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月輪に巡るセレナーデ  作者: 笹サーモン
第一章 トリメルカ編
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第30話:襲撃現場の調査②

 リノ班のメンバーが地獄を見ていた頃、ガッツとアヤメは行方不明のトカゲの捜索をしていた。


「見えるか?」


「……」


 ガッツは未だ近くに敵がいる可能性を考慮し、警戒の目を強める。その横でアヤメが霊力の残滓を必死に掴もうとしていた。


 霊力には質感があり、各々で霊力の色も、重さも、濃さも全て異なる。そのため霊力者に限っては、残滓から個人を特定、追跡することは難しいことではない。今回、ガッツは特定対象である少年の霊力をまだ覚えきれていないため戦力外なのだが、最も身近で捉えていたはずの少女がいる。


 ――だから、すぐに見つかるはずだ。


 ガッツはそう強く確信していた。しかしそれは酷く楽観的で的外れな期待に過ぎなかった。


「ごめんなさい、まだ、見えなくて」


 アヤメが小声で進捗を報告した。


「見えない? どういうことだ?」


「数が多すぎます。襲撃された時の堕魂(だこん)の痕跡も残ってますし……境界線が分かりません」


 アヤメの目には、無数の足跡の集合が見えていた。襲撃時に存在した堕魂(だこん)の数が多かったためである。堕魂(だこん)は霊体であるため常に霊力を放っており、それが霊力探知において鋭敏化したソロモの瞳の情報量を増し、捜索を妨害していた。


「なら、その足跡の集合ごと追えばよいのではないか?」


「それが出来たら、ガッツさんもそうしてると思います」


 アヤメの言葉にガッツは反論出来なかった。


 彼らの近くの辺り一帯は()()()()()に飲み込まれていた。それはあまりにも強大で、とても人間が持っている霊力ではない。近づいただけで呪いや(たた)りをもたらしそうな()()は、近隣四方八方の霊力を全て覆い隠し、数メートル先の互いの霊力の感知すら阻害する。トカゲのモノを含む霊力の残滓が辿れないのも不思議なことではなかった。


 ガッツは異質な霊力を観測すると、初めてアヤメと出会ったホテルで感じたトカゲの異質さを思い出した。


 ――あれも重たく、どこか気味の悪い霊力だった。だが、ここまで圧倒的な濃度ではなかった。今回の物とは完全な別物だったはず。


 ガッツの思考が一段落落ち着いた時だった。


「あ……」


 という呟きと共にアヤメが右足を一歩、前に踏み出したのである。


「見えました! この先です」


「でかした! 行くぞ!」


 アヤメは頷くと地面に淡く残っている光の道を辿って走り出した。ガッツもその背を追って動き出す。


 道は長く続いていた。途中からは民家が立ち並ぶ住宅街に突入したが、ところどころに強いカード状の霊力の残り香や、何かが衝突したであろう壁の損傷が見られた。


 ――トカゲが交戦しながらこの道を進んだのだろう。アイツはこの先にいる。


 ガッツは希望を見出したが、それを潰すかの如く疑問が残る。不思議なことに、住宅街にも係わらず人の気配はどこにもなかったのである。

 嫌な予感を抱えたまま進むとガッツの視線の先僅か五メートル程前で、アヤメがピタリと足を止めた。


「どうした? 見つけたのか?」


 ガッツが問うと、アヤメは口で答えるよりも早く指を指した。


「あれ……」


「何事だ? ――ッ!」


 アヤメの指先をなぞった先には乾いた血溜まりがあった。血は乾き始め、出血からはそれなりに時間が経過していることが伺える。そして何より――その血溜まりには決定的な証拠があった。


「急ぐぞ! アイツはこの先にいる!」


 ガッツはようやく掴めた手掛かりに声を弾ませると、そのまま大きな一歩を開く。

 しかしアヤメは違った。彼女の胸の奥を強い不安が締め付ける。途端、彼女の歩調は速くなった。


「む? 元気だな。……って、待て! 一人で動くな!」


 アヤメは焦燥に背中を押されると、ガッツの声も届かず、彼を追い抜き先を急いだ。


 ある曲がり角を曲がる頃には、二人の間には距離が開いていた。ガッツの視界にはアヤメの姿はなく、互いに互いを視認不能な距離。

 先行するアヤメが曲がり角を曲がると、目の前の光景に目線を奪われ、足が止まった。


 鎖で縛られたまま意識を失っている女と、同じく横たわる人影。その人影は全身に血の痕を残し、微動だにしない。

 疑うまでもなくアヤメは一目散に駆け出すと、血塗れの人物の横に膝を突いた。腕が振るえ、全身に体重を支える力が上手く入らない。


「トカゲさん?」


 声を掛けながら恐る恐る顔を覗き込むと、少年は目を閉じたまま無の表情をしていた。いつもの表情(かお)ではない。

 最悪の想定が現実になってしまったアヤメはひたすらに叫んだ。


「トカゲさん! トカゲさん!」


 肩をどれだけ激しく揺さぶっても反応はなく、少女はパニックに陥る。両手でこめかみの辺りを押さえつけるように頭を抱え、声にならない声が漏れていく。


「あ…………あ…………」


 ――また自分のせいで人が死んだ。自分を逃がすために誰かが犠牲になった。どうしよう。どうしようどうしようどうしよう。


「一人で動くな! 危ないだろう」


 背後から彼女に説教が飛ぶ。しかしその声はパニック状態の当の本人には聞こえていないも同然だった。

 息を切らしたガッツがアヤメの顔を覗くと、彼女は目に涙を浮かべて過呼吸になっていた。焦点も合わず、どこを向いているのか分からない。


「代われ」


 ガッツは鋭く言い放つと、手荒に少女の手からトカゲの体を引き剥がした。少年の胸の動きを観察し、即座に耳を押し当てて音の確認に移る。


 ドクン…………ドクン…………。


 心音は力強く、それはまだ彼が生きていることの何よりの証明。

 ガッツは固まったアヤメの方を向くと、トカゲの体を預けた。


「安心しろ、まだ生きている」


 『生きている』。その一言でアヤメは正気を取り戻し、ハッと顔を上げた。


「見ておいてくれ。俺は(ヤツ)を調べる」


 言い残したガッツはゆっくりと足を動かし、敵だったものを本格的に拘束、支部へ預けるために行動を始めた。



   ♢  ♢  ♢



 同刻、穴の調査を請け負っていたグルー班はロープを用意し、穴に潜り本格的に調査を始めていた。


「おーい、今どんな?」


 班長であるグルーが穴を覗きながら作業員に声を掛ける。数秒の間を置いて、闇の底から声が返って来た。


「まだ大丈夫! もうちょいロープ下げて」


 指示を受け取ったグルーは自身の後方でロープの長さを調節する係に目配せした。係の者は頷き、ロープから手を離してスルスルと伸ばしていく。

 ある程度ロープを垂らし終えると、グルーは再び穴の底へ声を投げた。


「どう? 足りる?」


「あともうす――」


 会話が途中で途切れた。後を継いだのは声ではなく、断末魔のような悲鳴。

 グルーは底で何か事故が起きたと判断するやいなや、すぐさま大声で呼びかける。


「どうした! 答えろ!」


 返事はない。帰って来たのは鼻の奥をツンと突く、鉄のような匂い。


「え?」


 ――死んだ? まさか? この一瞬で?


 事態が飲み込めないグルーは自身も穴に飛び込み、底で何が起きたのかを確かめようとした。その刹那、


 ――カタカタカタ、カタタタタ。


 近くの小石が小刻みに弾む音が辺りに広がった。そして同時に、雄叫びが耳を劈く。


「グウォオオオオオオオ!」


「伏せろ! 伏せろ!」


 グルーは反射で近くの班の人間や、任務中に気分を悪くしたリノ班の人間に怒鳴った。次いで自身も姿勢を低くし、両の手で頭を守る。


 グルーが叫ぶと、穴からは大量の穢れた魂たち――堕魂(だこん)が溢れ出してきた。その中には眼鏡をかけた町医者の男、エバリスも紛れ込んでいる。


「チッ、支部の犬が。……プランBに移行か」


 上空のエバリスは矢筒に残っている矢を二本手にすると、霊力を()めて地上に投げた。着弾点では爆発の煙と共に悲鳴が上がる。その隙にエバリスはガッツから逃走した時と同様に、屋根伝いに移動し始める。


「敵だ! 追え!」


 グルーの一言で負傷した者以外の発現者は武器を手にして、反撃に移る。ある者は煙幕を張り、またある者は戦斧を振り回す。

 しかし戦力差は言うまでもなく、完全にエバリス率いる《月華の五芒星》が優勢だった。


 その晩トリメルカの市内では警鐘が止むことはなく、人々は恐怖のあまり一睡たりとも出来はしなかった。

今日の一言:参考までに。トカゲの霊力の色は黒、ガッツの霊力の色は赤、アヤメの霊力の色は七色です。アヤメに関してはソロモの瞳を始めとして色々と特異過ぎるので霊力の質感も特殊です。


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