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月輪に巡るセレナーデ  作者: 笹サーモン
第一章 トリメルカ編
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第31話:地雷を踏み抜くオードブル

 トリメルカを襲った事件から三日。

 トカゲは過去に同じく、謎の黒いモヤによって全ての傷が回復していた。現在は任された職務を果たそうとして、酷く冷たい金属製の扉の前で待機している。扉に手を掛ける直前、彼は数時間前の記憶を思い出していた。



   ♢  ♢  ♢



「色々と大変だったけどさ、どーにかなったんじゃない?」


 事件の全貌は既に調査を終え始めていた。分かっていることを端的に示すと、ケガ人は十五名。これはガッツとエバリスの交戦した現場で巻き込まれた民間人、ガッツ、後から調査に赴いた支部の職員、そしてトカゲ本人を合計した数。そして死者は――。


「でも、私がいたせいで……」


 アヤメの声が震える。


「六十人以上も亡くなったんですよ。私がトリメルカ(ここ)に逃げ込んだせいで……関係のない、ごく当たり前にお店で働いてたり、家族と笑ってただけの人たちが!」


 ケープレットに付いたフードを深くかぶった少女の顔は見えない。少女は今にも途切れそうな細い声で、必死に言葉を探していた。


「そんなの、あんまりじゃないですか」


 トカゲの視界の先で、拳が固く握りしめられる。アヤメの頬を、キラリと光を反射する雫が濡らす。アヤメは力なく膝を落とすと、そのまま座り込んだ。


「私が…………ソロモの瞳なんて持ったから……!」


 報告を受けるために寄った部屋の前、廊下でアヤメの号泣が響いた。



   ♢  ♢  ♢



 トカゲは右腕に視線を移す。時間が経ったために、先ほど泣き崩れたアヤメを庇った腕にはもう熱がない。


「まったく、やってらんないよなー」


 隣に話す誰かがいるわけでもなく、ただ呟く。まるで自分に言い聞かせるように。


「どっかのおバカさんたちが変なことするせいで、何の罪もない一人の女の子が今にも潰れそうになってんだからさ」


 罪のない女の子が目の前で泣くのを見るのは、もうごめんだ。そう思った瞬間トカゲの脳裏に浮かんでいたのは、もうこの世にはいない、妹の影。

 無茶な賭けに出した左手をパーカーのポケットに隠したまま、右手を額に持っていく。


「んじゃ、お仕事始めよっか」


 人気(ひとけ)のない廊下にポツンと立っていた少年は、軽く金属の扉をノックして、ドアノブに手を掛けた。


 ――ギギギ。


 金属が軋む不快な音が響く。扉の奥には床も、壁も、天井も、全面が石造りになっている窮屈な部屋が鎮座していた。


 広さは五畳半で左右に机が配置されている。滅多に使用されないのであろう。埃っぽく、かび臭い匂いが鼻の奥をツンと刺す。装飾はどこにもなく、殺風景。地下である故、陽の光は入らない。この部屋を照らしているのは数本の蝋燭(ろうそく)(ともしび)だけである。


 ――懐かしいね、()()()()()()()()()()()()()()()ってものは。


 トカゲが視線を左から右へと一直線に這わせる。

 見えたものは左から順に『メギラナの凶器が置かれた机』『尋問官の男性』『椅子に縛られたメギラナ』『机と椅子に構える記録係の女性』。

 尋問官はトカゲの来室を確認すると、少し慌てた様子で彼に挨拶をした。


「こんにちは。この度はお忙しい中、ご協力ありがとうございます」


「いえいえ、こちらこそ。今回の件、ボクにしか出来ないってんでしょ? ならやりますって」


 トカゲはにこやかに応対しながら、目線をメギラナに固定する。


「今すぐ始めてもいいんだけど、最後にもう一回お仕事の内容を確認しても?」


 尋問官は『ええ』と呟きながら、脇に抱えていたボードに視線を落とした。数枚の紙を(めく)って、言葉を発する。


「今回お願いするのはトリメルカ急襲事件の首謀者メギラナ・ゼイユ氏から可能な限り情報を聞き出すことです」


 『トリメルカ急襲事件』とは、先日メギラナとエバリスが堕魂(だこん)を率いて起こした例の事件に付けられた呼称である。


「他の者も試みたのですが、彼女は中々口を割らず……そしてこの度回復直後で申し訳ないのですが、トカゲ様にお願いしたいと。ルコール支部長から直接のご依頼です」


「支部長さんも今はあっちこっち忙しーもんね」


 トカゲは左手は隠したまま、肩をすくめた。


「じゃ、確認も済んだし、承ったってことで。早速やろっか」


 言い切るなり、メギラナの方へ軽い足取りを向ける。コツコツと近づき、数字にして六十センチメートルというところでトカゲは足を止めた。


「お姉さん、久しぶり。って言っても三日ぶりくらいか。元気してた?」


 まるで古くからの友人に語り掛けるような軽い調子で話しかける。まずは相手の緊張を解くためだ。これも尋問の初手として重要なこと。

 しかし今回は相手が悪かったらしく、メギラナはトカゲの声を聞くと、即座に牙を剥いた。


「あら坊や、生きてたの。おかげさまで歩けないこと以外は元気よ」


 彼女は先日トカゲとの交戦時にアキレス腱を切られ、足の自由を失っている。その怒り故か、声は普段よりも一段と低かった。


「ソロモの瞳を庇って、私を捕まえて。何がしたいわけ? ヒーローごっこ?」


「やだなー、そんなに怒らないでよ。ボクだって望んでやってんじゃないって。成り行きでアヤメちゃん(あの子)守ってるもんでさ。まあ、それだけってわけでもないんだけど」


 怒りを露わにするメギラナに対し、トカゲは普段と変わらない笑みを向けたまま続ける。


「少し話が逸れちゃったね。で、本題に移りたいんだけど――」


 その瞬間、トカゲが言葉を紡ぐよりも早く舌打ちがその場を制した。


「ふざけんじゃないわよ!」


 鎖に繋がれて自由を失った狂犬が吠え、喚き散らす。


「アンタが余計なことしたせいで、めちゃくちゃなのよ! 成り行き? たかが成り行き? 私の人生も《月華の五芒星》も、アンタの成り行き如きで!」


 メギラナの所属する団体、《月華の五芒星》の計画――ソロモの瞳を持つ少女の捕獲――は予期していなかった、たった一人の少年の手によって妨害された。その事実が、彼女の怒りを頂点まで押し上げていた。


「人の人生を粗末に扱うような人間、めちゃくちゃになって当然だと思うけど?」


 怒り任せに暴れるメギラナを貼り付けた笑みのトカゲが射抜く。その視線が、メギラナはどうにも気に喰わなかった。


「私が動けないからって見下しやがって! アンタなんかいなければ!」


 黙ったまま、トカゲは何の反応も示さない。


「今に見てなさい! そんな甘ちゃん、いつか通用しなくなる。いつか、いつかきっと誰も守れない日がやってくるんだから! あの小娘だ……って……」


 メギラナの負け惜しみが響く部屋の中、そこは静寂だけが支配していた。尋問官も記録係も仕事がないため、まだ動かない。

 だが、彼らが一瞬にして異変を感じ取ったのは言うまでもなかった。


「……へぇ、そっか。ご立派なお説教、どうもありがとう」


 凍てついた声が全員の耳の奥を刺す。

 三人は不気味でいて、畏怖を招く違和感を確かめるため、トカゲの顔を覗き込んだ。彼の顔から――普段の笑みは、消えていた。


 代わりに移るのは、一切合切全ての感情を殺したような、虚無の表情。

 トカゲの中で、妹を目の前で死なせてしまった過去と『誰も守れない』という言葉が結びつく。


 トカゲが目覚めさせまいと封印していた素性(怪物)が、今静かに覚醒した。

今日の一言:トカゲの今までの対応は仮面というわけです。本当の顔が見たい方はどうぞ、今後ともお付き合い願います。

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