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月輪に巡るセレナーデ  作者: 笹サーモン
第一章 トリメルカ編
23/28

第23話:畑の上の弱肉強食

 一週間後。その日は随分と平凡な快晴の日だった。

 この日、トカゲとアヤメは支部で見かけたある仕事で、長期任務手帳では(まかな)えない費用を稼ぐために励んでいた。


「見てください、トカゲさん! すごく立派ですよ!」


 アヤメが手にしているのは大根と同程度の大きさもある人参。嬉しそうな視線をトカゲに向ける。


「本当だ。さっきのやつの倍くらいあるんじゃない?」


「倍は流石に大袈裟ですよ」


 二人が出会って約十日程経つ。アヤメは出会った当初こそ笑わなかったが、今ではトカゲの前にいる時のみ、という条件下でなら笑顔を見せる程度に回復していた。

 又、トカゲはトカゲでこの一週間はアニムの調査、ソロモとの問答ばかりに奔走する日々を送っていたため、アヤメの隣で没頭出来る作業が息抜きになっていた。


 やがて人参が収穫用の籠に収まりきらなくなると、二人は畑の管理人を訪ねた。管理人の初老の男性は別の場所で異なる仕事をしている。


「お疲れ様です。収穫出来そうなのは全部収穫しましたけど、これ、どこに置きます?」


 トカゲが尋ねると、男性は嬉しそうな声を出す。


「おお、沢山取れましたね。収穫物は倉庫の方に運んでいただければと」


 指示を聞いた二人は籠を抱えたまま倉庫に向かおうと体を向ける。しかし、それを老人が呼び止めた。

 老人は財布を出すと、そこから金を取り出し、彼らに渡す。


「倉庫の方に置いていただけたら、それで結構ですので。先にお渡しておきますね」


「ありがとうございます」


 報酬を受け取った二人は倉庫へ向かった。倉庫と呼ばれていた建物は木造の小屋に近く、多少の農具と収穫物で既に溢れかえっている。

 二人はしばらくして空いている棚を見つけると、そこに籠を置くことにした。

 トカゲが先に置き、少女の持つ籠を受け取る。そして受け取った籠を棚に置く。


「さて、と。これでお仕事終わりかな」


 籠を置き終わったトカゲはふと思い出したように口を開いた。


「あ、そうだ。今日帰りに寄ってくとこあるんだけど、いい?」


「いいですけど、どこ……」


 アヤメが言いかけた時、倉庫の外から豚の断末魔のような鳴き声が聞こえた。


「豚さんも元気だねー」


 異常事態。そうと分かっていてもアヤメに恐怖を抱かせぬよう、トカゲは恒例行事の冗談を。しかし数秒経っても断末魔が止むことはなく、むしろ苛烈さを増していく一方。いつも通り漂ってくる、血のような匂い。


「これって大丈夫なやつですか?」


「うーん、嫌な感じもするよねー」


 二人が鳴き声について言及していると、倉庫の裏口が大きく音を立てて空いた。

 足を震わせた老人の影が床に伸びる。


「だ、堕魂(だこん)だ! お二人さん逃げなされ」


 二人の予想は的中していた。

 トカゲは堕魂(だこん)襲来の知らせを聞くなり隣の青いワンピースの少女に目配せをする。少女が頷いたのを確認すると、倉庫の表扉へと向かって行った。


「ボクが少しでも時間を稼ぐんで、その間に二人は逃げる準備を」


「無茶だ! 死ぬぞ!」


「ご心配ありがとうございます。でもボク、一応公的に戦えるんで、その間に逃げてくださいよ」


 引き止めてきた老人にトカゲは一つの手帳のようなものを見せた。そこに書いてある文字は――発現者証。アニムが発現した者が持つことを義務付けられている、言わば証明書である。これを所持する者は予期せぬ堕魂(だこん)との遭遇や討伐任務、アニムを悪用した人間への制圧という条件下でのみ、街中でのアニムの使用を許されている。

 老人は発現者証を見ると返す言葉が無くなり、そのまま黙った。


「アヤメちゃん、こっちはよろしくね」


 アヤメは少しの間なら離れたとしても取り乱すことはなくなった。そう確信していたトカゲは扉の前に立つと左手を振りカードを補充して、準備を整える。

 トカゲが扉を開け、悲鳴のする方へ向かうと、現場では豚の姿をした堕魂(だこん)が同種の家畜を喰らっていた。


「うわー、共食い。見てらんないなー」


 堕魂(だこん)は目の前の生ある魂に集中し、自身を狙う少年に気づかない。隙だらけである。

 トカゲはその隙を逃さぬようにアニム《ギャンブル》を発動した。トカゲの宿したアニムは前代未聞の代物で、《ギャンブル》という名称は、()()()()()()()()()()()()()から彼が勝手に命名したものである。まだ完全に解明出来ていないために謎は多いが、戦力になることは確かなアニムだった。


 七枚扇状に握られたものの中から一枚だけ抜き取り、目を落とす。柄は『盾の10』。


 ――盾の絵を見るのは初めてだけど、まあ問題ないでしょう。盾でケガなんかしないだろうし。


 トカゲは未知の効果に独断で『安全』の判断を下すと、適当にカードを放り投げた。

 カードが空に放たれやがて消滅すると、彼の肉体には黄色い膜のような光が(つど)う。


「よく分からんけど、ま、いっか。お次はっと」


 再度同じ工程を繰り返し、出たカードは『水の5』。投げるとカードは一直線の水となり、その高圧は堕魂(だこん)目掛けて発射される。


 堕魂(だこん)に水が貫通すると、堕魂(だこん)激昂(げきこう)し、カードの主に向かって突進をお見舞いする。だがその攻撃はあまりにも直線的であり、回避することは難しくない。しかも豚は一度走ると慣性がなくなるまで制御が効かず、中々次の行動に移れずにいた。


 トカゲはその隙を突いて、引き当てた『剣の3』で斬撃を与え、『雷の8』で落雷による感電を起こした。感電した堕魂(だこん)はその場で動きを封じられ、捕食者から逃げることも許されない。


「せーっかく畑仕事楽しんでたのに、邪魔しないでほしかったなー」


 トカゲは堕魂(だこん)に不満をぶつけると、同時に最後のカードの選別を終えた。『ひび割れた地面の5』。

 そのカードが堕魂(だこん)の目の前に辿り着くと、倒れた堕魂(だこん)の下の地面が地割れを起こした。地割れは少しずつ広がり、生へ執着した哀れな魂を挟み込む。大地が何事もなかったかのように塞がると、そこには堕魂(だこん)の肉片が飛散している。


「お片付けかんりょー、でいいかな」


 堕魂(だこん)を退治した少年は倉庫の二人の元へ帰ろうと踵を返した。だが彼が一歩足を動かした時、足元に何かが飛来してきた。


「矢……?」


 トカゲは足元の障害物を拾い上げると、そこにこもった霊力を感じ取る。

 トカゲはその者のアニムの効果を思い出すと、矢を捨て去りその場で即座にバックステップで距離を取った。


 直後トカゲが捨てた矢に追撃の矢が重なり、その一帯は激しい閃光と熱、そして黒煙に包まれる。


「やはり避けるか」


 遠くの屋根の上で独り言のように呟く男の声。トカゲがその声を辿るように見上げると、弓を構える影が立っていた。


「何してんのさ? 堕魂(だこん)ならボクが退治した!」


 屋根の上にトカゲの声が届く。しかしエバリスは構えを解くことなく、次なる矢を射った。放たれた矢はトカゲの左肩に命中する。

 その瞬間トカゲは今この状況で狩られる側にいるのが自分であるということを理解した。


 ――ここで殺られたら次はアヤメちゃんだろうな。


 トカゲはエバリスが敵対していると断定すると、カードを一枚選び取り、右手に構えた。

 しかしエバリスは矢が標的に刺さったのを確認すると、何も言わずに反対側に飛び下りた。


「あ、おい待てって!」


 追うべきか。トカゲの体はすぐに後をつけるべきだと言ったが、彼の理性がそれを妨害する。アヤメを一人にしておけない。それに堕魂(だこん)との戦闘後は支部に報告する義務もある。

 迷いを振り切ったトカゲは、倉庫へ足を向けた。


 倉庫へ戻るまでの僅かな時間に、トカゲは肩に刺さった矢を引き抜いた。しかし血は出ておらず、痛みも感じられない。カードの盾の絵の効果で、ダメージは防げていた。

 倉庫の扉を開けると、アヤメと老人はまだそこにいた。


「大丈夫ですか?」


「まあね。ボク強いからさ、全然へーきよ」


 いつもの軽さでアヤメの心配に返し、トカゲは管理人の老人に視線を向ける。


堕魂(だこん)ならもう退治したんで、安心してください。畑は荒れちゃったんですけど……後日また耕すの手伝うんで」


 両の手を眼前で擦り合わせ、謝罪の意を示す。


「それはありがたいですが、でしたら今日はどうされるんです?」


堕魂(だこん)が出た時は支部に報告しないとなんで。あれ結構時間かかって面倒なんですよ」


 トカゲとアヤメは一礼し、そのまま支部へ向かった。報告すべきは堕魂(だこん)のことと――。

今日の一言:発現者証も長期任務手帳と同じく顔写真は載っていません。書かれているのは「名前」と「アニム名」です。トカゲは本名を名乗っていませんし、アニムもトカゲが命名しただけのものなので、彼の発現者証は嘘しか書かれていないことになります。

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