第四夜
家は火を噴き、中からは人々の悲鳴が木霊していた。
人々の悲鳴は、鬼が耳を塞いでも、頭の奥底で響いていた。
崩れていく民家、薄れていく声、消えていく命の灯火。
鬼は、自分が守りたかったものを、
何一つとして、誰一人として守ることが出来なかった。
地獄人として恐れられていた鬼が、
己の目前で仲間が行っている所業から、目を離すことが出来ずに居た。
その姿は地獄人としての面影は無く、さながら地獄を彷徨う黄泉人のようであった。
「あ・・・あぁ、私は何も守れなんだ・・・・・・」
鬼は亡者のごとく、家々を彷徨い歩いた。
そして、「仲間だったもの」を見つけては襲い掛かった。
「貴様、盲目にでもなったのか!!
主が襲うのは私らでは無く、里の者であろう!!」
仲間だった鬼が言う。
だが鬼は耳に入っていないかのように、呟いた。
「何故、何故共に生きようとせぬ?
何故里の民を殺める必要があるのだ?」
それはまるで、懇願にも似た呟きであった。
だが、鬼は冷たくあしらわれる。
「では聞くが、何故共に生きようとする?
元来より、人間は鬼を恐れ、忌み、嫌って来たではないか。
何を今更共に生きねばならんのだ?
それに、強き者が弱き者を制す。それが道理であろう」
鬼には返す言葉が無かった。
仲間だった鬼が言うことは正しく、それは鬼も十分すぎるくらいに理解していたから。
そして何よりも、鬼が、鬼自身がそうして生きて来たのだから。
「っでも、でも私は生きたかった!!
冷たい夜の闇の下では無く、暖かい日の下で・・・
民と笑いあいたかったのだ・・・・・・」
「何を夢見ているのだ?
私も主も闇の住人。日の下などで生きてはならんのだ」
鬼は最後まで言葉を聞くことなく、ゆらゆらと歩き出した。
そしてまた、一軒一軒と残りの家を廻りだした。
しかし殆どの家は、人はおろか建物すら跡形も無く潰されていた。
里は、ただの瓦礫の山でしかなかった。
「私は・・・何も出来なんだ・・・・・・
民に求めるばかりで、私は何もしてやれなんだ」
鬼は魂を抜かれたような瞳で彷徨い歩く。
「・・・だ、誰か・・・・・・助け、て・・・くれ」
鬼の耳に入った、擦れた声は近くの瓦礫の中から聞こえていた。
鬼が急いで瓦礫をどけると、中からボロボロになった人と呼べるかも分からないものが出てきた。
その姿は、鬼によるものなのか上に被っていた瓦礫によるものかは分からないが、
足は無残に引きちぎられ、腕は有らぬ方向に向いていた。
気力でしか生きていないような、塊としか形容出来なくなってしまったもの。
もう長くは無い、儚き命。
その塊が、零れるような小さな声で呟いた。
「ああ、心優しき鬼よ・・・浅ましきわしらを、許しては、くれ、ぬか・・・
お前は、悪しき者では、無かった・・・・・・
それを、わしらは、悪と言い、さけずみ続けた・・・どうか、
どうか、許してくれ・・・・・・」
「あぁ、私は何も恨んではおらん!!
主らが鬼を否むのは必然のこと
何も謝ることなど無いのだ、いや、謝るのは里を壊してしまった私らの方なのだ」
鬼は、消えていく命に向かって叫んだ。
この世から離さぬように、長く命を留めていられるように。
しかし、鬼の願いは虚しくその小さな命は、灯火を静かに消した。
「また、また私は守れなんだ・・・・・・
私よりも小さく、脆い命を、こんなにも容易く壊してしもうた」
鬼は元は人間だった塊を胸に抱き、虚空に向かって叫んだ。
「何故こんなにも私は無力なのか!!
ただ、共に生きたかっただけなのに!!
・・・・・・守りたかった・・・里を、民を・・・・・・」
鬼の悲痛な叫びは、虚空に響き続けた。