どうぶつの森
一話完結のショートショートです。
メンタルに余裕がある時にのみ、読み進めて下さい。
生前の母は、引っ込み思案で口下手な人だった。
お世辞にも社交性が高いとはいえず、我慢して、ストレスをため込んでしまう人。
そんな母の気晴らしになればと、当時高校生だった僕が勧めたのが3DS版の「どうぶつの森」だった。最初はゲームなんて、と気乗りしない様子の母だったが、やがて僕が医大に進学して上京・下宿するようになると、どうぶつの森のオンライン機能は「家族電話」のような役割も果たしてくれるようになる。
週末になるとゲーム内で母が僕の村へと訪れるようになり、一緒に遊びながらも近況報告をしたり。僕が手元から離れた母の寂しさと、親元を離れた僕の心細さが、良くも悪くもマッチしてしまったのだろう。キャラクターのエモーションを使いこなして感情表現をする母に、ちゃんとコミュニケーション取れてるじゃん、と内心で笑ったりもしたものだ。
しかし僕が一人暮らしに慣れるにつれて、そしてゲームに飽きるにつれて、少しずつゲーム内で会う回数は減っていく。それについて母からの言及も特になかった。急速に普及したスマホでときどき連絡を取ってはいたものの、電話口での母はやっぱり口下手で。いつも何か言いたげだったような気もする。
それからおよそ10年が過ぎ、僕はそのまま上京先で就職した。実家に帰るのは年に1回程度、たまに見る両親が少しずつ老け込んでいくのに、どこかもの悲しさを感じたことを覚えている。もう大人になっているという変なプライドが邪魔をしてか、それを口にすることはできなかったが。
そんな母が先日急逝した。急性くも膜下出血だったらしく、昨晩まではごく普通だったのに翌朝には冷たくなっていたとは、父親の言だ。僕はすぐに職場に忌引きを申請し、実家へと戻った。
滞りなく通夜と葬儀を終え、それなり以上の悲しみを嚙みしめながらも、息子としてそつなく母を見送れたと思っていた。もう心配してもらわなくても大丈夫だよと、母の遺影に向かって手を合わせる。憔悴した様子の父を気遣いながら会話する中で、母が10年経った今でも「どうぶつの森」を遊び続けていたと聞いた。
形見分けとして、生前の母が愛用し続けていた年季の入った3DSを受け取る。ちょっと不格好に傾いて貼られた保護フィルムに、母の面影を感じて苦笑いが漏れる。
起動して村のデータを確認してみると、そこには綺麗に作りこまれた花壇や並木道、母のアバターへの好感度がMAXになっている村人たちの姿があった。ロッカーに詰め込まれた、母が自作したらしきドット絵のアイテムの数々に笑みがこぼれる。そして、下書きボックスに詰められた未送信のメッセージ一覧。
一つ一つを確認していくと、ふと目に留まるものがある。
それは毎年の僕の誕生日に合わせて書かれたものだった。
「23才おめでとう、アルバイトと勉強の両立で忙しそうですね。無理をしていないか気がかりですが、便りが無いは元気な証拠。でも、たまには電話してね」
「24才おめでとう、ついに新社会人ですね。お仕事を始めると、理不尽な事があったりして身心ともに大変だろうと思います。心が折れそうになったら、いつでも頼って下さいね。母は貴方をいつも応援しています」
「25才おめでとう。もうお仕事には少し慣れた頃でしょうか。今年はお正月も帰ってこれないほど忙しかったようで、少し心配しています。誰かを救うために医師として働くあなたは母の誇りですが、同時に貴方の方が倒れてしまわないかと少し不安です。たまには顔を見せて下さいね」
26才、27才とメッセージは続いていたが、そこから先は画面が滲んでしまい読めなかった。
母は引っ込み思案で、口下手な人だった。患者に寄り添うための知識と術を学び、外来に訪れる多くの人たちの言葉に耳を傾けていた僕は、一番近しい人の声を拾おうとしていなかったのではないか。
画面の中の母は、何も答えてはくれない。
学生時代に見た姿のまま、ただこちらに向けて笑いかけてくるばかりだった。
(この物語はフィクションです、実在の人物・団体とは一切関係ありません)




