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月輪に巡るセレナーデ  作者: 笹サーモン
第一章 トリメルカ編
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第28話:ギャンブルの決まり事

 ガッツとアヤメが支部に向けて移動し出した頃、遠い一本の路地裏では依然として戦闘が続いていた。

 地に伏すように倒れこみ、微動だにしない堕ちた魂の残骸。徐々に消滅していくそれを見つめるタトゥーの少年と、それを呆然と眺めるメギラナ。


「凄いじゃない、全部倒しちゃうなんて」


 女の言葉の裏には隠しようもない動揺と興味、驚嘆が混在していた。


「まさか口でカードを咥えて戦うとは、思ってなかったわ」


 これまでトカゲが交戦していたのは、メギラナが(さら)った人間を喰わせて意図的に力を蓄えさせた堕魂(だこん)であり、戦闘力は標準を凌駕(りょうが)していた。加えてトカゲは彼女が途中で霊力を()めて放った、渾身の蹴りの直撃も受けている。霊力は直接魂に影響する力であるため、トカゲは魂を削られているはず。だがトカゲは戦い切った。


 メギラナが異常とも思えるトカゲを注視すると、その答えは明白。

 視界に映ったトカゲには、今なお底を見せる気配のない霊力が(みなぎ)っている。本来ダメージや疲労で動かないはずの部位を、その有り余る霊力が無理やり稼働させていた――ように見えた。


 というのも、トカゲは霊力量自体は人並みだった。どちらかといえば、トカゲの場合は霊力を消耗した瞬間にまるでどこかから補給するように、霊力で魂の修復をしていたのである。


「結構ヒヤヒヤだったよ? 怖いねー、数の暴力ってのは」


 トカゲが背後に立つ女の方へ向く。血に塗れた殺戮人形の気味の悪い顔が敵を捉える。


「で、話しかけてくれたってことは、よーやく大将自らお手合わせしてくれるってことかな?」


 メギラナは予想以上のご馳走に目を輝かせると、クスッと笑って鞭を軽く振り回した。


「好戦的ね。いいわ、丁度お腹が空いてたところなの」


 言い切ったメギラナがあの晩と同じく胸の前で鞭をピンと張る。風が二人の間を吹き抜け、トカゲのフードはふわりと(なび)いた。


 トカゲは後ろを向いたまま駆け出し、メギラナはその間を詰めるように跳ねた。距離は刹那的に縮まり、メギラナは即座に攻撃を繰り出す。

 メギラナの左手から突き出されたナイフの横一閃をトカゲは上体を反らして回避する。その勢いを利用して放ったトカゲの蹴りはメギラナの顎に命中し、少し()()った。


「やるじゃない」


「そう? まあ伊達に殴られ続けたんじゃないんで」


 メギラナが仰け反ったことでトカゲとの距離が空くと、彼女は鞭を振っての攻撃に出た。トカゲは左に避け、同時に体の影になった場所でカードを引く。

 投げ放つ前に確認し、『雷の1』の柄。出現する数字の中で最小。最弱の火力である。


 放たれたカードが宙で消えると女の足元に微弱な電撃が走った。しかしメギラナの足が多少痺れるだけで大した有効打にはなっていない。


「あちゃー、下振れ」


 一応彼女の足が鈍った隙を突いてトカゲは殴りこむが戦闘慣れしているメギラナには届かず、そのまま軽く右手で受け止められた。


「それで本気?」


「そのつもりだったけど、なんだか傷ついちゃうなー」


 軽口を叩いたトカゲの体が、メギラナにいとも簡単に持ち上げられる。宙に浮いたトカゲはそのまま投げられ、地面に激しく叩きつけられた。

 途端に背中に強い痛みの信号が流れるが、痛がっている余裕はない。倒れこんだトカゲに対して、メギラナは容赦なく鞭を振るい続ける。


 トカゲは反射で体を転がし、鞭の攻撃を避ける。続く二撃目は少し勢いをつけ、そのまま立ち上がるところまで繋いだ。


「楽しいじゃない。まだまだいけるでしょう?」


「お姉さんこそ、置いていかれないでよ?」


 口元の緩む女を横目に、体の影でカードを引く。

 メギラナはトカゲに急接近するとナイフを水平に()ぎ払った。対するトカゲは伏せるように躱し、カードを投げる。

 しかし直後に彼の視界を『凶』が埋め尽くした。出てしまったのは『氷の9』の札。


 同時に彼の体は伏せたまま地面との境界で凍り付いた。身動きが取れない。

 メギラナは敵の特大の隙を見逃すはずもなく、強力な蹴りをお見舞いした。彼女のつま先はトカゲのみぞおちの辺りに直撃し、その衝撃で彼の体に(まと)わりついていた氷は粉々に砕け散った。


 トカゲは地面を転がり、弾き飛ばされた先で吐血した。肺にもダメージが響いているのか、上手く呼吸が出来ない。視界が少しずつ色を失っていく。


 ――このままじゃ、エバリスの所に間に合わない。このまま死んだら()()誰も守れないままだ。


 トカゲはその一心で気を保った。視界の色は戻ってこないが、気にせずに立ち上がる。

 すると耳の奥でマイペースな声が響いた。


『随分とボロボロではないか』


「人が……ボコられてる時に呑気だね。邪魔するなら消えてくれない?」


 ソロモが何かを言う時は大抵は悪い知らせか、ただの戯言(ざれごと)である。今回もそうなのだろう。戦闘が苛烈(かれつ)さを増す中で気を散らすわけにもいかない。

 トカゲはソロモの声を無視しようとした。しかしトカゲの思考を先読みしたような話題が投下される。


『お前のアニムは何かを賭ければ望んだ効果を引き寄せられるようだな』


「は?」


 ソロモの口から出た言葉は劣勢に立たされているトカゲにとって有益の極みだった。ギャンブルにおいて望んだ手札を選べるというのは、他のどんな手段よりも強い。


『価値の高いものを賭けるほど引き寄せやすいと……金や道具でも。だがそうだな、臓器なんかは確実に望む結果を引き当てるだろうな』


 ――臓器を賭ける、か。


「賭けたものはどーなるのさ?」


『引き寄せた手札を使うまでは残る。使った瞬間に跡形もなく消え去る』


「そっか」


 ――予想はしてたけど、やっぱり代償は付き物だよね。そりゃそうだ。ギャンブルで攻めに回るなら、それ相応の対価(リスク)を背負うのは至極当然のこと。


 ソロモからアニム《ギャンブル》の新情報を聞いたトカゲは、その情報を旨いと思いつつも迂闊に振れないとして出し渋った。


 そうこうしているうちに敵が徐々に近づいてくる。

 やっぱり今のまま運に任せてカードでどうにかしよう、とトカゲが考えをまとめた時だった。揺らぎから戻りつつある視界の端、上の方に建物の屋根を伝って移動するエバリスの姿が見えた。エバリスの手元は空いており、アヤメが捕まったようには見えない。


 ――アヤメちゃん、護ってくれる人が見つかったんだね。良かった。


 事実を目の当たりにしたトカゲの中で、自分の役目が終わったことが突き付けられる。トカゲの脳内に凄まじい速さの電撃が走り、ソロモの言葉と()()()()()()()が結びついた。


「ソロモ、賭ける時ってどーしたらいいわけ?」


『その気になったらオレに分かるように宣言しろ』


「はいよ」


 脳内に直接語り掛けるソロモと話しても、第三者にはソロモの声は聞こえない。それはいつの日も変わらないことだった。

 メギラナはブツブツと呟く少年を見て眉をひそめた。


「前に会った時もそうしていたけど、坊やのそれは癖なの?」


「さぁね、どーだろ。癖って自分で把握してないから癖なんじゃない?」


 トカゲは意識を完全に元に戻すと、体の影に左腕を隠しながら一気に敵との距離を詰めた。メギラナの武器の有効範囲である中近距離の間合いに踏み込む。


 鞭が()き、ナイフは血を欲して光る。トカゲは背にあるカードを引き抜こうと体を捻りながら踏み込んだ。

 この女は近距離の間合いに入れば必ずナイフを使ってくる。なら誘導して隙を作るべき。

 トカゲがメギラナの間合いに入ると、彼女は見立て通りナイフを突き出してきた。


 ――読んだ通りだ。


 トカゲは突き出されたナイフを横に避けて躱し、守りの薄くなったメギラナの腹部にそのまま軽く体当たりをした。現在トカゲはカードを引く動作のために右肘が外に張っている状態。カードを引く動作はブラフである。彼女の腹にはトカゲの疑似的な肘打ちが命中し、体勢が崩れる。

 そこへ左足での蹴りを入れて追撃。メギラナの体は右に傾いたままで動くには大きな予備動作がいる。反撃も邪魔もされない絶好のチャンス。


「今だソロモ! 左手を賭ける!」


 トカゲのアニムの発動条件は『左手を振ること』であり、左手を賭けて失うことは戦力の全投入と同義となる。戦場で下したこの判断は、『命』に次いで価値がある。


 トカゲは大声で宣言すると左手を振るった。カードが七枚握られるが、左手を賭けたことによって左手は黒いモヤで包まれている。

 力任せにカードを二枚引き抜くと、そこには『鎖の12』と『星空の13』がそれぞれ排出された。


 ――出来れば両方『12』が良かったけど、まあこれでも無力化は出来るか。


 トカゲは『鎖』を投げた。鎖の絵の効果は単純で、霊力によって生成された鎖で対象を縛るものである。数字が高ければ高いほど鎖は強固になり、敵を拘束する時間が長くなる。


「何よ、これ!」


 鎖で体の自由を奪われたメギラナが吠えるが、そんなことは気にせずもう一枚のカードを投げる。

 すると彼女の頭を包み込む夜空のようなモヤが現れ、そのモヤが晴れると同時に彼女は深い眠りについた。いや、深い眠りに『ついた』と言うよりも『強制的につかされた』の方が正しい。

 メギラナはその場で倒れこむと、武器も手放したままビクともしなかった。


「体の一部賭けても狙い通りにならないって。……知ってはいたけど、大したことないんだなーボクの価値って」


 トカゲが動かないメギラナを見て呟くと、左手に違和感を感じた。

 見てみれば左手は捻じり切れるようにグニャグニャになり、砂のように細かい粒子となって消え始めている。

 普通の人間ならば消失の恐怖で阿鼻叫喚(あびきょうかん)するところだが、トカゲに関しては違った。


 ――左手が消える、か。まあ、いいんじゃない? ボクには左手(この手)で守るものも、繋ぎ止めておきたいものもないしね。人を傷つける手が片方無くなるなら、むしろ嬉しいかな。


 トカゲは自身の手が無くなるのを見届けると、眠気に襲われた。『星空』の効果が『13』だったからである。


 ――でもまだやるべきことが終わってない。無力化まで行ったなら、この後意地でも情報を抜かないと。


 強烈な瞼の重みに抗いながらトカゲは敵の元へ行き、そのままナイフを回収した。この女が目覚めた時に逃げられぬように、そのナイフで先にアキレス腱を切っておく。


「後は、目が覚めてから……考えよっか」


 トカゲは敵の無力化に成功すると、それまで殺戮人形と化した彼を操っていた糸が切れたように、深い眠りについた。

今日の一言:アニムは術者の精神によって性質が変わることがあります。今回トカゲが『1』や『9』しか出せなかった理由も、もしかしたらそこにあるのかもしれません。


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