ドパガキという言葉を知りました
私の耳に、ドパガギなる言葉が入ってきたのです。
私は、ほう、と思いまして。
調べてみることにしました。
正式には、ドーパミン中毒のガキ、と言うらしいです。
言葉に含まれている感覚としては、馬鹿にしている感じなのでしょうか。
ここで私は疑問に思いました。
それがどうしたんだろ?
また、こうも思いました。
なんでそうなっているのかを理解して、言葉を使っているのかな?と。
まずもちろんですが、この言葉を使うなら、自分がドーパミンの奴隷でないと思っていなくてはいけません。
自らを対象にするなら別ですが。
しかし、こんな言葉を知っていて使っている時点で、人を傷つけることに対してあまり考えていないことが透けて見えます。
他人を馬鹿にするということは、多くのドーパミンが出ますから、その点で、この言葉を使うこと自体が矛盾を生んでいるようなものなのです。
次に、なぜそうなっているのか理解してるの?
と言う点。
今の社会には、多くのコンテンツが溢れています。
素晴らしいことですね。自分に合うものがきっとあるというのは、素晴らしいことです。
さらに、娯楽も進化してきています。
より、人が楽しめるように。
このような状況では、子どもというのは、そちらに流れていきます。
当然です。
子どもと言うのはそういうものです。
だからこそかわいくて、道を間違えないように大人が見てあげるんです。
さて。
ドーパミン中毒のガキ。
こうなってしまうのに、子どもが悪いところなんて一つもありません。
正直、ビックリしてしまいました。
この言葉の意味を知ったとき、インターネットとは、ここまでになってしまったんだなと、本当に悲しくなったことを覚えています。
そもそも悪いことなの?という話は、ここに繋がっているわけですね。
冷たい。あまりにも冷たいです。
誰でも情報を得られる、だから、知らないことはただの怠慢である、という考えが蔓延してしまった結果なのでしょうか。
そもそも、それを教えなければ意味がないというのに。
ここからは、脱線です。
私は個人的に、多様性がなくなって来ている気がするんです。
他人を納得させられないようなものは存在してはいけないというのが、顕著に出てきてしまっていると思うんです。
容易に、正解っぽいものが見れるようになったおかげで。
誰でも、"意見"を発信できるようになったおかげで。
多様性というのは、こんなに息苦しかったでしょうか。
わかりません。
私もまだまだガキですから。
ここまで読んでくださった方に、お願いしたいことが一つあります。
本当の自分らしさを、忘れないでください。
あなたはそのままでも素晴らしいです。
私もまだまだ知らないことだらけです。
一緒に考えて生きましょう。




