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告白  作者: 木下 葉子
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2.橘 早苗の場合


 断らないなんて、思ってもいなかったの。

 




















 朝、いつも通りに学校に来た。


 いつも通りに自分の下駄箱を開け、いつも通りに上履きの上に重なった手紙を確認する。

 今朝は3通。いつもより少ない。


 都合のいいことに今まわりには誰もいない。


 教室に行ってから手紙の中身を確認して、周囲から好奇の目を向けられるのにはそろそろ疲れたし、たまにはその場で開けてもいいだろう、と思った。

 最初のころは休み時間にこっそり見たり、放課後に誰も見ていないことを確認してから開けていた。

 しかしなにぶん数が多すぎて、人がいないときに処理をしていたのでは終わらないことがよくあったし、放課後にゆっくり処理していたら、「今日の昼休みに〇〇で待ってます」なんてのも結構あったため、最近ではもう開き直って教室で堂々と見ていたのだ。


 

 一通は、可愛らしい動物がプリントされた便せん。女子の好みそうなデザインを選び、実際に使っているこの微妙な気遣いが妙に私をイライラさせた。

 一通は、ルーズリーフをただ四つ折りにしたもの。筆圧が強いせいで、開く前からすでに中身がみえてしまっている。この気遣いがなさすぎるものはもっとイライラする。


 もうこのイライラに免じて読まなくてもいいか、とも思ったが、後々面倒なことになるのはいやだったので我慢して目を通した。

 よかった。急を要する系じゃない。



 最後の一通は、無地のシンプルな白い便せん。唯一私好みのものだった。

 自分ながら慣れたものだ、なんて思いながらカサカサと手紙を開く。



 一文字目が目に入った瞬間、心臓が止まるかと思った。

 

 忘れもしない、この文字、筆圧、文章構成のクセ。

 十年以上も前から、私の心をつかんで離さない人のもの。























 手紙のとおり、彼は教室に残っていた。


 彼と私は同じクラス。小1の時からずっと。

 高校までも同じ、というのは驚かれるかもしれないが、私たちの通っているのは結構なお金持ちしか入学を許可されない由緒ある名門校。しかも幼稚舎から大学まであるもんだから周りは見知った顔ばかり。

 だからといって、結構クラス数もあるしずっと同じになるのは確かに珍しいものだったが、別に特別運命を感じるほどではない。



 教室に人が一切いなくなり、30分ほどたったころだろうか。

 彼はいきなり立ち上がり、私の席までやってきた。


 彼が私の近くにいる。それだけで顔のゆるみが止まらない。

 でも駄目。ここでにやけちゃったら、長年の計画が台無し。



 地味だけどそこそこ整った顔立ちの中に、強い決意のようなものが感じられた。


 今まで見たことのない彼の迫力に負け、私もゆっくりと立ち上がる。

 目線が近くなったせいか、先ほどまでの迫力はどこへやら、うつむいてしまった。

 

 そして、なぜか悲しそうに口を開く。


 「貴女が好きです。僕の傍にいてくれませんか?」


 

 それは、ずっとずっと欲しかった言葉。

 彼以外の雑魚からなんて数え切れないくらい言われたけれど、いま目の前にいるこの人から確かに言われたかった。 

 

 

 でも返事は決まっていた。

 私が彼の気持ちに気づいた時から。


 「私は嫌い」


 必死に気丈さを取り繕っていた彼の顔が一気にゆがむ。

 ああ、そんな表情ですら愛おしい。



 でもお願い。私のことを嫌いになって。


 「……ああ、やっぱり」 私は続ける。


 その声に反応し、彼が顔をあげる。

 私の一挙一動に彼がいちいち反応する姿が嬉しい。

 

 でもこんな姿を見るのも最後。 

 そう思うと同時にすごく寂しい。


 

 そして私は口にするのだ。

 この人を傷つけるための言葉を。


 

 「私、あなたの傷ついた顔が好きよ。

 すごくすごくきれいだと思うわ。


 ねえ、私のこともっともっと好きになって?

 世界で一番好きなひとに傷つけられたら、あなた、どんな顔をみせてくれるのかしら。

 

 私、あなたが大嫌いよ」

  


 彼は何を言われたのかわからない、という顔でこちらを見ている。

 こんなアホづらですら愛おしく思ってしまうのだから、私もたいがい重傷だ。



 でもこれでわかったでしょ? 

 私は変態なの。


 あなたの傷ついた顔がただ好きなの。

 他の人間なんかに見せたくないの。

 他の人間なんか見てほしくないの。


 束縛したくてたまらないの。




 「今の顔もすごくいい。でもまだ足りないわ。

 

 もしあなたが世界中から見放されて誰も信じられなくなって、私しか縋る相手がいなくなったら、私、間違いなくあなたを拒絶する。


 なにもかもに絶望して、涙も声も枯れ果てて、死にたくて仕方がないときの表情がたまらなく見たいから。

 

 想像するだけでぞくぞくするわ。ああ、でも、本物はもっと素晴らしいんでしょうね。


 その顔を見るまでなら、そばにいてあげてもいいけど……。

 どうする? 」




 早く引いて。

 私の言葉に。

 私の存在に。


 早く逃げて。

 私の手の届かないところに。


 あなたみたいな普通の人が、私みたいな変態に捕まる必要なんてないの。

 幸せになってよ。私のいないところで。

 


 泣きそうだ。これが彼に向ける最後の言葉だと思ったら。

 でも笑わなくちゃ。こんなひどいことを笑顔で言えるひどい女だと思われなくちゃいけないから。


 私はこれまでに人に見せたことのないような、とびっきりの笑顔を披露した。

 それとは対照的に、目の前で肩をぷるぷると震わせる人。

 


 どうするのかしら。彼も今にも泣きそうなんだけど。


 まあ彼の性格から考えたら、無言で走り去るってとこかしら。

 一応どんな罵声も浴びる心構えはしてきたつもりだけど。結構、いやかなり苛めた覚えもあるし。

 



 彼はとうとう半泣きになり、顔をいっそうくしゃくしゃに歪ませた。


 そして、なぜかゆっくりとうなずいた。

















 


 こんな狂った女に惚れた狂った男に、私はもう一度恋をした。

 


  


 

 彼がただのドMみたいになってしまいました…。

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