第32話:壊れた人間ほどよく喋る
「……へぇ、そっか。ご立派なお説教、どうもありがとう」
ぼそりと呟くトカゲの声には、抑揚がなかった。熱も籠っていなく、ただ淡々と棒読みをするが如くのっぺりとした声色。無表情を貫く姿は、誰が見ても瞬時に判別がつくほどの異常だった。
通夜のように静まり返った部屋の中心で、トカゲは唐突に視線を右へ向けた。
「今から聞き出すからさ、よーくメモ取っといてよ」
数秒前とは違うにこやかな笑顔は、狂気を隠すための仮面。
トカゲのあまりの変貌具合に記録係の女性は混乱したが、それでも反射でペンを手に取り、構えた。
トカゲは尋問官の男性に軽く『どいて』と言って割り込むと、迷うことなく部屋の左に設置されていた机へと進んだ。そこには事件当日メギラナが使用していた凶器である鞭とナイフ、それから照明用に火を灯した蝋燭が置かれている。少年は黙ってナイフを手に伸ばした。
「このナイフ、お姉さんのだよね?」
「そうだけど、何か?」
メギラナの返答に、ナイフに目線を固定したまま応じる。
「いいモノ持ってんじゃん。これでどれくらい捌いてきたの?」
「……捌く?」
「そ、捌く。やったことない? 人をさ」
尋問官と記録係の背筋に冷たい風が吹き抜ける。
トカゲはゆらゆらと立っている蝋燭の火柱の上にナイフをかざしながら続けた。
「皮を薄ーく剥いで、削ぎ落して。ある程度進んだら腹も切り込んで、分別する。お姉さんみたいなアンダーグラウンドな人間なら、みんな履修済みだと思うんだけど」
「したことないわよ、そんなこと」
「そっか」
そのタイミングでトカゲは初めてナイフからメギラナへと目線を移した。
「じゃあお姉さんの目的は商売じゃないってことで。臓器ならよっぽど傷んでない限り高く売れるし、ましてやそれが、神代の力を宿すと言われるソロモの瞳なら、大層いいお値段になると思ってたんだけど」
ナイフを蝋燭から離し、トカゲはメギラナに近づいた。ゆっくり、着実に。
驚くほどに冷静になったトカゲを見たメギラナは理解し始めていた。
――コイツは、エバリスと同じ人種だ。分かった上で物事を進める、タチの悪い連中。そういった連中は往々にして、一度やると決めたら絶対に獲物を逃がさない。逃げなければ喰われる。
椅子に縛られ、アキレス腱も失って逃げ道を失ったメギラナはそれでも必死に逃げる術を探した。
しかし現実は寸分の狂いもなく訪れる。
「ああああああ!」
部屋中に悲鳴が上がった。短く、高く、大きく、鼓膜を直接揺さぶるような絶叫。同時に肉の焼ける焦げ臭い匂いと、ジューという音がした。
けれどもトカゲは慣れているのか、それとも感覚が麻痺しているのか、そんなことは気にも留めずに続ける。
「ってことでさ、ボクの当ては外れたみたいだし、教えてくれない? この前話してた《月華の五芒星》とやらの目的」
「そんなの、ソロモの瞳の確保に決まって……」
一秒も経たぬうちに、またもや断末魔のような声が部屋を満たす。
「そーじゃないでしょ。お姉さんって馬鹿? その後の話だよ、その後の話」
トカゲは怒りの刃を女の肩に力の限りめり込ませる。
「し、知らない! その後のことなんか……上からは何も聞かされてない!」
瞳を覗き込む。僅かに読み取れるのは瞳の震えと、嘘偽りのない言葉。
トカゲはそれを確認すると、メギラナの肩からナイフを引き抜いた。しかし熱されたナイフによって傷口周辺の肉や血管が焼けていたため、出血は少ない。
トカゲは振り返ると、記録係の女性に『ちゃんと記録に残しておけ』と命令するように目配せをした。
肩で息をするメギラナに配慮などせず、次の業務に移る。
「次。民間人が沢山殺されてたって話だけど、それをやったのはお姉さんたちだよね?」
メギラナは捥げそうになるほど激しく首を縦に振る。
「何で?」
恐怖に怯えて、メギラナは声を出せなかった。だがその様はトカゲの目には答える気がないものとして処理される。
「はぁ……」
溜息を一つ挟んで、トカゲは再びナイフを女に刺した。今度は右肩である。
即座に部屋中が騒がしくなるが、壊れた人形は遮った。
「さっさと吐いてくんない? あんまり叫ばれると耳が痛いんだよね。この部屋、音も響くしさ」
死んだ目がナイフを振りかぶると、メギラナは反射的に大声を出した。
「堕魂の餌にしたの!」
ナイフが宙でピタリと静止する。
「堕魂は魂を喰らうほどに強くなる。理性だって身に着けていく。だから、保険よ保険! 支部や国防軍との衝突した時のための!」
「連続神隠し事件の被害者も、以下同文?」
「そうよ!」
その後、尋問は長くは続かなかった。トカゲが手にしているナイフを少し動かす素振りを見せるだけで、メギラナは躊躇なく全てを開示していくようになっていた。
月華の五芒星が《ソロモの瞳》を狙う何らかの集団であること。
その目的は下の立場の者には一切聞かされていないこと。
堕魂の育成は世界中の街の裏で少しずつ計画的に進められていること。
エバリスがトカゲに接近してきたのは全て下見のためだったこと。
エバリスが経営していた病院にいたもう一人の女医も同じく所属者であること。
任務が失敗した時にもプランが用意されていること。
そして今回任務に失敗したエバリスの逃走した先。
「隣町の……オルグリスよ」
それを口にする時、メギラナの顔は死者同然に光を失っていた。声量もか細く、今にも途絶えそうなもの。初めてトカゲが出会った時のアヤメとは、完全に立場が逆転していた。
トカゲは尋問官から借りた布切れで、ナイフに付着した血液を丁寧に拭き取りながら口を開いた。
「ごめんね、勝手に証拠品触っちゃって」
「まあ、そちらはそうですね……」
尋問官の声はどこから話をしていいのかと、迷いを含んでいた。
トカゲは見かけ上は綺麗になったナイフを元の位置に戻し、尋問官に向き合う。
「ご依頼内容の方は粗方果たしたと思うけど、他に何か聞き出すべきことってある?」
「今日のところは。明日以降、本日の結果を受けて何かあれば、と」
「じゃあボクのお仕事は、これでかんりょーだね」
トカゲは氷点下のように冷たい金属製の扉の前に立つと、丁寧にお辞儀をしてみせた。
「では、ボクはこれにて失礼するよ。後は……よろしくお願いしますね」
♢ ♢ ♢
外に出たトカゲは溜息を吐いた後、力なくその場にしゃがみ込んだ。
――あーあ、やっちゃった。これでまたボクは、こうやって人じゃなくなっていく。『****』の存在は、名前も含めて完璧に殺したと思ったのに。早いうちに殺しておかないと、また――。
感傷に浸ること数分、トカゲは気を持ち直すと『いつもの笑顔』をぶら下げて表の世界に戻っていった。
今日の一言:次の投稿は土曜日になります。今後は少しの間水曜、土曜18:00に投稿とします




