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1話 札幌案内の案件

 雪化粧が施された大きな公園の中央、赤い鉄骨で組み立てられた塔の真下。

 澄んだ空気の中で、一人の若い女性がカメラに向かって手を振っていた。

 真っ黒な髪のショートボブが、ときおり、光の加減で茶色く輝く。


「こんにちは。田中です!

 今日は札幌観光に来ました!

 札幌といえば、ここです!

 大通公園のさっぽろテレビ塔!」


 少し垂れ目の大きな瞳で、カメラににこやかに微笑む。レンズ越しでも分かるほど表情は柔らかく、声は明るく、たくさんの原稿を読み込んできたアナウンサーのようにブレが少ない。


「2025年3月に日本の有形文化財として登録されました」


 背後では精巧な雪像がたくさん並び、その合間を縫うように、除雪ロボットと清掃ロボットが静かに道を整えていた。


「本州の方だと、このあたりでクマを連れて散歩してると思われがちなんですが……さすがにそれはありません。クマは山です。ここは街です」


 急に女性の目がカメラではなく、カメラの横の何かを見つめる。


「えっ! 最近、街中でクマ出たんですか!? 冬眠忘れてるの!? まあ、大丈夫です。札幌にもたくさんの人間を守るための警護ロボットがいますので安心してください。24時間働いてます! 昔ならブラック企業もびっくりです。ロボットさん本当にいつもありがとう」


 すると、いろんな場所から、「褒メテクレテ、アリガトウ」「今後モ、最善ヲ、尽クシマス」の声が聞こえてくる。


 苦笑いした若い女性が


「今、配信中なので後でお願いしますね」


と言う声で、静かになった。


「テレビ塔は1956年に開業し、長い間、札幌市内のテレビ電波を担ってきました。1965年には、より広い範囲へ電波を飛ばすため、アンテナが手稲山送信所へ移されています」


 彼女は塔を見上げる。


「なんだか、ご利益がありそうですね。今日のこの配信、誰に見てもらえる気がしませんか?」


 ロボットの無機質な声が響く。


「……現在、視聴者ゼロ」


「そうですね、私はゼロ細配信者ですからね……。でも、このライブ配信、最後までやり切ります!」


ーーー


 エレベーターの扉が最上階で開く。

 上品な佇まいの空間が広がっていた。

 アイボリー色のタイルは磨かれており、先ほどの田中と名乗った女性が着用中のコートとブーツを見せるようにポーズをして立っていた。


「こちらが札幌太丸さっぽろふとまるデパートです。札幌の老舗デパートの一つです。いろんなブランドのテナントがあります。実は、配信前に、こちらの店舗の一つでコーディネートをしてもらいました」


 首元のマフラーを手に取る。


「こちらは札幌市の隣の恵庭(えにわ)市のイコラン村で現在も飼育されているアルパカの毛100パーセントのマフラーです。触り心地も暖かさも最高です」


 マフラーをアピールする後ろに動きがあり、そちらに視線が向かう。ぴょこぴょこと奥から黄色いネズミの着ぐるみが歩いて来た。


「私が小さい頃から夢中にさせられた、パチモンのピリチューです! パチモンセンター札幌太丸店から今日は特別に来てもらいました! ありがとうございます!」


 ピリチューの着ぐるみに若い女性がまるで小学生のように無邪気に抱きついた。


「この体になって、1番の役得ですね! では、早速パチモンセンターに行きましょう。パチモンセンターの入り口のパチモンはその地域の推しパチモンがいるんです。北海道ならオーロラコロンです」


 無人となっているビュッフェレストランの横を通り過ぎると、虹色で8本ある尻尾のたぬきがコロンと横たわっている、子供に好かれそうな像があった。


「いやー、何度見ても可愛いですね。今日はここパチモンセンターは貸切にさせていただいております。昔の平日でも、いろんなところからちっちゃい子が現れるので気をつけないといけません。でも、それもまたパチモンセンターのほっこりするポイントなんですよね」


 店内の棚にはぬいぐるみやキーホルダーがぎっしり並び、まるで色の噴水のようだった。季節限定のカードや、札幌の冬を模した雪モチーフのアイテムも目に入る。


「札幌らしい、北海道らしいパチモングッズがたくさんあります。みなさん、ぜひパチモンセンター札幌太丸店にお越しください。

 これだけパチモン流したから、絶対にいるはずだ!

 視聴者、ゲットだぜ!」


 付き添って自走するロボットが、激しくコンデンサーライトを点滅させた。


「……視聴者……現在1名」


「えっー!」


 若い女性の落ち着いた、安定した表情が崩れて声を上げた。


「……なお、視聴者は違法行為監視プログラムです」


「はいはい、わかってましたよ」


 若い女性は肩を深く落とした。


ーーー


 積雪はあるが、しっかりと除雪されて整頓された道を先ほどの若い女性が歩く。

 頭上にはアーケードがあり、左右には客を呼び込みしているロボットがいた。


「ここは狸小路です。狸小路は観光の商店やダンキホーテやカラオケ屋さんがあります。でも、今日の配信はそちらを映す予定はありません。だって、もうお昼の12時、ご飯の時間でお腹ぺこぺこです。今日はラーメン屋さんに行きましょう」


 狸小路と呼ばれたアーケード街から抜けてすぐ、暖簾(のれん)の出ているお店の前で立ち止まる。


「昔来た時は行列で並ばされました」


 そう言って、若い女性は店内へ入っていく。


「大将やってる?」


 薄暗くカウンター7席だけの小さな店舗の中に調理ロボットがいるだけの空間だった。


「オーナー、シバラク不在。オ店、営業中」


 カウンターの奥にいる調理ロボットがタモを持ってくるりと回しながら、そう答える。


「ほとんどのお店がロボットを使っていて、こういった目を引くパフォーマンスをしてくれます。機械の発展って、凄いですよね。

 さて、ここで私が注文するのは、海鮮豚骨ラーメンです。味は醤油ベースです。札幌ラーメンと言えば味噌と反射的に思う方いるかもしれません。他のも美味しいんです」


「ハイ、海鮮豚骨ラーメン一丁」


「え、もう? 早くない?」


「準備シテマシタ」


「早すぎると、ライブ配信の間がもたなくなる。後半の話題が……」


「失礼イタシマシタ。オ詫ビ二、チャーシューと煮卵追加シマス」


 出来上がったラーメンに、詫びの品を乗せられていく。心なしか、チャーシューは厚い。


「そういうことじゃな……あー、美味しそう。なんとかなるよね、きっと。じゃあ、いただきます」


 割り箸をパチンと割り、麺をすくうと、もわりと湯気が舞う。


「この湯気と広がる香り、ラーメンの醍醐味だよね」


 若い女性は小さな口を開け、ズルっと音を立てて麺をすする。


「ハフハフ、美味しい! 体に染み渡る味の濃さだね。寒空の下、歩いてきたから、本当にガツンと来る! 魚のアラや骨を煮込んで、さらに豚骨をしっかり煮込んでいるから、コラーゲンがたっぷりあって、唇が少しねとねとするんだけど、これがいいんだよね」


 若い女性は見た目以上に、勢いよく食べ進め、


「ねえ、替え玉ある?」


と調理ロボットに目を向ける。


「肯定。シカシ、替エ玉ノ注文ノ要望ニハ答エラレマセン。著シイ、カロリー超過デス」


「えー! でも、さっきのチャーシューと煮卵は?」


「……食ベルコトヲ、想定シテイマセン」


 若い女性は恨めしそうに、じっと調理ロボットを見つめた。


ーーー


 広い敷地の向こうに、雪原が開ける。

 整備された道の両脇には、イベント用の旗と案内板が整然と並んでいた。


「続いてはこちら。サッポロさとらんどです。

 今の時期は、スノーランドアドベンチャーというイベントをやっています」


 ヒヒーン、ブルブルという鳴き声が聞こえる。


「馬ゾリ用の馬さんです。どさんこ品種はサラブレッドと違って引きずる力が強い、筋肉もりもりなんですよね」


 横に大きく筋肉が膨れ上がった馬が無人のソリを引っ張っていた。


 そして、カメラが向けられる先では、チューブスライダー用のコースが白く輝いていた。

 誰も乗っていないが、スタート地点では誘導ロボットが元気よく腕を振っていた。


「チューブに乗って、ここから一気に滑り降ります。スピード、結構出ます。

 ……今日は、私ひとりなので滑りませんけど」


 田中はカメラの横に視線を向けると、表情が固まった。カメラがそちらに向けると『乗ってください』と表示された板が出されていた。


「すみません、嘘です。怖いので乗りたくないんです。絶叫マシーンとか私、無理なんです。

 でも、こちらは安全です。ロボットがちゃんと見てくれます」


 その直後、受付ロボットの音声聞こえてくる。


「現在、待チ時間ゼロ。衝突リスク、ゼロ。配信ノタメニモ、是非、オ乗リクダサイ」


「……ですよねー」


 数秒後、若い女性の悲鳴が響き渡った。


ーーー


 紫、青、白、赤。

 小さな光が、ゆっくりと点滅を繰り返している。


 テレビ塔と大通公園が、夜の中で、キンと冷え切り、ただ静かに浮かび上がっていた。

 テレビ塔のデジタル時計が午後7時ちょうどを表示した。


「夜の7時になりました」


 若い女性がテレビ塔に向けて、両腕を広げる。


「今日は特別に、ホワイトイルミネーションを設営してもらいました。

 本来はクリスマスシーズンだけなんですけど……」


 えへん、と両腕を腰に当てた。


「このゼロ細配信者の話術で、なんとかお願いしました」


 カメラがイルミネーションで彩られたテレビ塔や雪像をなぞる。

 光が雪に反射して、淡く滲む。


「雪まつりの雪像と、それを照らす光。

 ……やっぱり、きれいですね」


 声が、空に消え入る。


「……澄んでいて、きれいなんですよ、空気。水も美味しいし、飲めます。あー、川の生の水はだめだよ」


 口から出る白い息がゆらりと消える。

 若い女性は笑顔を作って、静かに一言述べた。


「宇宙にいる皆さんの帰還を、快くお待ちしています」


 空からの映像に変わる。

 テレビ塔やその周りの街路樹がきらびやかな光を放っており、その近くには若い女性と撮影や照明などを担うロボットが10台程、さらに重機関銃などを備え付けた武装ロボット20台程が彼女を守るように、周囲に目を光らせていた。

 その周囲、大通公園一帯は明るいが、その南側のススキノ、さらに大通の北方向ビジネス街のビル群に明かりはない。

 点在する街灯はあるものの、照らすのは動いているロボットばかり。

 画面は次第に暗くなり、真っ暗に染まる。

 そして白いテロップが浮かぶ。



 コメントよろしくお願いします。



ーーーーーー

田中


「皆さん、お疲れ様でした。省エネモードにしてください」


 私の言葉で、イルミネーションとテレビ塔のデジタル時計の表示が消え、そして大通公園の明かりのほとんどが消えた。


「視聴者は?」


「視聴者数2名。違反行為監視プログラム、不適切言動監視プログラムです。外部からのコメントはありません。いつも通りです」


 私が目覚めた時からずっと離れることなくついてくる随伴ロボットが悠長にそう答える。


「これで何回目のライブ配信かな?」

 

「最初のライブ配信は5年と135日前、今回の配信で280回目です」


「今までの配信に対するリアクションは?」


「ありません。アクセス形跡もありません」


「そっかぁー」


 私は空を見つめた。

 澄んだ冬の空気は、星空をよく映す。

 周りに大きな光源がほとんどないから、余計に星の光が目を差した。


「昔に比べて、あなたの配信はとても魅力的です。

 宇宙へ避難したけれど、私たちロボットに、いつか必ず戻って来ると約束した人類が、もし見ていたら必ずリアクションを残すでしょう」


 もうそんなに経つのか……。もし、最初のライブ配信に反応あるなら2.5光年先のところか?


「……いつか、届くといいなぁ」

 読んでいただきありがとうございました。

 TS配信モノ書いてみたいなあ、と思いながら、配信してバズるというストーリーをよく見ていました。

 そんななか、バズる以前に受信者がいない話を書いてみたいと考えました。

 そうしていると頭の中でアニメのアポカリプスホテルのキャラクターがクルクルと踊り始めました。ああ、これだ、と思ったわけです。

 こちらは、この1話のオチだけが書きたくて始めた話です。このオチのために、あらすじもタイトルもしばらく考えました。

 2話以降も話は書きたいのですが、2話以降はストーリーが1話完結モノ的な作りになるような気がするのと、雰囲気的には昔に書いた地方観光紹介系のコメディ小説にしたいな、と思っています。

 ですので、観光情報が集まったら書く、みたいな感じになります。

 超絶不定期になると思いますが、待てる方はブックマークしていただけたならいいかな、と思います。

 そういうわけで、序章と1話で一度完結します。

 最後まで読んでいただきありがとうございました。


【読者の皆様へお願い】

 もし『面白かった』『田中の配信を見たい』と感じていただけましたら、ページ下部の『☆☆☆☆☆』から評価をいただけますと幸いです。

 ご存知の方もいらっしゃいますが、私はなろうチアーズプログラムによる収益化をしていません。皆様の星一つ一つが、執筆の支えであり、最高の報酬となります。

 星も嬉しいのですが、何よりも読者の皆様の感想やリアクションが執筆の原動力となっています。

 今後の作品制作の参考にさせていただきますので、ぜひ一言いただけると幸いです。

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本日短編を書きました。 TSではありません。悪役令嬢と魔法少女要素でスカッとする感じに仕上げられたなら、と思って書きました。 『魔法少女だから』と婚約破棄されましたが、亡命先で最強冒険者兼アイドルとしてめちゃモテ愛され期が来た!~今更王子が泣きついてきても、あなたの国はもう滅亡しています~ 以下のリンクは、最近、完結したtsもので、成長を題材にした現代物の物語です。良かったら読んでいただけると幸いです。 デブの僕が、夢で美少女冒険者になったら、現実でも変われた話〜ダイエットでこんなに『人生が変わる』なんて聞いてない!〜
― 新着の感想 ―
なるほどそう言うことかぁ。みんな帰って来てくれると良いね。(^。^)
主人公以外の人の気配がしないので、もしかしたら……とは思いましたが、本当に一人きりなんですね。^_^; ロボットたちが、人間がいない町でも綺麗に維持している様が少しだけ物悲しいです。 移民なのか、あ…
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