第21話:隠し、隠された情報戦
支部長との会談を終えた後、トカゲは支部を離れた。向かうは図書館。
アヤメの前で直接『ソロモの瞳』と紐づくことを調べようものなら、彼女がどう取り乱すか予想もつかない。そう考えたトカゲはルコール支部長に少し我儘を聞いてもらい、あくまでアニムの調査が長引いているという体でアヤメを夕方まで保護してもらうことにしたのだ。
気さくな老人から聞いた場所に辿り着くと、そこは建設されてから随分と長い歴史を生きてきたようだった。角が削れ始めているレンガで造られたそこそこ大きい建物で、目当てのものはすぐに見つかりそうである。
希望的観測を抱いたトカゲは扉をゆっくりと開き、蔵書の世界へと迷い込んだ。入ればすぐに出迎えてくれる数多くの本棚と、そこに礼儀正しく収まっている世界の知識。インクの香りが妙に精神を落ち着かせる。
少年は世界の生い立ちを語る本を探しに動いた。
『古来より伝わる、神話の遺物のようなものです』
支部長の言葉を思い出したトカゲは、神話にまつわる本の収められた本棚を漁った。
トカゲは手当たり次第に本に手を伸ばすと、それらをある机の上に片っ端から置いていく。『輪廻は本当なのか』『ソロモ以外の神?』など、タイトルは実に多種多様である。
表紙をめくると挨拶代わりに飛び出してくる『遥か昔、神ソロモが大地を創った』の一節。これは大抵の本に共通のフレーズだった。
けれども挨拶の後を一ページ、また一ページと丹念に読み進めていくトカゲが目にするものは、どれも全くと言っていいほど揃っていない。
『ソロモの血を引く存在が人類であり、人類は高位の存在である』
『ソロモは全てのアニムの源流である』
『輪廻を超えてソロモは人に紛れている』
トカゲは頭を抱えた。基本的に情報は知っていて損はないが、多ければ多いほどどれが正しい情報なのか判別が付かなくなっていく。しかも今回は宗教的な色合いが強く、根本を理解していないと読み解けそうにない。
唯一確実に分かったと言い切れる情報は、この世界はソロモを絶対とする一神教が支配しているということだけである。
更に言えば『ソロモの瞳』にまつわる話は一切有力な情報が書かれていなかった。本命とも言える情報がなかったのである。一応書かれていそうな箇所は何箇所もあったのだが、どれも黒塗りになっていたり、ページごと破かれていたりと、まともに情報を得られるものではなかった。
一応それらしきものが書かれていた文を抜き出してみる。
『プ マは を ため、多くの人 了し、最終的に を招いた』
『ソ の瞳が司る は臨 で を』
『――が ィ の死を モが で拒否 た』
読むことが可能となっていた範囲でさえこの程度しか読み取れないため、トカゲは情報入手を断念した。
「収穫なし、か。何だかねー」
トカゲは溜息を吐くと、蔵書を全て棚に返し、ぼんやりと思考しながら図書館から出る。陽は少し傾いており、時刻は午後四時くらいであろう。雲が浮かぶ空には多少の黒点が羽ばたいていた。
図書館の扉を静かに閉めた時、ふと左方向からどこかで聞いた声がした。
「何かお困りごとですか?」
不意打ちに驚き、トカゲは振り向く。視線の先には眼鏡をかけた男が壁に背を向け、寄りかかっていた。この男は先日の堕魂襲撃時に協力、その後の病院から寝床の手配までしてくれた――。
「あ、昨日の紳士さん!」
「お静かに。中に響いてしまうから」
「おっと、そーですね。気を付けます」
トカゲは気恥ずかしさを誤魔化すために頭を掻く。
眼鏡男の様子を観察してみると、先日の白衣姿とは対照的にとても庶民的な服装をしていた。弓を背負ってさえいなければ、どこかですれ違ってもトカゲは気が付かないであろう。このような場所で再会するのも奇遇なものである。
「私は今来たところなのだが、君は帰りかい?」
「ええ、まあ、はい」
「何を調べられて?」
「え? あ、えーっと」
言葉に詰まるトカゲ。
ソロモ関連の話はどこまでが秘匿情報か分からない。黒塗りされていた情報があったようなものである。触れてはいけない部分があったとしたらどのような目に遭うかは想像出来ず、トカゲは話を逸らしにかかった。
「うーん、何て言ったらいいんですかね。ボク、記憶喪失らしいんですけど……だからその、何? 覚え直し、というか」
記憶喪失という言葉を聞いた男は少し驚いた素振りを見せたが、あくまでも声のトーンは冷静そのものだった。
「そうか。日頃から大変だろうけど……そんな状態でよくあそこまで戦えたね」
「アハハ、まあ体は覚えてたのかと」
しどろもどろだったトカゲが徐々に普段のペースに戻っていくが、男の攻勢は依然として変わらない。
「こんなことを聞いてもよいのかは迷うけど、記憶がないのなら、何故旅をしているのだい? その状態では道中の判断も厳しいだろうし」
「まあ、思い出の場にもう一回行けば何か思い出すかも、なんて思いまして」
「なるほど」
上手く丸め込んだ。
トカゲは胸の奥でそう確信していた。しかしその直後に場をかき乱す爆弾が投下される。
「確かに彼女様と一緒なら共有して思い出すものもあるだろう。合理的だと思うよ」
「かの…………は?」
トカゲは一瞬、何を言われたのか理解出来ていなかった。数秒が経過して意味を理解すると、手を大げさに振って否定の意を示す。
「いやいやいやいや、そんなんじゃないですよ。ただの知り合いっていうか」
「おや、そうなのかい?」
「まあ……はい。そーゆーことで」
何故アヤメとの関係を間違われた際にトカゲが必死になって否定に走ったのかは、この時彼自身も把握していなかった。
眼鏡の男性は予想とは異なる返事を聞くと『そうなのか』と納得と疑問を同時に抱えたような声を漏らし、次の話題に移った。
「この後時間はあるかい? もし良ければお散歩でもどうだろう。散歩は記憶の整理に役立つそうだし、記憶探しの旅、手を貸すよ」
「え? あー……」
「記憶喪失の診察はお金がかかるけど、散歩で話を聞くだけならまけるさ」
強引且つ急な話の方向転換に戸惑いはあったが、まだ時間はある。トカゲは素直に誘いに乗ってみることにした。
「いーんですか? じゃ、お願いしちゃおっかなー」
先導する男の影を踏んで、トカゲは歩き出した。
今日の一言:この話は元々次話と一緒で1話の予定でしたが、長くなったために分割しました。区切りが悪く、申し訳なく思います。




