第三夜
昔々、山にはまだ沢山の鬼が住んでいた頃
鬼達は夜になっては人里に下り、人を襲い家を荒らしていた。
そんな鬼に人々は恐怖し、また忌み嫌っていた。
しかし、その鬼の中に1人里の暮らしに焦がれる者がいた。
その鬼はいつも賑やかに笑い、生きる人を見、羨ましく思っていた。
やがて鬼は、私も同じように笑い、暖かい日の下で生きてみたいと思い始めた。
夜の冷たい空気ではなく、昼の優しい空気のに触れてみたいと。
そんな折、一匹の鬼がまだ昼間だというのに山から下りてきた。
人々は昼間から現れた鬼を見るや否や、我先にと家の中へ逃げ帰って行った。
鬼は言う
「私はけっして主らを喰うことは無い」と。
だが、人々は鬼の言葉を信じなかった。
「鬼はきっと嘘をついているに違いない、
わしらが安心して外に出た途端に頭から食われるに決まっている」
「そのようなことはせぬ!!
どうか信じてはくれまいか?私は、頼みがあって此処に参ったのだ・・・
どうか、どうか私は里に下りたいのだ、主らと共に生きてみたいのだ」と
鬼の突然の言葉を人々は誰も信じなかった。
信じる訳がなかった。
元来より、鬼は人を襲う者だと思われていたから。
「人を襲い食う鬼が何を言う!!
お前らは、わしらの里を襲い、壊して来たではないか!!
そんなお前らに、人の心など解るものか!!」
鬼は、どんなに罵倒されても怒らず声を張り上げて頼み続けた。
しかし民が鬼の言葉に耳を傾けることは一切無かった。
それでも鬼は、いつか分かり合える日が来ることを信じて、
諦めずに毎日里に下りては民に許しを乞うた。
だが、鬼がどんなに叫び頭を垂れても、民は顔すら見せることは無かった。
いつからか、鬼は醜い己の姿を憎み始めた。
里に下りられないのは、この醜い顔のせいだと。
民が恐れるのは、私の頭に角が生えているからだと。
鬼は己の全てを否み始めた。
鬼が自らの姿を省みている、そんな折
仲間の鬼達が里を襲う計画を立てているのを耳にした。
(大変だ、里の皆に伝えなければ・・・里が、皆が壊されてしまう・・・
だが、信じてもらえるだろうか?
里を襲う者と同じ身なりをした、醜き者の言うことを・・・)
鬼は幾重にも重なる不安に縛られていた。
己の姿、仲間の計画、守りたいもの、守りたい人達。
優先すべきことは分かっていた。
しかし、体が言うことを利かない。
それは、まだ鬼である自分が仲間である鬼達を裏切ることに躊躇いがあるからだった。
そして、鬼が仲間よりも里の民を選んだ頃には、日はだいぶ傾いていた。
「里の民らよ、早う逃げろ!!
今宵、この里を鬼が襲いに来るぞ!!」
鬼は叫ぶ。
里の皆に届くように、地が轟くぐらいに。
しかし、民は信じてなどくれなかった。
「お前は一体何を言っているんだ?
どうせお前のことだ、わしらを追い出してゆっくりと食い物や品を盗んで行くつもりなのだろう!!」
「違う!!そのようなことはせぬ!!
なぁ、一度でええ・・・後生じゃ、信じてくれぬか・・・・・・?」
「わしらは鬼の言うことなんぞ、絶対に信用せん!!
早う、この里から出て行け!!」
鬼は、一軒一軒巡っては何度も何度も頭を下げた。
「早く逃げろ、喰われてしまうぞ」と。
しかし鬼の願い虚しく、民は誰一人として逃げようとはしなかった。
そして、鬼が必死になって守ろうとしていた里は、
壊された。
それはまるで、積み木崩しのように、いとも簡単に崩れていった。