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月輪に巡るセレナーデ  作者: 笹サーモン
第一章 トリメルカ編
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第25話:追い込まれた獲物は周りが見えない

 ケープレットを受け取った翌日、トカゲは予定通りルコールのいる『支部長室』にて話をしていた。

 暗めの木材で作られた高級そうな机を挟み、クリーム髪の少年は老人と対面する。室温は至って正常なはずなのに、どこか冷たい空気がその場を支配していた。


「ご相談があるとのことですが、どのようなご用件でしょう?」


 トカゲは深呼吸を挟み、言葉を並べ始める。ここでは冷静でなくてはいけないと自分に言い聞かせながら。


「エバリス・ケースってご存知ですか?」


「トリメルカでは評判のいい医者で人当たりもよいと聞きますが、彼がどうしたのです?」


「単刀直入に言うと、ボクはその男を拘束したいと思ってまして。その協力を支部にお願いしたいんです」


 その場の空気がピリつく。二人の間に割って入ろうものなら、両断されかねない緊張感。


「事情は分かりませんが、取り敢えずは理由を伺ってもよろしいですかな?」


 ルコールに促されたトカゲは、先日の畑で起きた一連の騒動を包み隠さず全て告げた。仕事中に堕魂(だこん)と遭遇したことと、その堕魂(だこん)を退治した後に弓による奇襲を受けたこと。そして奇襲時に使われた矢にはエバリスの霊力が籠っていたこと。


 加えてエバリスが自身を狙う理由――アヤメの護衛である自身を障害と判断し始末、その後アヤメにも手を出すつもりなのだろうという推測も告げた。


「なるほど、ご説明感謝します」


 エバリスは頭を下げた後、続けて静かに口を開く。


「しかし、それだけでは支部は動かせません」


「……何故?」


 鋭い刺突のような宣告がトカゲの鼓膜を貫く。

 反射的にトカゲの裏で育った顔が表に出た。普段のおちゃらけた声とは打って変わって、声に温度がない。


 アヤメに危害が加わるのは、支部側としてもマズいはずである。レーク村焼失事件の手がかりを得るためにはアヤメは最重要参考人である可能性が高いのだから。

 トカゲはルコールの言葉の意味が理解出来なかった。


「証拠がないから、ですよ」


 そう告げたルコールは席を立ち、窓辺へ歩を進める。外の景色を眺めながら、静かに話を再開するのだった。


「エバリス殿の矢が当たったとの話がありましたが、彼が堕魂(だこん)を退治するために矢を放ち、それが流れ弾として貴方へ届いた可能性が否定出来ません」


「じゃあ、霊力の件は? 二本目のこともありますけど……どう説明するんです?」


 トカゲの視線は氷のように冷たく、普段のような笑顔を取り繕う余裕をなくしていた。言葉がいつものように穏やかにならない。


「そこは確かに狙って撃たれた可能性もありますが、やはり断定が出来ないのですよ」


 支部長は振り返ると視線を少年に当てる。


「私が貴方を解放する時に言ったことを、覚えていらっしゃいますかな?」


 老人の声を受け、トカゲはこの世界に迷い込んだ日を振り返った。他人の敷地で目を覚まし侵入罪で拘束され、その後釈放された。その時のルコールの言葉は――疑わしきは罰せず。


「今回もそれと同じだと?」


「はい。私はその考えを貫いております。確証がないうちは動きたくないのです」


「そんなの支部長さんの勝手なエゴでしょう。もしアヤメちゃんに何かあったら、その時はどーやって責任を取られるんです?」


 声が一段低くなる。支部長は視線を鋭くし、自らを睨む相手を睨み返す。


「では、言い方を変えましょう。ここがどんな機関であるか説明出来ますかな?」


「何言ってんのさ? ここはトリメルカの保安協会支部、で……」


 言っていくうちに喉の奥を重たいものが埋め尽くしていく。


「お気付きのようですね。ここはあくまでも保安『協会』支部であって、早い話が民営なのですよ」


 (もっと)も、業務内容は半分公的なものもあるのだが。


「民営は市民との信頼がなければ成り立ちません。今のまま確証もなくエバリス殿を拘束したとして、それがもし冤罪であったら?」


 トカゲの脳内には最悪の未来図が浮かぶ。冤罪による支部への信頼の崩壊、支部職員の大量失職、そして堕魂(だこん)退治の人材管理困難。

 トカゲは言葉を失った。視線を落とした彼を見て、支部長が悲しそうな目をする。


「アヤメ様を守りたいお気持ちも分かります。私が頭を下げた案件ですし。しかし、立場上迂闊に動けないのですよ」


 支部長はトカゲに座るよう諭すと、自身も席に着き、結論を述べた。


「厳しい話ですが、この件は取り下げます。監視は強化しますが、拘束に移行するのは確固たる証拠を掴めてからとしましょう」


「……分かりました」


 椅子を引き、トカゲは出口へ進む。扉を開ける直前に振り返り、礼。


「お時間を作っていただいて、ありがとうございました。では失礼しますね」


 その声にはいつもの掴めない感触が戻っているが、どこか声の調子が違っていた。



   ♢  ♢  ♢



 支部長室を去ったトカゲは釈然としないまま、約束の部屋へ向かった。そこには二刀の剣を装備した恒例の赤い大男が立っており、腕を組んだまま仁王立ちで警備をしている。

 事情を知らないガッツは近づいてくるトカゲを見つけると、普段通りの大声で話しかけた。


「終わったか。思ったよりも早かったな」


「お疲れさん。まー今回はそこまで時間かかってないかもね。見守りダイコーありがと」


 トカゲはそのままドアに手をかける。

 けれども、その姿はガッツの目には不自然に映っていた。いつもならばこの少年は軽口の一言くらい交えてくるはずなのに、今日はそれがなかったからである。


 ガッツは異変を感じ取ると、トカゲの腕を制した。


「元気がないではないか。何があったか言ってみろ」


「ん? 何もないよ? お気遣いどーも」


 ピクリと腕を動かし、トカゲはガッツの手を振り払う。そのまま扉を押し開き、トカゲは部屋の中へと入っていった。

 しかし彼は部屋の中まで踏み入らず、扉の外から待っていた少女に話しかけるのだった。


「お待たせ。終わったから帰ろーよ」


 部屋の奥。トカゲの帰りを待っていた少女もまた、その違和感を見透かしていた。いつもなら自分のところまで歩み寄ってくるトカゲがいるはずなのだが、今日はどうも違う。

 妙な感覚を抱きながらアヤメはトカゲの元に歩み寄った。


 間近でトカゲを見つめる。見えたのは特段代わり映えのない幾つもの嘘。強いて言えば少し嘘が強いかもしれない。しかしその瞳にははっきりとした感情は映らず、アヤメはトカゲの思考が全く読めないのだった。


「行くよ」


 短く言葉を切ったトカゲは、そのままゆっくりと歩き出す。彼の足取りは以前アヤメの保護を任せられた時と同様に、迷いに満ちていた。

 アヤメはそんな足を追って、黙ったままのトカゲの後についていく。



   ♢  ♢  ♢



 二人が外に出ると、トカゲの耳の奥には久しく声が響いた。


『お客様がいたようだな』


 ソロモの声。この声がするのは大抵運気の悪い時である。トカゲは警戒し、目を凝らして地面を見た。

 浮かび上がる霊力の残滓。残滓は時間の経過によって薄れていくため、色の濃淡でおおよその時間の前後関係が把握出来る。


 そしてトカゲが見つけた残滓群の中に、奇妙なものが一つ。トカゲとアヤメを追うようにやって来た足跡。例の男の霊力。

 エバリスは彼らが支部へ訪れるのを尾行していたようだ。


「アヤメちゃん、すこーし寄り道するけど離れないでよ?」


 いつもの仮面を被り直し、トカゲは声を掛ける。アヤメが頷くと、トカゲは残滓を追って移動を始めた。


 やがて残滓が最も濃い場所に辿り着く。辿り着いた先は、夜の店だった。まだ昼間であるためか、人の歩く姿はない。


「え? ……あの、トカゲさん? 寄り道ってここで合ってます?」


「うーん、そーなんだ・け・ど……なーんか、気まずい所に出ちゃったねー」


 少女を連れて性を売りにする商売元を訪れたトカゲは、いたたまれない気持ちでいっぱいだった。アヤメもまた、勘違いをしてしまって決まりが悪い。


「……私、戻りますね」


 アヤメが歩き出し、二人の間に少しだけ距離が空く。その瞬間、トカゲは完全に予想外だった霊力の気配を察知した。


「――ッ!」


 トカゲは駆け出し、その勢いを乗せたままアヤメのことを後ろから突き飛ばした。

 アヤメが転びかけた先で押し問答が始まる。アヤメは状況が理解出来ていなかったのだった。


「ちょっと! いきなり何するんですか!」


 アヤメは怒りからトカゲの肩を叩いた。しかし、当の被害者にそんなことを気にする余裕はない。


「ごめん。でも、ケガは?」


「え?」


「ケガはしてない?」


 アヤメは自分の体を見る。かすり傷一つない。


「平気ですけど」


「そっか」


 言いながら、トカゲの目から光が薄れていく。アヤメはただでは済まない状況に置かれていることを、遅れて理解した。


 トカゲは先ほど霊力の気配のした方へ視線を向けた。強い残滓を感じる場所は少しだけ(くぼ)み、実体のない弾が撃たれたようである。


「まさか、ここで読み間違えるだなんてね。ボクの勘も(おとろ)えたなー」


 トカゲはアヤメの盾になるように前に出ると、そのまま建物の屋根を見上げた。

今日の一言:霊力を実体のない弾のように飛ばす、という技術が登場していますが、これは意外と技能派のものです。実力者でも出来ない人は結構います。

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