地上は幸福 :約1500文字 :天使
世界を創造した神がひと仕事終えたとばかりに惰眠を貪る一方で、天使たちは今日も大忙しであった。
死後の魂の出迎えから、天国への入国手続きに案内。次々と舞い込む各種問い合わせへの対応。そして何よりも手間がかかるのが地上に生きる人々の幸福度の調整である。
幸福というものは天国から地上へ供給されており、その総量は厳密に定められている。各国の人口や経済状況、社会情勢などを細かく考慮した上で配分し、規定値を超えてはならない。
理由は単純だった。もし地上が幸福で満ちあふれてしまえば、誰も天国をありがたがらなくなるからである。
そのため天使たちは、時折幸福に恵まれすぎた者へ不幸を与えて地上全体の均衡を保っていた。
たとえば、大金を稼ぐプロスポーツ選手には金にがめつい親族をあてがったり、ありふれた詐欺に引っかからせたりする。大統領は暗殺、あるいは任期終了後に逮捕されるよう仕向ける。上流家庭の娘には不良青年との恋愛を用意し、芸能タレントには週刊誌記者を張りつかせる。調子に乗ったインフルエンサーは脱税で摘発され、富豪には癌を患わせて怪しげな自然療法にのめり込ませるか、子供をどうしようもない馬鹿に生まれさせたりする。
このようにして地上へ流す幸福の総量を調整しているのである。
この仕事は天使たちの間で花形部署とされており、不幸をもたらす際の天使たちの表情は時としてどこか楽しげに見えることがあるが、これは決して意地悪をしているわけではないのである。
「うーん?」
ある日の天国。とある国を担当する天使たちはモニターに映し出された地上のデータを眺めながら、揃って眉根を寄せ、首を傾げていた。
地上へ供給する予定の幸福量が余っている。にもかかわらず、担当の国の人々の幸福度は依然として高いままなのだ。
「おい、十九号。こりゃあまずいぜ」
「そうだな二十二号。どこかで計算を間違えたのかもしれん」
「だがよ、こっちは真面目にやってきたぜ。連中がまたカスみたいな宗教にハマっちまっただけなんじゃないか?」
「そんな様子はないんだがなあ。で、どうする。他の国に回すか?」
「この前、回したばかりだろう。これ以上やったらバランスが崩れちまうよ」
「だよなあ。うーん……特に変わった様子はないのにどうなっちまったんだ」
二十二号はモニターの前で腕を組み、表示された統計データを睨みながら低く唸った。
「失業率はどうだ?」
「高いままだ」
「物価は?」
「これも高いままだ」
「所得は?」
「伸びてねえよ」
「結婚率は?」
「下がってる」
「出生率は」
「言わずもがなだ」
「犯罪率は?」
「順調に上昇中」
「政治家は?」
「相変わらずだ」
「じゃあ、なんで幸福なんだよ。こいつらマゾがイきすぎて頭ぶっ飛んじまったのか?」
「それがわからねえって言ってんだよ」
「どうなってんだよ。貧乏人がこれだけ増えているってのによ」
「ああ。だが、たいていのやつは恋人がいるんだよな。恋人の存在ってのは最大級の幸福だろう?」
「ああ、確かにな。見ろよほら。みんな画面通話してらあ。ニヤニヤしやがって、気持ち悪いくらいだぜ」
「本当だな。うーん……」
頭を悩ませる天使たち。一方で、地上の人々はスマートフォンを片手に、AIが生成した疑似彼氏・彼女との会話に夢中になっていた。
テクノロジーの進歩は天使たちの目をも欺くのであった。




