第16話:見えない関係
時は少し遡りトカゲとアヤメが衣料用品店で服を選んでいた頃、支部の一室では話が息を吹き返していた。金属の扉で締め切られた部屋の中央で、支部長は腕を組み、思考を巡らせている。
「ガッツ殿、わざわざ残っていただき感謝します」
ルコールは机の向かいに座る大男に話を振った。
「ガッツ殿は、近頃の人々の動きについてどう思われます?」
「『どう』とは、何がだ?」
ガッツは何の脈絡もない突飛な問いに眉を上げるが、ルコールは彼の疑問に触れることなく前を向いたまま話を進めていく。
「トカゲと名乗ったあの少年に、あの少女。そして見つからない人々に……少し場所は離れますが、レーク村の焼失事件と、最近はどうにも忙しない。嫌な予感がしませんか?」
「そうか? まあ気味が悪い気はするが、偶然という線は?」
「それもそうですが、にしては出来過ぎているというか……」
ルコールが考察の根幹を語り出すより早く、重い空気を破って、言葉を遮るように鐘の音が鳴り響いた。重く、鈍く、街の空気を震わせる轟音。
鐘の音が一時的に止んだ間隙、部屋の扉が勢いよく開いた。
「失礼します!」
入って来たのは一人の職員で、肩で息をしながら額の汗を拭っている。
「只今病院から『堕魂に襲われた人が出た』との通報が!」
「負傷の程度は?」
「意識不明、とのことです。何かに啄ばまれたような傷が頭と胸にあるのだとか」
ルコール支部長は被害者の状態からおおよその堕魂の強さを測った。
頭と胸は生物の急所であり、そこを狙えば如何に屈強な相手だろうと殺せる可能性は高くなる。今回の敵は、理解しているかの如くピンポイントで攻撃した。少なくともそこらにいる、誕生したばかりの堕魂とはわけが違う。既にいくつかの魂を捕食した後の、知性も身に付けた強力な個体の可能性が高い。
ルコールの口から重たい空気が吐き出される。
「ガッツ殿」
「ああ、分かっている」
ガッツの顔はいつになく真剣だった。職員へ体を向け、情報を集める。
「場所はどこだ?」
「それが、意識不明の被害者を運んだ人も重傷らしく、場所を聞き出す前に倒れてしまったようで」
赤髪の青年は舌打ちした。相手は相当なやり手のようで、一筋縄ではいかない。
その時再度鐘の声が響いた。それは街の中に堕魂が潜伏していることを知らせる、言わば警報システム。この鐘が鳴った時、霊力を保持する者は至急討伐に向かわねばならない。
「場所も割れないのなら、総動員だな。俺も行く!」
ガッツは剣を背負っているのを確認すると力任せに扉を開け、廊下へ駆け出していった。空いた扉からは階下で他の霊力者、発現者たちが忙しく移動する音がする。
彼らは装備を整えると、陽の没した暗闇へと散っていった。
♢ ♢ ♢
同刻、トカゲとアヤメはトリメルカの鐘の意味を知らず、まだ街の通りにいた。
鐘の音が人々の不安を煽り、道行く人々は次々に最寄りの建物へと身を隠す。戸が閉まり、鍵をかける音も連鎖的に聞こえてくる。
「ただの鐘じゃなさそーね。取り敢えず、ボクたちも隠れようか」
アヤメに安全を確保することを優先するように告げ、近くの建物のドアノブに手をかける。しかし既に施錠されており、中に入れない。外から呼びかけても応答はなかった。
二人が安全地帯を確保するのを、時は待ってはくれなかった。
ドン! と何かがぶつかるような音が上方から聞こえ、建物自体が揺れる。少しばかり埃が舞った。トカゲは反射的にアヤメを庇いながら上を見上げた。
屋根の上には緑と紫の翼を持つ体長三メートルほどの巨鳥が、どっしりと構えていた。骨が所々剥き出しになっており、いつもの血のような匂いとは別にある腐敗臭で鼻がねじり切れそうになる。どこを見ても気味が悪く、禍々しい。
トカゲが眼前の異形を見つめていると、光を持たぬ瞳孔が、異質な霊力を捉えた。
「コイツは……ちょっとマズイかな」
巨鳥の姿をした堕魂が甲高く鳴き叫ぶ。絶叫は辺り一面を揺らすほどの音圧を誇っていた。
トカゲはアヤメを置き、堕魂の注意を惹きつけるために開けた道の方へ。
「絶対にこっちに来ないで。そこに留まってて」
アヤメが建物の影で頷く間、トカゲは左手を振った。手の平にはまだ検証の済んでいない七枚のカードが握られる。
捕食者は獲物を定めると、屋根を砕きながら飛び立った。堕魂はトカゲの頭上を飛び回り、旋回、急降下のフェイントをかけ続ける。
「無駄に賢いと面倒くさいねー」
トカゲはカードを一枚引くと、宙にいる巨鳥目掛けて投げ放った。今度もまた結果が読めない。今回の効果は『閃光』だった。閃光が空を割ると、巨鳥の体がバランスを崩す。
悲鳴。翼を乱した巨鳥は地面に墜落した。間髪入れずにトカゲは次のカードを引き抜き、柄の確認もせずに放った。
するとその瞬間、トカゲの体は突然下方から強烈な突風に吹き上げられ、数メートルほど宙に浮いた。
「ほえ?」
情けない声が宙に浮き、一瞬空で静止した後、重力が彼の体を引き戻す。地面に体を叩きつけられたトカゲは足首を捻り、その場で動けなくなった。
同時に巨鳥は視界を取り戻し、背にある雄大な翼を広げる。狙うはただ一匹。
堕魂は標的に向かって突進した。トカゲの体は衝撃を真正面から受け止め、地面に横倒れになる。
「――ヴッ!」
逃げる術を失った獲物を逃すような真似はしない。堕魂は立ち上がれないトカゲに覆いかぶさると、その体を突き始めた。石畳には彼の血が散る。
「トカゲさん!」
アヤメの悲鳴が聞こえる。トカゲは掠れた声で叫んだ。
「隠れてなって!」
巨鳥の嘴が肩を突く。続いて足、脇腹。最初の犠牲者とは違って、何かを探しているのか、一撃で殺そうとはしていなかった。だがその猛攻はやがて頭部に狙いを定める。
――流石に頭はマズいな。
トカゲが焦りを覚える。
すると何かが横から閃き、堕魂の首を貫いた。一本の矢。堕魂は衝撃で軽く後退し、トカゲから距離を置いた。
「大丈夫か? よく持ち堪えた」
声の方へ振り向くと、そこには弓矢を手にした眼鏡の男が立っていた。先ほどの矢はこの眼鏡男のものである。
「後は任せておきなさい」
巨鳥は自分の食事を邪魔した部外者を認識するとあからさまに機嫌を害し、甲高い声で威嚇した。
しかし眼鏡男は一切動じることなく、矢を構え、自身の足元に撃ち込む。
二本の矢が彼の足元に着弾すると、その場に激しい炎が舞い、男の体が天に上った。
堕魂は敵を追うべく翼を広げ、襲いにかかる。
「させないよ!」
気付けばトカゲは立ち上がり、夢中でカードを投げていた。カードは巨鳥の足元まで届くと、その地からツタが生え、堕魂を拘束した。
宙に浮いていた男が狙いを定めるためか、一瞬手の動きを止める。その後一本矢を構え、射た。矢は見事先ほど当てた首筋の矢と重なり、光を放った。
堕魂の首が熱に包まれ、爆発四散する。羽が崩れ、その巨体はまるでなかったもののように消滅していった。
やがて男は地上へ足を着けると、トカゲの元へ駆け寄って来た。
「ケガは大丈夫かい? ナイスアシストだった」
トカゲは差し伸べられた手を握ると、自分の様子を確認した。
しかし、何故だろう。不思議なことに先ほど攻撃された場所の血は既に止まっており、痛みも感じていなかった。唯一痛覚が働いているのは捻った足首だけである。
「大丈夫? みたいです。助太刀ありがとうございました」
「いや、礼はいらない。それよりもその怪我、念のために一度診た方が良さそうだ。私の病院で診よう」
「病院があるってことは、もしかしてお医者様だったりします?」
眼鏡の男性は何も発さずに、静かに頷いた。
こんなに都合よく医者がいるものなのか、と狙って出したようなタイミングにトカゲの開いた口が塞がらない。
「あぁ……そーなんですか」
生返事をしてから本題を思い出す。
「分かりました。あ、でも、連れも一緒でいいですか?」
「構わないよ」
トカゲは足首を庇いながらアヤメの元へ歩み寄り、彼女の安否を尋ねた。
「アヤメちゃん、ケガはない?」
「私は大丈夫ですけど……トカゲさんは?」
アヤメの視線が痛い。先ほど『守る』と大口を叩いたのに、目の前でむざむざやられる醜態を見せてしまった。更には心配までかけたかと思うと、トカゲの胸の奥には気恥ずかしさが募っていく。
それを悟られぬように誤魔化して笑い、いつも通りおちゃらけた声を。
「すこーし足首捻っちゃったけど、へーき。でもまぁ、病院コースみたい。ちょっと時間借りちゃうかも」
アヤメは頷くと、トカゲの肩を支えて歩き出した。
「あれ、アヤメちゃん助けてくれるの? 優しいなー」
「……茶化さないでください。ふざけてると悪化しますよ」
二人は眼鏡男と合流すると、病院へ向けて闇の中を歩き出した。その背中では先の戦いで壊れた街の一部が落ち、パラパラと音を立てていた。
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