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【TODAY】

掲載日:2026/04/19



アラームが鳴る前に、目が覚めた。

画面を見る。まだ五分ある。

その五分が、もう遅い気がした。


通知が積み上がっている。

未読、

未返信、

未処理。


指でなぞる。

どれも、どこか“今”じゃない。


——今日、連絡しなきゃ。

理由はわからない。

ただ、その焦りだけが、胸の奥で脈を打っている。

スクロールして、止まる。


「悠真」

発信。

コール音。

三回。四回。

出ない。

切って、もう一度。

出ない。


こんな人じゃなかった、と思う。

メッセージを打つ。

“今日、話したい。急ぎじゃないけど”

送信。

既読は、つかない。


―――

沖縄の朝は遅い。

光で目が覚める。

時計はもう昼に近い。

体を起こしながら、少し考える。

東京にいた頃は、時間に追われていた。

今は、時間のほうが余っている。

携帯を見る。

着信とメッセージ。

「……今日?」

小さく呟く。

その言葉が、少しだけ引っかかる。

それが昨日のことだったのか、さっきのことだったのか、区別がつかない。


“今日”って、どの今日だろう。

しばらく考えて、やめる。

あとでいいかと思う。

海に行こう。


―――

老人ホームの廊下は、静かだった。

母は窓の外を見ている。

「お母さん」

声をかける。

母は振り向いて、目を細める。

「あんた……」

少し考えて、言う。

「さっき学校行ったばっかりじゃない」

息が止まる。

「行ってないよ」

「うそ。見たもの」

迷いのない声だった。


―――

午後、ようやく既読がつく。

電話が鳴る。

「もしもし」

少し遠い声。

「なんで出てくれなかったの」

思ったより強くなる。

沈黙。

「ごめん。今、起きた」

軽い。

言葉を飲み込む。

「今日、話したいって」

「うん」

「今日って、いつ?」

心拍が、跳ねる。

「……今日でしょ」

「だから、どの“今日”?」

笑っている。

でも、噛み合っていない。


―――

帰り道。

スマートフォンを握る手が、汗ばむ。

“今日じゃないといけない”

理由が、喉の奥に引っかかっている。

信号が赤に変わる。

立ち止まる。

画面を見る。

メッセージ。


“ごめん、最近ちゃんと話せてなかったな”


その一文で、呼吸が止まる。

この文字を、

このメッセージを、

何度も読んだ気がする。

母の声がよみがえる。

「気をつけてね、今日」

男の声が重なる。

「どの“今日”?」

信号が青に変わる。

一歩、踏み出す。


その瞬間、

世界が、つながる。

ブレーキ音。

遅れてくる衝撃。

手の中のスマートフォンが、すべる。

指先から離れて、回転する。

視界が傾く。

地面が、遠い。

空気が押し出される。



——ああ、

やっと思い出した。

“今日”は、これだ。


―――

沖縄の海で、男は波を見ている。

遠くで音がした気がしたが、振り返らない。

彼の中で、その出来事は、もう過去になっている。


―――

老人ホームで、母は窓の外を見ている。

何度も同じ言葉を繰り返す。

「気をつけてね、今日」

その“今日”が、いつなのかもわからないまま。



―――

女は、また歩いている。

青信号の上を。

踏み出した一歩の、その先に。

何度も、何度も。

朝、目が覚めた瞬間から、今日が始まっていない気がした。



彼女の“今日”は、

始まる前に終わっている。





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