第29話:襲撃現場の調査①
支部の扉がバンッと大きな音を立てて、乱暴に押し開かれた。窓口にはいつもと変わらず大勢の人が並んで何かの手続きをしており、人々の視線が向かう先には、肩で息をする赤い大男と青いワンピースの少女が立っている。
ガッツは支部を横断して形成されている列を見ると、人を押しのけ、ある一列に割って入った。先頭の男性が怒鳴る。
「おい! 何してんだ」
「すまない、許せ」
ガッツは適当に男性の怒りを流すと、受付嬢に話を切り出した。
「堕魂の襲撃があった。すぐに警鐘を鳴らしてほしい。それと今支部にいる霊力者、発現者を全員招集してくれ」
受付の女性は何か言っていたがガッツには届いておらず、ガッツはすぐにアヤメの元へ帰ると彼女にも話を振った。
「すまないが、この後エバリスを追跡し、襲撃の証拠も集めることになった。だがここの人間は俺も含めて現場を知らん。そこでお前に案内してほしいのだが、頼めるだろうか?」
アヤメは内心、大層怯えていた。もう一度あの場所へ戻れば、次はどんな目に遭うのかと不安が勝っている。彼女の瞳は小刻みに震えていた。
「怖い思いをさせるのは承知の上だ。だが、今回は護衛がいる。安心してくれ。トカゲの行方を知るにも、脅威を遠ざけるためにも、お前の手が必要だ」
ガッツが頭を下げる。アヤメは数秒躊躇した後、返答を出した。
「……分かりました」
「助かる。今少し待っててくれ。直に準備が整うはずだ」
数分後、トリメルカの街中に大きな警鐘が鳴り響いた。市民たちは避難体制に移り、街には誰一人歩いている者がいない。
そんな中、支部内ではアニムの発現者と霊力者が集まり、これから戦場となった街中へと動こうとする列が形成されていた。参加者はおよそ十名であり、そこにガッツとアヤメも含まれる。
ガッツは中では最も緊急事態を把握している人物として、先頭に立って彼らを率いることになった。
「話は聞いているだろうが、先ほど堕魂とそれに与する敵の存在が確認された。今回はそれらの無力化、拘束のための任務になるが、準備はいいな?」
ガッツの言葉を聞いた戦士たちは武器を構えて見せつけると、作戦決行が可能であることを示した。返事を確認したガッツが頷く。
「うむ、いいだろう。……行くぞ!」
その後支部の建物内にけたたましい叫びが響き渡ると、作戦実行の時間となった。
列は横二列縦五列になっており、先頭には方向案内をするアヤメと彼女が今この場にいる人間で最も信用している人間であるガッツが駆けている。
「次はどっちだ?」
「しばらくは真っすぐですけど、そのうちお花屋さんが見えてくるので、そこを右です」
アヤメはまだ簡単に人を信用出来ないため、彼女の声を受け取ったガッツが背を追ってくる他のメンバーに声を掛ける。
「いいか! 花屋を右だ!」
ガッツは後ろを歩く仲間の声を聞いてから正面に向き直すと、周囲を警戒した。大声で指示を出せば堕魂の群れがこちらに気付く可能性が高まるからである。現状それらしきものは見えないが、全て浄化されたはずもない。警戒して損はないのだ。
しかしガッツの目には隣の少女の不安げな表情は見えていなかった。
やがて路地の奥、先ほど青年と少女の組が襲撃された現場に一行が到着した。
一人の発現者が道の中央にでかでかと開いた穴を見て力なく呟いた。
「何だ、これ?」
穴からは強い霊力の残滓が漂っており、事態が予想以上の物であったことを理解した戦士たちは戦慄した。
ガッツは腰の引けた連中を見ると、声を上げて一括する。
「いいか、ここでビビっている暇はない。割り振るぞ」
ガッツは自身の真後ろをついてきた緑の服の男を指名し、班分けしていく。
「グルーの列はそこの穴の調査をしてくれ」
続いて指を指される作業着の男。招集がかかった際に居合わせただけで参加せざるを得なくなった不運な男である。
「リノの列は近辺の建物の調査だ」
ガッツは各人の返事を受け取ると、今後の動きを伝達。
「何か分かったことや敵の目的が分かりそうな資料を見つけた場合は押さえてくれ。それと、堕魂を見つけたら退治するように」
締めに声を張り上げる。
「――以上、行動開始!」
この一言を皮切りに、二つの班が動き出し、それらを見届けたガッツはそれまで一方後ろで見ていたアヤメに話を振る。
「アヤメ、トカゲのやつの霊力は覚えてるか?」
「え? うーん、覚えてはないと思いますけど、見たら多分分かります」
唐突に話しかけられたアヤメは自信のない返事をした。
「それで十分だ。ではお前は俺と共にトカゲの行方捜索をしてくれ。残滓を追うが、見れるか?」
「はい」
こうしてガッツとアヤメも動き出し、参加者全員が行動を開始した。
♢ ♢ ♢
リノ班は指示通り、路地周辺の建物の調査に出ていた。
この路地裏は《夜の箱庭》と呼ばれる道であり、読んで字の如く夜は大変賑わう。しかし現在は昼であり元々人の往来が少なく、そもそも警鐘が鳴ったことで人がいない。調査には圧倒的に情報が足りていなかった。
作業着の男リノは分かりやすい建物である、穴の正面に建てられた店に目標を据えると面倒だからとノリに任せて駆け込みに行った。
ドアをノックし、外から気怠く声を掛ける。
「もしもーし、保安協会支部の者ですけど、ドアを開けてください」
返事はない。もう一度ノックをして、中の人間を安心させる文言を餌に出てくるよう誘導する。
「堕魂は退治しました。先ほどの爆撃等々の情報提供にご協力お願いしまーす」
応答はなかった。リノは他の班員の方を向いて『代わってくれないか』と目線を飛ばすと、ドアから離れた。高い知能を持った堕魂が人間を装ってると警戒されている可能性があったためである。
リノに代わって槍を持った女性がドアに声を掛ける。
「こんにちは。同じく保安協会支部の者です。皆様の安全保護のために来ました。ドアを開けてください」
三度目の正直。班員たちは唾を飲んで返答を待った。けれどもどれだけ時間が経てど、音はしない。
「もしかして、人いない?」
「ならドアは開くんじゃね?」
「やってみよっか」
女性がドアノブを引っ張る。しかし鍵がかかっていたのか、ドアは侵入者を拒んだ。
「店主が外出中ってケースは?」
「この店に限って誰もいないなんてあるかねえ? 他を当たる?」
「いや、他にも人がいるならこの声は聞こえてるかと」
班員たちは各々応答がない理由を考察し、議論し合った。延べ一分も満たない意見交換の末に、リノ班の意見がまとまる。一先ず埒が明かないから強行手段に出ようと。
「これは命令です。ドアを開けなさい。応答がなければ押し入ります」
返事を待つこと数秒。だが中で誰かが動く気配は感じられなかった。
班員たちは互いに目線を交えると、手に持った武器でドアを強引に破壊する。
「何回言えば分かるんだ! よ……?」
喧嘩っ早い班員が中に入って第一声を上げるが、その声はすぐに萎んで聞こえなくなっていった。代わりに班員が得た情報は血の海と化した無惨な地獄絵図。班員たちが目を見開いたまま立ち伏せる中で、それぞれの脳内で返事がなかった答え合わせがされるのは、言うまでもない。
立ち入った数人が血の上で棒立ちするが、その不安定な均衡を女性が破る。
「……動こう。誰か、生存者がいるかもしれないから」
「いるか、この状況で? 見れば分かるだろうけど、死んでから相当時間経ってんぞ?」
部屋中に飛散した血の跡は、既に赤黒く変色し、水分を失っていた。
「でも、まだ分からないでしょ」
「この状況ならどうせいないって。少しでも希望のある方に賭けよう。文句ある?」
女性は納得はしていないようだったが、言われた事は否定出来なかったため、班長の意に従って店を後にした。
回る二軒目。今回のターゲットはすぐ隣の、同じく枕営業を主軸にしている店である。
「もしもし、こちらはトリメルカの保安協会です。ドアを開けてください」
だが二軒目でも状況は変わらずだった。返事がなく、先ほどの光景が脳裏に蘇る。
班員たちは今度は躊躇する間もなくドアを押し破り強引に調査に出るが、その景色も期待出来たものではなかった。
人々が獣に食い荒らされたように壁も床も赤く染まり、鉄のような匂いが立ち込めている。そのまま三軒目、四軒目と彼らは近くの建物に突撃していくが、どこも結果は同じだった。
班長であるリノは七軒目を回ったところで希望を失い、報告だけしてもう辞めようと判断した。向かう先は指揮統制を担うガッツ。
この時、他の班も同様の絶望を味わうことになっていたとは、リノは知る由もなかった。
今日の一言:霊力者、発現者が招集された際に10名程集まりましたが、人口に対してかなり少ないです。そもそも霊力者自体が人口比10%程度しか存在しません。発現者は更に少ない。




