第壱話☆
とある日の夕暮れ。
埃っぽい、薄暗くジメジメした石積みの空間に、影が蠢いていた。
窓も無く、換気も最悪の個室に、チョーク片手に影が石の床に模様を刻んでいく。
「ふぅ、これでよし!」
そう息をつくと、影は形を変え縦に伸びた。
その姿は人。髪が長く、控えめに胸の辺りが浮き出ている事から、女性だと思われる。
軽くウェーブがかかった柔らかい髪が額に張りつくのを手で振り払う。その汗の量にも負けない笑みが彼女の口に現れる。
その格好は黒いローブに尖った黒い帽子。典型的な「魔女」の格好だ。
ローブの下には学校指定のブレザーを着込んでおり、その姿はさながら文化祭のコスプレの様であった。
だが彼女の目には『本気』の色が混じっており、はっきり言ってしまえばその格好も『本気』で着ているのだろう。
似合っている赤ぶちのメガネを軽くあげ、少女は円陣のそとに出る。
「さぁ、始めるわよ……!」
そう言って気合を入れると、右手にナイフを取り出し、左手に押し付けた。
「っん…」
指に伝う鋭い痛みに身を震わし、滴る血を眺める。
そして、その指を円陣の中心に向け、傷口から滴る血を数えた。
「1…、2…、」
3。きっかり三滴落し、手を引く。
傷口にたどたどしく絆創膏をはり、ポケットから小さな手帳を取り出した。
手帳を開き、その中にかいてある文を読み上げる。
「えっと…。
『この世界から、この世界へ。広がり集まる無数の扉へ…。我、汝の力を求めるもの。汝、我の呼び声に応えるなら求める物を授けん』って、これでいいのかな?」
短い文章を読み終え、円陣を見つめる。
その目に宿す光は本物なのだろうが、声にはよわよわと不安が混じる。その姿は小動物を思わせ、異性に限らず同性もその姿を見たら、母性が擽られるだろう。
だが、本人は気が付いていない。それにここは、とある地下。誰にも見られていないし、誰も来ない。
そもそも時代は20XX年。一般的に見てもおふざけにしか見えない一連の行動を見て、母性どころか本能的に足が退きそうなものだ。一般的に見たら漫画か小説の読みすぎだろう。だがそんな事露も気にせず、少女はひたすら円陣を凝視する。
無論、そこに変化など無く、それに気づくには大した時間はいらなかった。
「はぁ、ヤッパリだめかぁ」
数時間掛けて書いた魔法陣も、指を切るために調達したナイフも骨折り損であった、と落胆する少女。
自分の指を斬り、血をふき取ったナイフを円陣に放り投げ、ため息を付いた。
彼女の名前は高橋友里恵。
地元公立高校に通う引っ込み思案の高校二年生の女子。身長は低めで、夢は四捨五入で160cmになる事だ。
その女の子の密かな趣味は、『オカルト』である。この一連の行動も、彼女の趣味の一環である。
今回選んだ題材は、『召喚』。
世の中召喚にも色々あるが、有名なのは悪魔召喚などである。
だが彼女が選んだ召喚は、悪魔ではない。というか何を召喚するかとかは特に決めていない。先の呪文も、数時間掛けて書いた円陣も、彼女の創作なのだ。
悪魔召喚には、正確なルールがある。が、そのじれったさが嫌だと言う理由で、それを拒否。ならば自分で作れ、となった。幸い、部活にも委員会にも所属していない彼女だが、暇な時間があった。そうした時間を使い、情報を集め実行に移したのだ。
そしてこの失敗である。失敗を悟り、可愛らしく頬を膨らませ、何故失敗したのかと文句をたれている。
「んー、何がイケなかったのかなぁ?あれかな。貢物とか必要なのかしら。バナナとか」
そのチョイスに理由はないのだろうが、とりあえずやめたほうがいいと友里恵は感じた。
その時、不意に空気が揺れた気がした。ふとそんな事を感じて、何となく回りを見渡した。そして、その異変に気が付いた。
「お、おぉぉおーーー!」
なんと、先ほど睨めっこしていた(自称)魔法陣が瞬いているではないか。
どす黒い色で。
正直近寄りたくない色だが、自分の書いた円陣が光っているという事態に、混乱と興奮と感動で状況が見えない友里恵は、良く分らない声を出していた。
変わらず光続ける円陣に、目を輝かせながらゆっくり手を伸ばしてゆく。だが、その時―――
―――円陣の中央から、漆黒の腕が伸びてきた。
その腕は見透かしたように友里恵の腕を取り、想像を絶するような力で引っ張る。
たまらず引き寄せられる友里恵。あまりに突然の出来事に声も出ぬまま、円陣に引き込まれていった。
残る静寂。部屋には埃っぽさだけが残り、まるで何もないかのように黙りこくっていた。
そして誰も気が付かない。円陣の中にあったナイフはその中に沈み、光を放っていた円陣自体も、音も無く消えた事に。
―――――――――
目が覚めると、そこはまるで夜空の中にいるような光景だった。
夜の深い色の中に、四方八方に大小様々の無数の光が瞬いていた。
思わず息を呑む光景に、友里恵はある一点を見つめていた。
目の前にに、片膝を抱える様に座る『漆黒の鎧』だ。
形は大よそ、中世の騎士を思わせるようなフルプレート。頭の上からつま先まで覆う漆黒の鎧。兜には幾つかの縦の覗き穴が入っているが、その奥は一切の闇。
星空の空間に、異質な空気を漂わせている。その佇まいは、異様な気配を発していた。
先ほど伸びてきた腕は恐らくこの鎧だ。そう思い、友里恵はただ見つめる。別に話しかけたくないわけではない。ただ、出方を黙って見ていた。
長いか短いか分らない時間。神秘の空間は静寂で一杯になっていた。
友里恵の動向を察したのか、鎧はかすかに音を立て頭を動かした。
【我が求める物を、貰いたい】
ビクッと友里恵が振るえた。大きく目を見開き、何が起きているのか理解できないようすだった。
頭の中に、声が流れてきたのだ。
だが、声は引き続き聞こえ、混乱する友里恵に追い討ちを掛ける。
【我が求めし物を頂きたい。貴女は、授けるといった】
ようやく事態を把握した。常人には到底理解できないだろうが、頭の回転に自信のある彼女はすぐに現状に思い当った。
彼(正体は分らないが、声に深みがあるため男だと思われる)は、『私の呼び声に応えてくれた』のだ。
ならばその事を伝えねばと、彼女は口を開いたが、そこでまた異常に気が付いた。
(…声が、出ない―――!)
何度も出そうと声を出すが、声はおろか息の掠れる音すら聞こえない。更に混乱する中、お構い無しに声が流れ込む。
【我が求めるもの。それがあれば、我は貴女にこの身を委ねよう】
非常に有難い言葉だが、どうして良いかわからず頭の中をぐるぐる回していた。
(こ、こう言う場合、たしか念話だっけ?頭の中で会話するんだから、頭で考えれば良いの???想像すれば繋がるかしら???)
混乱の中、駄目もとで心で言葉をイメージした。【あなたが求めるものを、言って下さい】と
すると予想外にも通じたのか、相手の鎧は微かに振るえた。
そして、再び頭に言葉が聞こえた。
【我が求めるもの…。それは、『忠』】
【『忠』?】
【我が求めし物は、『忠を尽くすに値する主』。貴女は、それに値するか?】
その問いかけに、会話が通じた事にもそうだが、友里恵は思わず唖然とした。
忠を尽くせるかどうか。私自身に問いかけているのかと。
そんな物分らない。私は、偉い夢や素晴らしい人望も無い。頼られる事はあるが、それは相手の利益のためだけだった。
友里恵は自問自答した。果して、自身は忠を値する人物なのかと。
そんな時、再び頭に声が降り注いだ。
【貴女は、我の求める主ではないのか…】
本当に、心の底から無念そうに呟いた一言が、酷く胸に突き刺さった。うなだれる鎧の頭が、切ないほどに悲しかった。
だからなのか、友里恵は控えめに、応えた。
【確かに、私は貴女に相応しくないかも知れない】
別に誰かが言った訳でもない。自分でも曖昧だ。だが、浮かんだ言葉をありのままに紡いだ。
【でも、いつか必ずなってみせる。だから、私に力を貸して…】
本当に自信がない言葉ではあるが、その分目で訴える。相手は兜付きの甲冑。こっちの表情が読めるかどうか分らないが。
その様子を、まるで相手を見定めるように顔を向け覗う鎧。その姿に臆する事無く、正面から向き合う。
座っていた状態だった友里恵はゆっくり立ち上がり、鎧に向き直り見据える。対する鎧もその体を動かした。
その体は予想以上に細い。が、背は非常に高い。190ぐらいだろうか。思わず首を真上に見上げてしまう。
だがその時間も短く、鎧はすぐに身を沈め、友里恵の前に跪き、手にしている無骨な剣を捧げ、
【ならそれまでの間、我は貴女をお守りしましょう】
中々話しが分るではないか。内心嬉しくなり、剣に手を取った。ただちょっと重くてゆらゆらと刀身がゆれる。
(えっと確か…)
うろ覚えに、剣の腹を鎧の肩に当てる。
【よろしくお願いします】
よく分らないのでとりあえずお願いだけしてみた。
【―――御意】
幸い、これに応えてくれた。
―――だがそこで、友里恵は意識を失った。
どうも。チーズケーキです。
今回は、本作を見ていただき、ありがとうございます。
あまり慣れていないので、雑な部分もあると思います。そんなときは、感想欄などでいってもらえると、嬉しいです。
あと、キャラクターの出演の希望などがございましたら検討します。
本日はありがとうございました。