第24話:薄暮のケープレット
支部の重い扉を開き、足を踏み込むと相も変わらず人々が忙しなく何かの受付をしていた。トカゲはこの世界にやって来て以降頻繁に支部を訪れていたため、もはや見慣れた光景である。
奥へ進みつつトカゲは振り返る。自身の背を追ってくるアヤメに待つよう告げると、少女はその場で頷いた。カウンターへ顔を出すと、いつものように係の女性が対応に出る。
「こんにちは。畑仕事の任を請け負っていた者ですけど、仕事中に堕魂が出まして。その報告です」
報告を聞いた女性の反応は意外にも薄い。多少眉を動かした程度で、特別声が大きくなるような素振りは見受けられず。
「堕魂ですか……今はどうなっています?」
「その場に居合わせたんで倒しましたよ」
「そうですか。多いですね。これで直近一週間で一七件目ですよ」
「それって多いんです?」
トカゲがこの一週間を思い出してみたところ、確かに街の警鐘はよく鳴っていた。最低でも一日一回、多い日は一日に四回鳴っていた記憶がある。しかしトカゲはこの状態がこの世界の標準なのだと思っていた。
「多いも何も、尋常じゃないですよ。動物は自然災害前に何か反応するって話もありますし、堕魂も同じならいつ大きな事件があってもおかしくないと思えて……結構ヒヤヒヤしてます」
トカゲの脳内では異例の堕魂の出没件数と先ほどのエバリスの奇襲が結びつく。
偶然とは思えない。思い返せば出会いも計算されたようなタイミングの良さだったことが分かり、トカゲのエバリスに対する見方は大きく偏り始めていた。
トカゲは自身の考えが的外れだったとしても報告しないよりはマシだと考え、上への報告に出た。
「あの、可能であればなんですけど、支部長さんとお話し出来る機会っていただけます?」
「何のご相談でしょうか? 今日は生憎出張でいらっしゃらないのですが、私の方からお伝えすることは出来ますよ」
それをするのはリスクが高い。エバリスの行動範囲が分からない以上、迂闊に情報を回せばどこからボロが出るか分からない。そう判断したトカゲは女性の言葉を断る。
「お姉さんも忙しいでしょうし、遠慮しておきますよ。別日だといつ頃出来そうかだけ伺っても?」
「少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか? 今確認して参りますので」
女性は席を外すと、裏の方へと消えていった。
数分後、ゆったりとした足取りで手帳らしきものを開いた女性が戻ってくる。
「えーっと、ルコール支部長は、明日以降ならしばらく予定がなさそうですよ」
「じゃあ明日で」
トカゲは最速での対処を申し込むと、カウンターを後にし、アヤメに合流しようとした。
しかし振り返った途端に心臓がキュッとなる。アヤメが掲示板を覗いていたのだ。
確か掲示板にはレーク村にまつわる張り紙があったはず。それを彼女が見たらどんな反応をするのか。記憶を掘り起こし、動揺するのが目に見える。
だが、アヤメはその場に立ったまま多少顔を曇らせる程度で、以前のようにパニックを引き起こすには至らなかった。
「アヤメちゃん、大丈夫? 行くよ?」
「え? あ、はい」
「さっきも言った気がするけどさ、この後寄る所があって。付き合ってもらっていい?」
「いいですけど」
「オッケー。そんじゃ、レッツゴー!」
トカゲはあからさまにテンションの高いような様子を見せ、支部から離れていった。
♢ ♢ ♢
支部の次に二人が向かったのはかつてアヤメのワンピースを購入した衣料用品店だった。アヤメはここへ訪れる理由を聞かされておらず、初回同様に困惑を顔にする。
入店するとトカゲは商品には目もくれず、カウンターへと直行した。カウンターの先にはあの日と同じ女性店員。
「こんにちは。依頼してたアレ、できてます?」
「できてますよ。今取ってくるのでお待ちくださいね」
女性店員は店の裏へ。その後アヤメが口を開いた。
「何か依頼してたんですか?」
「実はね」
「何を依頼したんです?」
「それは現物見るまでのお楽しみ」
トカゲは唇の前で人差し指を立てた。相も変わらず冗談めかすトカゲに対して、アヤメが向ける疑問も普段通りである。
「いつ依頼したんです? 私、しばらくここに来てないんですけど」
「それは聞かないでほしかったけど……聞いちゃう、それ?」
トカゲは以前アヤメの保護を一時的に止めて一人でここに来たことを隠そうとした。しかし孔雀色の瞳で無言でじっと見つめられ、早々に白旗を上げる。
「実は色々あって一週間前ここに来てさ。その時」
トカゲの言葉を聞いてアヤメは一週間前のことを思い出す。その日はトカゲがアニム調査が長引いたと言っていた日だった。
アヤメは少し不機嫌そうな声で言った。
「嘘吐いたんですか?」
「……メンゴ」
「いつまでも帰ってこないから心配だったんですよ、色々と」
「それについてはこの通り謝るからさ、許してちょーだい」
トカゲは顔の前で拝むような姿勢をするが、目の前の少女の不機嫌そうな顔は微動だにしない――かのように見えた。アヤメはすぐに機嫌を直したかと思えば、その後即座に悪戯っぽい顔を見せた。
「ダメです。許しません」
「えー、そんなぁー」
二人のやり取りが終わったタイミングで女性店員が紙袋を持って帰ってくる。
女性店員はカウンターまで来ると、その中身を丁寧に取り出し、並べた。
「ご注文の品はお間違いないでしょうか?」
「はい」
カウンターの上にはフードの付いた白いケープレットと鞘に入ったナイフ。ケープレットの方はわざわざトカゲが頼み込んで作ってもらったアヤメ専用の特注品だった。
「悪いですね、無理言っちゃって」
「いえいえ、そんなことは。衣服なんて毎回こんなものですよ」
女性店員はトカゲと話し終えると、視線を幻想的な瞳の少女に向けた。
「試着だけお願いします。不備があれば今この場ですぐに直しますので」
アヤメはケープレットが自分用であることを、この瞬間まで理解していなかった。訳も分からずに女性に案内され、ケープレットを受け取ったアヤメは試着室へ入る。
アヤメは流れでそれまで借りていたパーカーを脱ぐと丁寧にたたみ、ケープレットに袖を通した。
カーテンを開けた瞬間に、店員の声の調子が明るくなる。
「いいですね! 大変お似合いですよ!」
「薄々予想はしてたけど、やっぱ現物見たら可愛いね」
二人から褒められたアヤメは頬を赤く染めるが、女性は構わず次の指示を出す。
「じゃあ今度はフードって言うんですかね? 被っていただいて」
トカゲのパーカーを着る要領でフードを被る。フードは少女の頭を綺麗に覆い、ピッタリだった。採寸もしていないのに丁度いいサイズを作れた職人の腕に、トカゲは内心驚いていた。
「問題なさそうですね。では、少し失礼します」
女性はアヤメの前で屈むと、その腰のコルセットにナイフの鞘紐を結びつけた。
「これで良しっと。どうです?」
「外目で見る限りは大丈夫そうですよ。アヤメちゃん、違和感はない?」
「……特に」
「じゃあ、これで」
トカゲは頭を下げると、アヤメを連れて店を出た。
♢ ♢ ♢
店を離れた頃、陽は少し赤みを帯び始めていた。空には疎らに雲が浮かび、鳥が自由に天を泳いでいる。
しばらくしてから、アヤメは長らく借りていたパーカーを持ち主に返した。
「これ、貸していただいてありがとうございました」
「どーも」
「お会計はいいんですか?」
「会計なら注文時に済ませてあるから大丈夫」
トカゲは喋る傍ら、雑にパーカーを羽織る。
「作っていただいたのは嬉しいんですけど、急にどうしたんですか?」
「んー? ただのプレゼントだけど。ずっと他人の物着てんのも嫌かなって。ナイフは護身用だから深い意味はないし」
アヤメは少年の顔を凝視する。『ソロモの瞳』に映るのは、半分の本音と半分の嘘。
「こういう時は素直にならないとカッコつきませんよ?」
「カッコつける気はさらさらないんだけどなー。ま、お望みとあらば少し演技でもしてみましょうか、お姫様?」
「私は姫でも何でもないですけど」
「そーゆーのは気にしなくていいから。アヤメちゃんはボクにとってはお姫様なんだから」
夕日の下、男女の笑い声が交錯する。
アヤメはトカゲの左に立つと、その横顔を眺めていた。
――たった一言でいいのに、どうしてこの人は本当の言葉を隠すのだろう。それとも、私と同じように話せない事情でもあるのだろうか。
答えを知りたいと願う己に気付いた少女は、視線を逸らした。
今日の一言:しばらくは毎日1話ずつ投稿出来そうです。また投稿ペースの変更等があれば都度お知らせします。




