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月輪に巡るセレナーデ  作者: 笹サーモン
第一章 トリメルカ編
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第26話:逃げ場なき掌の上

 トカゲが見上げた先の屋根には、かつて一度交戦した鞭の女、メギラナが立っていた。変わらず紫の衣を纏い、鞭を右手に握っている。

 メギラナは地上の少年と目が合うと、屋根からジャンプで飛び下りた。高さはよくある二階建ての建物であり、そこから飛び下りようものならただでは済まない。しかし平然として受け身を取り、着地。


 降り立った女はゆっくりと立ち上がると、舐めるような視線を二人に飛ばした。視線を受け取ったアヤメは彼女に追われていた日々を思い出し、恐怖に呑まれる。


「久しぶりねぇ坊や。それと……ソロモの瞳」


「どーも、お久しぶり。随分と乱暴な挨拶してくれちゃって。元気そーじゃん」


 口の端に嘘を忍ばせて挨拶を交わす。

 トカゲの読みは外れていた。支部の協力を得られず焦りを抱いていたトカゲは、敵の排除のために霊力の残滓を追い、敵の所在を明らかにしようとしていた。新たに敵の証拠さえ掴めば話を進められると思っていたのである。


 エバリスの狙いはアヤメであることも忘れてはならない。前回は彼女に直接手出しせず自分に攻撃してきたから、彼女を連れて行けばたとえ正面から遭遇しても攻撃はしてこないだろう。

 そんな打算込みでの行動でもあった。


 しかしその算段は今、意識の外にあった存在――鞭の女の登場によって完膚なきまでに狂わされた。

 メギラナは金属のように冷たい目で、体勢を整えようと思考するトカゲをじっと見つめる。


「ねぇ坊や、いきなりだけれどその子をコチラへ渡してくれない? 私たちにはその子が必要なの」


「無理だね。乱暴な挨拶するような悪い人には協力なんて出来ないよ。目的を教えてくれる、ってんなら話は変わるかもだけど、どーする?」


 口ではアヤメを渡すような思わせぶりを発するが、内心では彼女を渡すつもりなど毛頭ない。トカゲはその意志を示すように右手をアヤメの前に出すと、壁を作ってみせた。


「悪いけど、そう簡単に教えてあげられないの。でも坊やが私たちと同じように《月華の五芒星》に入団してくれるというのなら話は別。どう? 坊やも入らない?」


 女の口から出た《月華の五芒星》という言葉は組織名だろう。トカゲの読み通り、アヤメを狙うのは単独犯ではなかった。だが肝心の狙う理由が分からない。いや、狙われる理由はソロモの瞳だとして、それで何が出来るのか。

 疑問と確信の間で揺れるトカゲの目が鋭くなる。


「勧誘ご苦労様。でも旨味が見えないなー。遠慮しておくよ」


 目を閉じ、深呼吸を一つ挟む。


「悪いけど、渡さない。どーしてもって話なら、まずはボクを始末するだけの実力を見せてよ。ね、この前()()()()()()()()()()()


 真っすぐな視線がメギラナを貫き、彼女はそれが不愉快で堪らなかった。女は俯き、肩を落とす。


「そう。やっぱりエバリスの言った通りね。素直に応じてくれるはずがないんだわ。……でも、()()を受けても同じセリフが吐けるかしら?」


 言の葉が途切れると同時に鞭が宙を舞い、地面で爆ぜる。それは地下で奇襲の準備をする男への合図だった。

 トカゲがアヤメを庇うように身構えた途端に轟音が鳴り響き、大地が揺れる。地面には大きな穴が空き、そこからは当初の狙いだったエバリスと、大量の堕魂(だこん)が姿を現した。堕魂(だこん)の数は十体以上。それもざっと数えてのこと。


「すまない、撃ち損ねてしまったようだ」


「何してくれてるんだか。これだから貴方と組むのは楽しくないのよ」


 エバリスは呑気にメギラナの方を向き、作戦の失敗を告げる。彼はこの合図でトカゲを撃ち抜き弱らせ、勝てない現実を突き付けてそのままアヤメを渡すよう交渉を運ぶ計画を立てていた。

 やがて眼鏡越しの視線がタトゥーの少年に向けられる。


「久しぶりだね、トカゲ君。君は随分聞き分けが悪いようだから、私からも言わせてもらうが――その子を渡せ。拒否すればこの場の総戦力で、君に墓場に送る」


「皆さん総出でお出迎え、ボクってば人気者(モテモテ)じゃん。やっとやって来たボクの青春。となると、尚更お墓には行けないね」


 トカゲはハメられたと思いつつも、遠回しに抵抗の意を示す。アヤメを渡せば今度こそ自分の中の()()が壊れることを自覚していたトカゲは、死んでも渡す気はなかった。

 視線の先で敵が顔を見合わせる中、トカゲは自分の背で怯えている少女を振り返る。彼の顔からは普段の軽薄な微笑みは消えており、光のない瞳だけがアヤメを捉える。


「ごめんね。ボクの考えが足りないせいで面倒なことになっちゃった。ここは引き留めるからさ、アヤメちゃんは逃げて。出来る限り助けを呼んで、それで支部の人に守ってもらって」


 静かに死を悟ったような視線を受け取ってアヤメは硬直した。瞳孔は開いたまま、手足が震えている。


「でも、そしたらトカゲさんは……」


 喉から絞り出せる限界の声だった。

 まだアヤメのトラウマは寛解していない。出来ることならば、まだ隣に誰かいてほしいのが彼女の本音である。トカゲのいない状況では、また恐怖で潰れそうになるに違いない。

 強烈な恐怖のせいで、アヤメはそのまま動けずにいた。


「ボクのことはいいから。早く」


 だが動かない。トカゲは声を荒げて叫んだ。


「いいから早く逃げろって言ってんの! さっさと行けって!」


 心臓が勢いを増し、息が詰まったように苦しむ。だが『逃げる』以外の選択肢がない。

 怒声を聞いたアヤメは意を決すると、震える足で(つまず)きながらトカゲの背を走った。

 徐々に駆ける足音が遠のいていく。その間両者は睨み合っていたが、エバリスが静を破った。


「馬鹿な真似を。こうなれば力づくでも」


「そうね。アンタたち、()っておしまい!」


 メギラナが鞭を大きく振りかぶり、鳴らす。その音が号砲となって堕魂(だこん)たちは動き出し、トカゲはカードを構えた。


 カードを左手に持ったまま、トカゲは全力で走り抜ける。まずはアヤメと進行方向がかぶらないように。

 走る獲物を捉えた羊のような堕魂(だこん)は回り込み、右から突進を仕掛ける。そこへ重ねるように男性の顔をした奇妙なカエルの容姿の堕魂(だこん)が舌を射出して攻撃。


 トカゲは二つの攻撃を前方に跳んで転がり込む形で回避した。

 しかし相手は数の暴力で攻めてくる。転げた先で蜂のような堕魂(だこん)が針を偏差撃ちで飛ばしていた。脚に刺さるが、戦いやすい間合いを測るためにそのまま直進をする。その足跡をエバリスの爆撃が追う。


 多勢に無勢、一切手を止めることない攻撃に思わず舌打ちが漏れた。


「ウッザいなぁ!」


 一瞬だけ背後を向き、振り向きざまに中身も確認せず左手から引き抜いた七枚全てのカードを投げつける。


 トカゲのアニム《ギャンブル》――カードの絵柄と数字で効果が決まる能力。数字の範囲は『1』から『13』で、『4』『9』のどちらかの場合、効果対象が反転し術者に災いが降りかかる。『13』ならば効果対象は術者と敵の両方。


 六体の堕魂(だこん)にはそれぞれ『斬撃』『炎』『鎖による拘束』『突風』『小人化』『落とし穴』の効果が現れた。残った一枚は『交差した矢印の4』。走っていたトカゲに効果が現れる。彼の体の向きは一八〇度回転し、その勢いのまま敵の群れに突っ込んだ。


 目の前にいた人の形をした堕魂(だこん)に顔面を殴られ、トカゲはそのまま吹き飛ぶ。即座に飛び起き、再びカードを放つ。七体の堕魂(だこん)に攻撃が降りかかり、そのうち先ほどの攻撃と合わせて二回の直接ダメージを受けていた三体は息絶え、消滅した。

 残る敵は七体の堕魂(だこん)と鞭の女、それとエバリス。依然として敵が多いことに変わりはない。


 ところがトカゲは目の前の光景を疑った。戦力として最も警戒すべき相手であるエバリスの姿が、どこにも見当たらなかったのである。

 アヤメの危機を察知したトカゲは即座に進路を変更し、彼女の救援に向かおうとした。しかし向きを変えた途端に、瞬間移動をしたように鞭の女が前を塞ぐ。


「ダメよ。坊やの遊び相手は私たちなんだから」


 回し蹴りが炸裂。トカゲはすんでのところで右腕を構え、攻撃を受け止めた。尋常ではない威力に弾き飛ばされ、どこかの建物の壁に叩きつけられる。


「まだへばっちゃイヤよ? メインディッシュなんだからもっと楽しませて」


 ――こちとら遊んでる暇はないんだよ。


 舌打ちをしながらトカゲは立ち上がった。再び左手を振るが、先の攻撃で右腕が痺れ、使い物にならない。カードを投げられない状況で、どうやって攻撃を仕掛けるべきか。



   ♢  ♢  ♢



 一方アヤメはトカゲに出会うより前の凄惨な日々を思い出しながら、支部まで一直線に駆けていた。

 あの夜の悲鳴が焼き付いて離れず、足が震えて真っすぐ進めない。息も苦しく、前も見えない。胸が痛かった。

 深い絶望の中、人の往来の盛んな大通りに出て、言われた通り助けを乞おうとする。


 ――人に助けを出せればあの夜みたいに助かるかもしれない。


 思った矢先、空から二本の矢が放たれた。それらはアヤメの数メートル程後ろに落ちると地面で重なり、爆発を引き起こす。

 背後から響く悲鳴、血と肉の焼ける匂いに思わず振り返る。


 ――あの夜と同じだ。人が目の前で死んでいく光景は疑いようがない。


 アヤメは立ち止まってしまったことを後悔した。

 心拍は一層激しさを増し、呼吸が速く浅くなる。


 ――頭が痛い。痛い、痛い痛い痛い。苦しい苦しい苦しい苦しい。気持ち悪い。


 立っていられなくなった少女はその場で(うずくま)り、強い吐き気と頭痛に襲われた。


「人が多ければ攻勢が止まるとでも?」


 エバリスの声がアヤメを過去(地獄)から現実(地獄)へと引き戻す。混沌に呑まれながら見上げた先ではエバリスが弓に二本の矢を番え、構えていた。

 エバリスの腕の筋が緩み、矢が少女に迫る。少女は土を固く握りしめると、目を閉じた。


 ――全部ムダだったんだ。結局大切なものだけ失って、沢山の人を地獄に巻き込んで、何も分からずに力に負ける。それが――私の人生なんだ。

今日の一言:トカゲが今回使用した《ギャンブル》の『交差した矢印のカード』はUNOのリバースのカードを想像していただくと分かりやすいかと思います。


面白い・続きが気になるという方はブクマ&評価をお願いします。

コメントも創作の励みになりますので、是非ともお願いします。

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