第15話:大切なお肌を守るには
正式な保護者、被保護者の関係になった二人は一つの店の前で足を止めた。看板の横には木製のマネキンらしき像が配置され、赤い華やかなドレスのような何かを着せられている。
「いやー探した探した。やっと見つけたよ」
「ここ、女性用の衣料用品店みたいですけど……?」
アヤメはトカゲの意図が分からず、戸惑った表情で尋ねた。対してトカゲは何食わぬ顔で答える。
「そーだけど? アヤメちゃんの服、ボロボロだったし、新しいの欲しいかなって。それに、その恰好じゃ目立っちゃうしさ」
アヤメは自身の体に視線を落とした。
今までは逃げるばかりで一切気にしていなかったが、確かに彼が言った通りである。裾は裂け、灰や泥、砂に塗れている。他の人間の恰好も思い出してみるが、言われてみれば和装の人はいなかった。
「いいんですか、そんなに?」
「服がボロボロじゃ、大切なお肌も守れないからね」
アヤメに気を遣わせぬように冗談めいた言葉ばかりを投げかけながら、トカゲは店のドアを開く。
「さ、どーぞ。入って入って」
「あ……ありがとうございます」
店内に入った二人を出迎えたのは、水汲みや掃除などのための作業着のような服だった。しかし奥に進むにつれ、徐々に華やかな色彩が姿を現す。
トカゲは桃色のTシャツを手に取るとアヤメに見せた。袖はフレアスリーブで飾り気がある。
「これなんてどう? ひらひらしてて可愛いと思うんだけど」
この服の象徴とも言える袖の部分を掴んで動かしてみる。
――これなら興味を持つだろうか。
しかし初手の期待というのは往々にして外れるものである。アヤメは難色を示した。
「そのひらひら、邪魔にならないでしょうか?」
「まあ、そっか」
残念そうに声を上げながら、服を元の位置に戻す。
「そーねぇ……なら、こっちは?」
茶色のシャツ、地味なチュニックなども試してみるが、どれも『コレジャナイ感』が否めない。
トカゲは頭を抱えると、アヤメが離れた隙に独り言を呟いた。
「今まで会って来た金髪の人たちって、どんな恰好してたっけなー?」
記憶を辿ること数秒。だが彼の記憶の住人の恰好は決まってスーツか、チンピラのようなものだった。僅かに浮かんだごく少数派の面影も露出が激しいものばかりで、アヤメに着せるものとは程遠い。
悩んでいると、アヤメの姿が視界から消えた。まさか店の中にも追手はいないだろうが、離れるわけにもいかないと思い、後を追う。
すると視界の隅に青いワンピースが入り込んだ。その瞬間に思い出す、どこぞの『不思議の国に迷い込んだ夢の少女』。
――これだ。童話でも見るような服装なら、失敗はしないはず。
トカゲはそのワンピースを商品棚から引っ張り出すと、腕に抱えてアヤメの元へ持っていった。
「こんなの見つけたんだけどさ、どう?」
「え、これですか?」
試しに当ててみると、色合いはバッチリだった。上品で落ち着いた青と華やかな金色の髪、そして瞳の孔雀色がよく合う。
「うん、良さげ。どこかに試着室はな・い・か・なー?」
キョロキョロと辺りを見渡す。すると右斜め前方に人が一人程入れそうなロッカーのようなものが目に入った。その箱の正体は言うまでもなく試着室。
「あ、ちょっと試着室で着替えてみて」
「あ、あの、トカゲさん? ちょっと?」
強引にワンピースを渡し、試着室へ。
「大丈夫、ボクはここで待ってるからさ」
アヤメが試着室に入り、数分後に着替えて出てくる。
よく映えていた。腹部周りのダボっとした弛みがなければ完璧だったのだが。トカゲは彼女を見ると、首を傾げながら腕を組んだ。
「うーん、あと一歩ってとこなんだけど」
「ちょっと大きいですかね?」
二人で微妙な感想を述べていると、そこへ女性の店員がやって来た。
「何かお困りですか?」
「お、ちょーどいいところに店員さん。それがですね……」
事情を伝え終えると、店員はアヤメの方をチラリ。
「確かにこれは……」
店員の反応は予想通りだった。やはり視線は腹部の弛みに向いている。
しかし多少の間を置いた後、店員が何かを思い出したように『あっ』と声を漏らした。
「少々お待ちいただけますか?」
「え? まあ、はい」
店員はトカゲの返事を聞く間もなく、一度裏へ引き返した。
程なくして茶色いレザー製のコルセットを片手に戻って来る。
「こちらを着けてみてください」
コルセットを受け取り、再びアヤメは試着室に入る。
出てきた彼女は先刻よりもずっと自然で、少し大人びて見えた。コルセットが腹部の過度な膨らみを押さえた功績が大きい。
「いかがです?」
「……可愛いですね。動きやすいですし」
トカゲはホッと一息吐いた。
「アヤメちゃん、どうする? 買う?」
「これでお願いしていいですか?」
一度アヤメがワンピースとコルセットを脱ぎ、トカゲはそれを受け取って会計に移る。
「では、こちらのワンピース七五〇〇ルク、コルセットが五五〇〇ルク、計一三〇〇〇ルクになります」
トカゲは代金を支払おうとした。しかしよくよく考えてみると、彼の手持ち金は二一〇〇〇ルクであり、これを払えば今晩の分の宿代、食事代が払えなくなるのが目に見える。
――まあボクが食わなきゃいいだけの話か。一晩くらいならどーにでもなるし。
トカゲが数秒硬直したのを見ると、店員は口を開いた。
「でも……コルセットはサービスにしますね」
「え?」
突飛な事後報告に反応が遅れる。
「実はこのコルセット、私が作った物で結構自信作だったんですよ。それがあんなに綺麗に着こなされてるのが嬉しかったので、そのお礼です」
トカゲは素直に厚意を受け取ることにし、頭を下げた。
「その代わり、大切に使ってくださいね」
「ありがとうございますぅ店員さん。ここの通になっちゃおーかな」
「またまた御冗談を」
試着室を貸してもらい、アヤメが新しい服に着替えると、二人は店を後にした。
♢ ♢ ♢
通りの風が冷たくなっていた。既に陽は陰り、空は儚い色に染まっている。
アヤメはスカートの裾を押さえながら、どこか上機嫌そうに歩いていた。
トカゲは少女の見せた、初めての少女らしい片鱗を見てふっと笑った。
しかしその瞬間、どこからか鐘の鳴る音がした。ゴーン、ゴンゴンゴーン、と何かを知らせる合図。道行く人々は鐘の音を聞くと、すぐさま慌ただしい様子で最寄りの建物に身を潜めていった。
「ねえ、コレが何か分かる? 集会的な何か?」
「さあ、どうでしょうか?」
喧騒の止んだ街中に、不穏な風が流れてくる。太陽は没した。
今日の一言:作者はファッションに疎いため、服の種類なんか知ったこっちゃねーという感じです。イメージとして出したフレアスリーブですが、他の服と何の差があるのか分かりませんでした。
次の投稿は16:50です。本日最終。どうぞ一読ください。




