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月輪に巡るセレナーデ  作者: 笹サーモン
第一章 トリメルカ編
19/21

第19話:左手に宿る『可能性』の札

 支部に到着するとトカゲは真っすぐカウンターへ直行し、女性に話しかけた。


「こんにちは。昨日アニムの調査をしたんですけど、その続きで」


「お話は伺っております。では、こちらへ」


 トカゲは素直に女性の後につこうとしたが、問題が起きた。アヤメは今朝の悪夢(フラッシュバック)の影響か、彼の袖を掴んだまま離れようとしない。しかもアヤメはまだトカゲ以外に信用出来る人間を見つけておらず、余計に離れるのを拒む。


 トカゲが困った視線を女性に向けると、女性は眉を下げた。


「今、支部長に確認しますので。少々お待ちください」


 少しすると、二人の元へ別の職員がやって来た。職員は苦笑すると、諭すように口を開いた。


「彼女は私がご案内しますので、あなたは地下へどうぞ」


 アヤメは不安そうな顔でトカゲに視線を送ったが、トカゲは『すぐ戻るから』とだけ言ってその場を離れた。



   ♢  ♢  ♢



 地下室はひんやりしていた。風がなく、空気がこもっていて埃が散見される点に目を瞑れば快適な空間である。

 トカゲが調査用の部屋に辿り着くと、昨日と同じ顔ぶれが映った。記録係の職員と、鎧の職員。


「じゃ、ボクはまた隣の部屋に行きますね」


 調査に必要な準備はなく、トカゲはすぐさま調査に入ろうとした。調査が面倒なことには面倒だったのだが、言われるのはもっと面倒だったのである。しかしそんな彼を記録係の女性が呼び止めた。


「お待ちを。調査に入る前に、事前に確認しておきたいことが」


「? いいですけど」


「まず、発動条件は左手を振ること。左手を振るとカードが出現し、そのカードを投げると効果はランダムで現れる。ここまでは昨日確認出来たことです。お間違いないでしょうか?」


「ええ」


 トカゲは分かり切ったことを確認をする必要性を考えたが、結局何のために確認したのか想像がつかなかった。困惑していると、鎧の人が口を開く。


「今日は我々からの指示が入る。それに従って進めてくれ」


「りょーかい」


「準備はいいな? では隣の部屋へ移ってくれ」


 トカゲがガラスの壁の奥に行くと、今日の対戦相手が待ち構えていた。昨日同様、檻の中に堕魂(だこん)が捕らえられており、今度の相手は大きめの蜘蛛のような風貌をしている。

 トカゲが堕魂(だこん)の様子を観察していると、脳内に直接語り掛けてくる者がいた。


『私だ。後ろを向いてくれ』


 振り返ると、ガラス越しに鎧の職員が話している。


『今の私はアニムによって君に直接語り掛けている。ここまではいいな?』


 ガラスの方を向いて頷き、言葉が伝わっている旨を伝える。


『まずはカードを出し、調べてくれ。何か書かれていたら覚えておくように』


 堕魂(だこん)が解放される気配はまだない。安心して見ることが出来る。

 トカゲは左手を一振りすると、指示の通りにカードの表裏を見た。表は白地に数多の赤い斜線が交差した柄で、裏も一切代わり映えしない。


 トカゲがカードの柄を確認し終えると、ギギギ、と金属の擦れる音がして堕魂(だこん)が解放された。

 臨戦態勢に入り、左の手元から一枚カードを引き抜く。投げようとした時、次の指示が届いた。


『抜く前後でカードの柄が変化するか確認するように。終わったら後は戦ってくれ。以上』


「これまただいぶ投げやりだねー」


 言われた通り引き抜いたカードをまじまじと観察する。すると不思議なことに引き抜いたカードの柄が変わっており、中央には剣の絵、右上と左下には『5』の数字が記されていた。


 トカゲは目の前の壁を這う堕魂(だこん)に狙いを定めると、カードを投げた。鞭の女に初めて攻撃した時と同じく、堕魂(だこん)のから血飛沫が散る。堕魂(だこん)の体には綺麗な一直線の裂傷が付き、その傷口には投げた主の霊力が宿っていた。


 しかし一撃で戦闘不能に追い込めるダメージは与えられず、トカゲを敵として認識した堕魂(だこん)は反撃を仕掛けてきた。

 蜘蛛のような見た目の相手は、まさに予想通りの攻撃をしてくる。尻から登山用ロープ程の太さの糸をトカゲ目掛けて射出してきた。


 放たれた糸を横方向に回避して、もう一度カードを引き抜こうと右手を動かす。しかし左手には何も握られておらず、ただ虚空を掴むだけ。一枚引き抜くと他のカードは全てリセットされるようだ。


「お次は何かなっと」


 左手を振り、カードを引き抜く。カードの柄は『電球の6』。

 カードを投げると堕魂(だこん)の眼前に光が収束し、堕魂(だこん)は視界を失って壁から落下。見たところ昨晩交戦した巨鳥に発動した効果と同じようであるが、差異として持続が長い。巨鳥は数秒で戻って来たのに対し、蜘蛛の堕魂(だこん)は十秒近く(もだ)えていた。


 更に三枚目。『炎の11』。

 投げた刹那、堕魂(だこん)の体は激しい炎に焼かれ、数秒の後に灰となり、消滅。


『お疲れ様。一度戻ってくれ』


 戦闘が終わり、職員たちの待機する部屋に戻ると、世界初のアニムを見た記録係が目を輝かせた。


「何か分かったことは?」


「うーん、カードは引き抜くまでどれも柄は同じ、抜いたカードだけは抜いた瞬間に柄が変わったこと?」


 鎧の職員が唸る。


「もっと詳しく」


「詳しく? そーだなー、カードには絵と数字があって、絵は効果の内容……数字は威力の大小?」


 詳細を伝えると、職員たちは顔を見合わせた。


「やはり前例のない能力ですね」


「まったくだ」


「これは……再度徹底的に調べてみますか」


 トカゲを置き去りにして、勝手に話が進む。

 すると鎧の職員が不意に思い出したように問いを投げかけた。


「そういえば、疲れの具合はどうです? アニムを発動すると霊力を消耗して疲れを訴える方がほとんどなのですが」


 トカゲは問いの後半部分に違和感を覚えた。彼は今回三度アニムを使ったが、一切の疲れを感じていなかった。むしろ戦闘前よりも体が軽く感じていたくらいである。

 肩をグルグル回してみても()っているような感覚はなく、長距離走後のような虚脱感もない。


「特に疲れてませんけど」


 職員たちはまたもや視線を交わした。

 念のためその場で彼の霊力量を目測で測っても、霊力が減っている感じもしない。アニムを行使して霊力の消耗がない者など、前代未聞。


 だが本人が自覚していないだけで肉体には疲労が溜まっている可能性も考慮し、今日の調査はここで打ち切りとなった。


「今日はここで終わりにしましょう。明日以降も引き続きお願いしますね」



   ♢  ♢  ♢



 トカゲは階段を上り、地上階へ向かった。しかしどれだけ上っても、やはり疲労を感じない。転生前から体力があったのならば特別変な話でもないのだが、彼の場合はそうではなかった。


 地上の眩い光がトカゲの視界を埋め尽くすと、彼に話しかける者がいた。


「お疲れ様です」


「ん? ああ、支部長さんですか。お気遣いありがとうございます」


「いえいえ。この後お話をさせていただきたいのですが、少しお時間よろしいでしょうか?」


 またか、と思いつつトカゲは拒否するわけにもいかない。支部長という位の高い人間が彼に話しかけるとするならば、その内容は容易に想像がつくからだ。


「ボクは構いませんけど、アヤメちゃんは?」


「今回は彼女は不参加です」


 支部長の後を追うトカゲの脳内には、アヤメにまつわる嫌な妄想ばかりが湧きたっていた。

今日の一言:甲冑の職員のアニムは『情報』にまつまる物です。アニムはその人間の解釈によって性質や性能が変わります。

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