第弐話
実に不思議な気分だ。
正直、このような気持ちに見舞われたのは、ほんとに久しぶりだった。
果たしていつ以来だったのか、それが本当にあったのかどうか…。
あぁ、聞こえる。遠い日の残響が――――――
―――
「―――っ!」
突然目が覚めた。何の脈絡もなく、何の予兆もなくパッチリと目が覚めた。
気持ちの良すぎる目覚めに、むしろ気味の悪さを憶えるくらい。普段はこんなに寝起きは良くないのになぁ…などと考えながら立ち上がる。
が、そこで友里恵は信じられないものを見た。
「………ここどこ?」
そこに広がるのは辺り一面の、緑。先ほどまで地下で儀式をしていたにも拘らず、今は晴天の下で居眠りをしていた。
さてどうしたものだろう。落ち着いて深呼吸をし、ゆっくり今までのことを思い出す。
(え~と、今日は確か授業終わってすぐ、家の書斎で見つけた“本”に載ってた実験をすべく学校から帰ってきてそれで……)
あっ、と手のひらを拳で叩き閃いた。
そう。その後実験を開始し、失敗と思いきや不思議な空間に送り込まれ、黒い鎧の人物と―――。
「あ~。そうかあの人と…」
言いながら視線を正面に向ける。そこには出会った当初と同じように方膝を抱えている状態で黒い鎧が座っていた。
「………」
【………】
「……わぁっ」
数秒送れて驚いた声を出す友里恵。なんというか、あまりに力が抜ける声で、お互いに沈黙が流れる。
そんな折、最初に状況を打破したのは意外にも鎧の人物であった。
【気分はどうだ、主よ】
予期せぬ事態に、思わず体がビクッとはねた。
その反応に思わず鎧もビクッとなり、再度沈黙が流れる。が、今度は短く友里恵が切り出した。
「えっと、心配しなくても大丈夫です。私、ぴんぴんしてますよ」
【そうか。それならいい】
「あの、ここ何処ですか?私森に住んでた気はしないんですけど…」
【ここは、アルディッシュ国の南の森。主の世界から見たらここは“異世界”だ】
「異世界!?嘘マジで!!!」
余りの驚きに、思わず後ろにひっくり返ってしまった。だがあくまで冷静に鎧は今までのことを注げた。
彼女が書いた円陣は、目的は分らないがこの世界への“扉”だとか。
だが彼女の書いた円陣はまだ未完成で、触媒も不十分であった。が、何らかの拍子に扉が中途半端に開いた。
正確には、中途半端に開きそうな扉を鎧がこじ開け、元から鎧がいた“あの”次元へと連れ込まれたのだ(あの空間は一般的に『次元の狭間』と呼ばれる物らしい)。
その空間で二人は主従関係を結んだのだ。
「……え?なんで引きずり込まれたんですか?」
【あの魔法陣は“不安定”だった。ヘタに放置すれば良いモノを呼ばない。ならば私が無理やりアレを機能させてやれば、その心配はなくなる】
「あ~なるほど~」
つまり、この鎧が友里恵を次元の狭間に連れ込まなければ、周りにも影響が出ていたかもしれない。そう相手は言った。
「えっと、じゃあなんで私をご主人と言うの?別にこだわる必要は―――」
【アレはお前が『召喚』のために作ったもの。それにお前は“力”を欲した。私も“主”を求めていた。その事実がたまたま一致しただけに過ぎない】
互いの利害が一致した、と言うことだった。
そのことに納得し、笑顔で「ありがとう」と伝えた。
鎧は一言、そうかと言ってそれ以上は語ろうとはしなかった。
が、そこで友里恵はあることに気がついた。それは、これからもとても重要なこと―――。
「えっと~。お名前、なんて呼べば良いですか???」
名前である。
コミュニケーションをとる上で、相手の呼び名とは非常に重要である。だがその名前を、主従関係を結んだ相手から聞いていなかった。これは、お互いにとって非常に由々しき事態である事は確かだ。なんと言っても、仲良くなれないから。
だが、鎧は口(正確には良く分らない)を硬く閉じ、多くを語ろうとしない意思を示した。兜の覗き穴の奥は、未だ謎に包まれている。
しかし、それにめげる友里恵ではない。ここで怒涛の攻撃を開始した。
「お名前、教えてもらえませんか???私の名前は『友里恵』です」
【………】
「おーなーまーえー、教えてくださいー」
【………】
【お名前!教えてください!!!】
【……はぁ】
出会った当初の会話方法までも行使し、遂に鎧が観念した。これは友里恵が鎧との戦いにおいての、事実上最初の勝利である。
しかしこれから先、次第に勝利の規模が大きくなるのは、誰も予想していないだろう。
【私には、“名前”はない】
「…え?」
【私は“現象”であり“災害”であり、この“世界”その物】
ほぅ、と奇妙な息を吐いた友里恵。はっきり言ってこの鎧、無茶苦茶なことを言っている。世界だなんて…。だが直ぐに腕を組み、うーんと唸り始めた。
奇妙に思いながらも何と無く行方を見守るように兜を擡げる鎧。だが程なく、主がパッとした顔でこっちを向き、指を指してこう叫んだ。
「アース!“ジ・アース”なんてのはどう!?」
【“ジ・アース”…】
「そう。私の世界の言葉で『地球』。地球は、私たちの住んでいる星のこと。つまり、この世界で言う“あなた”その物だと思わない?」
普通に考えればこの鎧、アースの言葉など、信用に値しない世迷言だと切り捨てられるようなもの。だが、友里恵はその言葉を信じ、飲み込んで付けたこの名前の意味は『地球』。彼女の世界の言葉。彼女らにとって“世界”その物を現す言葉は、彼の名前となった。
アースはどう思ったのか。漆黒の鎧の下の表情は分らない。だが、悪い表情はしていないはずだ。そう友里恵は思った。
【ジ・アース、か】
「うん。よろしくね、アース~」
笑顔がふやけ、やわらかい空気が流れる。
彼の名前はジ・アース。彼女の名前は友里恵。
二人のたびは、ここから始まる。
どうも作者です。
投稿第二話、と言うことでタジタジですが、
応援してくれたら有難いです。
がんばります!
山形アリガトーーーーー!!!