第22話:ヒントは案外日常に紛れている
男と並んで昼下がりの街へと歩き出す。相変わらず世界史の教科書でしか見ないような街並み。
「トリメルカって綺麗ですよねー。なんていうか木彫りみたい、っていうの?」
「そうだね。トリメルカ周辺には森があって木材が豊富だから」
「森かー、クマさんとかと鉢合わせする?」
「人里には下りて来ない。森の中に入れば、見かけるくらいだ。ごく稀にしか見ないが」
始めは地理的な話が続き、その後は世間話になり、中には事件に関する話題もあった。
どうやらレーク村の焼失事件はこれ以上捜索が難しいと思われており、そろそろ捜索隊が撤退予定とのこと。死体の精査などは国の方が負担するらしい。
連続神隠し事件はただただ物騒というだけで、特別惹かれるような目新しい情報はなかった。
散歩をするうちに彼らの距離は少しずつ縮まっていく。果てには互いに名を教え合う仲にまで発展した。彼の名はエバリス・ケース。
ある程度の話が終わると二人の間には沈黙が漂う。このような類の沈黙は悪いものではない。
静寂の最中呑気に歩いていると、トカゲはふと、『この人なら何か聞いてもいいのではないか』と思い立った。
エバリスは医者でもあり、これまでの話しぶりからして知的なのは確実。真相を問うことは可能に見えた。ここ数分の会話を思い返してみても、宗教の過激派というわけでもなさそうである。
だが先ほどの図書館での調査から分かる通り『ソロモの瞳』は意図的に隠されている。しかも現在はアヤメという現物がいて、本人は現在進行形で何らかの被害に遭っている。謎の心臓の痛みも含め、ソロモ関連の話題はそう簡単に話題に出していい内容とは、到底思えない。
葛藤の末、最終的にトカゲが導き出した行動は――。
「ソロモって何なん? 図書館で調べたけど、よく分かんなくてさ」
彼は以前自分を助けてくれた、という過去も含めてエバリスを信用してみることにし、話題に振り切ったのだった。
「ソロモか。学説上では世界の創造神らしい。私は半信半疑だけれど」
「ほーん、どーして?」
「世界を創造するなんて超常的なことが意志を持って行えることか、私は疑問に思っていて」
「じゃあ、半信の方は?」
するとこれまで饒舌だったエバリスの口が一瞬固まった。少し言葉を選ぶような間が空く。
「ソロモの瞳、があるからか。現物を見たら、信じざるを得ないよ」
トカゲはエバリスの言葉が引っかかり、足を止めた。
――ソロモの瞳の現物を見た?
巨鳥の堕魂に襲われたあの日、確かにアヤメは同伴していた。しかしアヤメとエバリスにはほとんど接点がなかった。アヤメはフードだって着けていた。なのに現物を見たという発言。
トカゲが裏社会時代に鍛えた嘘にまつわる勘は、エバリスの何気ない一言に込められた違和感を見逃さなかった。
「どうしたんだい?」
足を止めたトカゲを不思議に思い、エバリスは問う。その頃、陽は少しずつ傾き始めていた。
いつもの調子ならばもっとマシな誤魔化しが出来ただろう。だが、衝撃を受け、嫌な予感を感じ取っていたトカゲは、他に碌な口実を思い付けなかった。
「あー、そろそろ戻らなきゃと思って。ほら、時間も時間だし」
虚ろな声で言いながら、空に向かって指を示す。
「そうか。なら、そろそろ解散しないと」
端から見て男は何も気にしていないようだった。
「いい散歩になったよ。では、ごきげんよう」
「ごきげんよー」
男が道の彼方へ去ったのを見届け、トカゲは歩き出した。
最悪のパターンを引いた時の保険を兼ねて少しだけ進路を変更し、寄り道をしてから支部へ向かうことにする。
♢ ♢ ♢
トカゲは寄り道を終えると支部に戻り、支部長から聞いた部屋を訪ねた。扉の前には見覚えのある大男が立っている。
「やーやー剣士君、こんなとこで何してんの?」
全身を赤で囲った男ガッツはトカゲの方を向く。
「やっと来たのか。見ての通り、警備だ」
「アヤメちゃんの?」
「そうだ。お前がいないからと、俺に回って来たんだ」
アヤメの保護担当者が帰ってきたことで、ガッツは右手に握っていた剣を納めた。
「ふーん。特別な話でもないけどさ、何でガッツに回されたんだろね?」
「お前以外にあの子と面識のある発現者が俺しかいなかったからだそうだ。それより早く顔を見せてやれ。不安がると悪い」
「それもそーね。ありがと」
トカゲは軽く礼をすると、扉をノックし、部屋に入る。
アヤメは一人で待機している間、恐怖に飲み込まれぬように気を紛らわそうとしていたのだろう。窓沿いに椅子を置き、その上で立ち膝をして窓の外を眺めていた。透き通った金髪を持つ少女が窓の外に視線を向けるその様子は、絵画の如く美しい。
少女はノックの音で少し肩を縮ませたが、トカゲの顔を見て緊張を解いた。
「ごめんねー、待たせちゃったかな?」
「いえ、そんなことは」
アヤメに歩み寄るトカゲの足取りは、エバリスとの別れから時間が経過したことで、普段通りに戻っていた。アヤメを警戒させないことに特化した、ゆったりとした歩調で距離を詰める。
「何してた?」
「鳥を見てたんです。ほら、あそこ」
アヤメが窓の外を指差す。
アヤメの隣に立ったトカゲは、指が示す方へと目を移した。しかしそこにはただの屋根しかなく、少女が言ったようなものは一ミリたりとも見当たらない。
「何色だったの?」
「緑……と青、だったと思います」
さりげなくアヤメが確認するように誘導する。
アヤメは窓の外を観察すると、驚きと焦燥の混合物のような声を出した。
「あれ? さっきまでいたんですけど……」
「鳥さんも帰っちゃったかね。ってなわけで、ボクらも帰ろっ」
少年は扉の方へと歩き始めた。能天気な振る舞いを見せるトカゲに続き、アヤメが椅子から足を下ろす。
扉の閉まる音が空き部屋に響いた後、アヤメの指していた屋根の上には緑色と青色の二羽の小鳥が並んで止まっていた。
今日の一言:1つ書きにくかったのでこちらで公開することになりましたが、アヤメはロングブーツを履いてます。
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