ている。だが、千秋が見ているのは、彼女ではなく私だった。千秋が何時もと違う。何時もなら、話し掛けて来る人にはにこやかに返事をするのに。

訝しく思った私は、ほんの少し首を傾げる。

すると千秋が目を細め、私の方へと腕を伸ばして来た。


何だろうと思う間もなく、椅子から腰を上げた千秋が、左手をテーブルに付き、伸ばされた右手で私の左頬を包む。




ふいの、口付け。




「遥。愛されたいの」


問いでもなく、かと言って断定的でもない千秋の言葉。今、自分が彼に何をされたのかとか、此処は何処なのかとか、誰に見られているのだとか、考えるべき事は沢山ある筈だが、脳内でバグが起こったのか何一つ処理し切れず、私はただ、ただ、千秋を見つめ返していた。


其れでも千秋は、そんな私の対応に満足した様に笑みを深くする。



「愛してあげる、今まで以上に」



『愛』と言ったのだろうか。千秋の薄く形の良い唇が―――――。



「おいで」



千秋はそう言うと、自分の持ち物を纏め肩に掛けて私の席の方へと回り込む。手中のパッドはほんの少し乱暴に私のトートバッグの中に押し込まれて、私は左腕を引き上げられた。


「千秋君っ?」


其処で私は、誰か第三者の声を聞いた。そして此処が大学のカフェテリアだった事を思い出した。


千秋と同じサークルの女の子が物凄い形相で私達を見ていたし、その彼女の向こうからは好奇の視線が寄せられている。


あぁ、千秋にキスされたのを、不特定多数の人間に目撃されたのだと私は今更ながらに思った。


椅子から立ち上がった私の肩を抱く千秋は、傍に居る女の子に目もくれず、この場を後にしようとする。良いのだろうかと私は頭の片隅で思いながら、彼女に視線を向けた。


「千秋君、待ってよっ話が有るって言ったじゃんっ」


静寂が包むカフェテリアにそぐわない甲高い声に、千秋が立ち止まった。そして私の頭上で低い声がする。

「耳障り」

私は自分の耳を疑いながら、千秋の顔を見上げた。




   ――― 人当たりが良いと評判の千秋の台詞だろうか




彼女も千秋を引き留める事に必死なせいか、そんな彼の小さな声を拾い「え?」と発する。私は彼の発言の真偽を確かめるべく、そっと彼の口唇を留意した。


「五月蠅いよ」

「…え? …なっ…!」

「男に好かれようって魂胆見え見え。アンタ女友達少ないでしょ」

「!」


先程よりも辛辣な言葉を口にして、彼女を罵る千秋の顔は冷淡で、私の知る甘やかな彼では無かった。


「何なのよっ!」


激昂した彼女は顔を真っ赤にして、私を指差していた。


「こんな暗い女に何が愛してるよっ気持ち悪いっっ」


目には目を歯には歯を、なのだろうか。罵倒に罵倒で返して来た彼女。目を吊り上げ、酷い形相で私を罵る姿が、私の母親と重なった。


「知ってる? アンタみたいな女が居るから、皆千秋君に近付けないんだからね。アンタの事、皆邪魔だって思ってるっ!」


同じ。


同じ、同じ。


やはり彼女も私を『邪魔』だと言った。母親と同じように私を邪魔だと言った。

邪魔だと言う癖に、私を自由にはしなかった。


「…邪魔なのは、お前だよ」


酷く冷めた、千秋の声が聞こえたのを最後に、私の意識が遠のいた。けれど直ぐ傍に在る熱が、千秋の熱だと知って、私は何処か安心もしていた。






   ◇




「気が付いた?」


見慣れた天井にシーリングライト。嗅ぎ慣れた匂いに、温かい空気。


「ちあ…」


私の顔を覗き込む千秋は何時も通りの表情だった。優しい双眸、慈しむ言葉。


「もう、大丈夫だよ」


私が身体を預けていたベッドから上体を起こそうとすると、すかさず千秋の手が伸びてくる。華奢な身体からは想像出来ない節ばった男の手が私の背を介助して、私はベッドに座る事が出来た。


完全に覚醒しない頭で、どうしたんだっけと記憶の糸を辿る。


「遥? 此処には遥を傷付ける人は居ないよ。俺しか居ない」

「千秋、しか?」

「そう、俺だけ。此処には俺と、遥の二人だけ」

「二人」

「そう」


自分でも解る程、肩が大きく上下した。

此処に千秋と自分しか居ないのだと解って、私は、強張っていた身体の力を抜いたのだ。


「ミルクティでも飲む? 今日は少し冷えるね」

「ん」


私が千秋を見つめ小さく返事をすると、彼は私の額に軽いキスをして跪いていたラグの上から立ち上がった。




窓には遮光カーテンが吊るされているから今の正確な時間は不明だが、天井のライトに常夜灯が灯っている事から夕刻にはなっているのだろうと思った。

大学のカフェテリアに居たのが十三時を回っていた筈だが、講義どうしたんだろう。どうやって私は帰って来たのだろう。


窓の向こうで電車の音が聞こえる。



此処は、千秋と私の暮らす2DKのマンションだ。大学入学を機に、私達は住み慣れた団地を出て二人暮らしを始めた。

幾ら幼馴染とは言え、性の違う年頃の二人が一緒に生活だなんてと、当然双方の親からは反対された。私の親は、母親は其れは頭ごなしに私を怒鳴った。父親も良い顔はしていなかったものの、彼は何時でも家庭の事は傍観者を決め込んでいるのだ。私の両親は、戸籍上での繋がりでしかない冷えた関係だった。


私の母を説得したのは、千秋だった。

千秋のご両親とて快諾だったとは言い難いこの問題を、彼は自分の意見を持って彼等に「解った」と言わせた。

千秋の言い分は、確かこうだった。


私達が進む大学が、団地から通うと二時間近くかかる事で身体的負担が多い事。千秋はどうしても勤めたい先が東京にある事から、生活の基盤も今から東京に移したいとも言った。

家事全般を出来るつもりであるが、慣れない一人暮らしでは不安も有る。だったら、誰かに其れを共有して貰えれば助かる。その相手に白羽の矢が立ったのが、勿論私だ。

私はコミュ障な上に、料理も掃除も得意ではない。問題児と言えば問題児な訳で、そんな人間と住めば千秋の負担過多になる事が予想された。

彼はその事については、こう言った。


『確かに、遥にはそう言う所があるけど、俺は其れを補う自信が有るんだ』


料理も掃除も、俺がちゃんと教える。大学だって学部が同じだからある程度のフォローは出来ると思う。おばさんだって、遥がこのままじゃ駄目だと思ったから、俺と同じ大学なら進学しても良いって言った訳でしょ? だったら答えは一つじゃない。俺と遥が馴れ合いになるのは拙いけど、其処は俺ちゃんとしますよ。

ねぇ父さん、母さん、今更俺と遥がどうにかなると思ってる? 俺達兄妹みたいに育ってきたんだし、何より俺は遥を大事に思ってるからね、遥を悲しませるような事は絶対にしない。俺だって遥だけに縛られるつもりもないよ。

何処の馬の骨とも判らない様な人とシェアの生活なんて考えられないし、俺としては遥と二人で同居する事の方が理に適ってる気がするんだ。家賃も双方の家族に折半して貰う事でどうかな。

あぁ遥とも話してたんだけど、光熱費とかは俺と遥でバイトでもして払おうかとか、そんな事も考えてる。




千秋は、そんな事を言って私達の親の説得に当たった。

あの時、私は母親の隣に小さく縮こまりながら、千秋の話を聞いていた。光熱費? バイト?


そんな話、遥とした事が有っただろうか。






「遥」

「ん」


千秋とお揃いの大きめのマグカップからは湯気が上り、甘い匂いが漂っている。千秋が淹れるミルクティは本当に美味しい。


「…ありがと」

「いいえ」


千秋が又にっこりと笑った。正ににっこりと言うに相応しい微笑みだ。


何で千秋のような素晴らしい人間が、私のような人間の傍に居てくれるのか時々疑問に思う。時々と言うのも、私が辛抱強く物事を考えていられない性質だからだ。千秋は芸能人と言っても過言では無いくらい恰好良い。加え性格も良い。


其れに引き換え、私は暗い人間だ。

先ず容姿が野暮ったい。メイクもお洒落も良く解らない。好きな色や好きなタイプの服装は有るけれど、至って凡庸。量産型のカットソー、動きやすいデニム、歩きやすいスニーカー。髪だって一度も染めた事のない真っ黒な髪だ。小学生の頃、ロングヘアーに憧れてずっと伸ばしていたが、ホラーで有名な『貞子』と陰で言われてるのを知って、ある日ばっさりと切ってしまった。今は顎のラインで切り揃えている。

性格は、陰鬱と言って良い。読書が趣味ですと胸を張って言えるほどの読書家でもない。満足に出来る事なんて何一つ無いに等しい。



「遥?」


私はこくりとミルクティを飲み込んでから視線を上げて、マットレスの端に座る千秋を見た。


「カーテンから覗く一筋の光、彼から与えられる血肉、悦び、愛」


千秋の言葉に私は瞬きを一つした。其れは数時間前、私が千秋に伝えた言葉そのものだった。







「遥は其れをもう、手に入れてる筈だよ」
















  

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