帰魂譚【最後に行きたかったライブ】
掲載日:2026/02/04
ライブハウスの前には、長い列ができていた。
制服の男は、壁にもたれている。
「……何で俺が」
隣で、若い女がきらきらした目で入口を見ている。
もちろん、生きていない。
「最後に行きたかったんだもん」
笑う。
「推しのライブ」
制服の男はため息をつく。
「死んでまで行くもんかよ」
⸻
ライブが終わる。
観客が満足そうに出てくる中、女は静かだった。
「……あれ?」
制服の男が歩き出す。
「もういいのか」
「うん」
少し考えてから言う。
「ライブ、楽しかったけど」
沈黙。
「本当は」
言葉を探す。
「彼氏と来る約束してたんだよね」
足を止める。
「喧嘩してさ」
「結局、一人で来る途中で事故って」
苦笑いする。
「推しより」
「あいつと来たかったのかも」
制服の男は何も言わない。
⸻
帰り道。
夜風が吹く。
女の姿が、少しずつ薄れていく。
「……でもさ」
笑う。
「デートできたみたいで楽しかった」
制服の男を見る。
「ありがとう」
姿が消える。
男はポケットに手を入れる。
「……もう喧嘩すんなよ」
誰にともなく呟く。
夜は、静かだった。




