第11話:正しい嘘の吐き方
話が支部へ行く方向性で決着がつくと、ガッツとネスは部屋を去っていった。
「急な予定変更でごめんね。取り敢えず朝ご飯にしよっか」
トカゲは少女の方を向いて謝罪した後、昨晩机の上に放置したパンの入った紙袋をいじり始めた。だが少女は動こうとせず、その場でもじもじしている。
行動に出ない少女の様子を疑問に思ったトカゲは、強い刺激を与えないように柔らかな声で語り掛けた。
「どうした? 外に出るのが怖いならボクからあの人にそう言っておくから、ここにいてもいいよ?」
すると少女は少し言いにくそうに唇を動かした。
「あの……人様を待たせているのは分かってるんですけど、お風呂に入りたくて……」
トカゲは少女の言葉を耳にして納得した。
ぼさぼさになっている髪、そこら中に付着した泥のような物。少女は昨晩は寝落ちしてしまって風呂に入っていない。年頃の女の子ともあれば気にしない方が稀だろう。
「いいんじゃない? 入ってきなよ。怒られたらそん時はボクがどうにかするからさ」
少女は咎められることを危惧していたが、拍子抜けするほどあっさりした返答に目を瞬かせると、小さく頭を下げた。
「お風呂、沸かしてきますね」
少女は駆け足で風呂場へと向かうと、お湯だけ風呂に注いですぐに帰って来た。その間にトカゲが机の上にパンを並べており、食べる準備は出来ている。
二人が椅子に座るとトカゲが選択を迫った。
「どっちがいい?」
机の上にあるのは昨晩食べなかったサンドイッチとクロワッサン。本来サンドイッチはトカゲ用、クロワッサンは少女用に購入したものだったが、そんな背景を当の本人は覚えていなかった。
少女は二つのパンを好奇の目で交互に見比べるが、その目は次第にサンドイッチへと釘付けになっていく。
「サンドイッチでいい?」
「さんどいっち?」
少女は聞き慣れない単語に小首をかしげた。そんな彼女を見てトカゲが眉をひそめる。
「もしかして、食べたことない?」
「ええ。まあ、食べるどころか見るのも初めてで……」
恥ずかし気に告げる少女にトカゲが苦笑を漏らす。
「じゃあさ、食べてみなよ。もし口に合わなかったらこっちも残ってるから」
少女はサンドイッチを上、下、側面、と順々に観察した後、恐る恐る一口齧った。口の中に広がる重なった食材の味と食感に目を輝かせる。
「いけそ?」
少女はこくりと頷くと夢中になって頬張り続けた。
トカゲはほっとして自分のパンに手を付ける。
♢ ♢ ♢
食後、少女は風呂へ。その間特にすべきことがなかったトカゲはベッドにその身を放り投げた。脳内を駆け巡るのは、少女のことと、ソロモのこと。
「まったく、とんだ面倒事になったもんだね」
トカゲは己の軽薄さを疎ましく思った。
――そうだ、あの時ソロモの口車に乗って安易に転生しようなんて考えたのが悪かった。特別生き返りたい理由もなかったんだから、断わるべきだった。
溜息を吐き、瞼を閉じる。しかし次に目を開けた時、彼の意識は現世になかった。
「……え? また?」
呆れて肩が下がる。トカゲはあのトランプの間に迷い込んでいた。
トカゲはまず真っ先に自身の死因について考えた。ここに来るのは決まって死んだ時だったからである。だが、今回に関しては特に思い当たるものがない。心臓発作でもない限りは死にはしなそうだが、その場合であれば痛みがあったはずである。
トカゲが自らがトランプの間に迷い込んだ理由に辿り着けずにいると、背後から聞き馴染みのある声がした。
「オレに文句があるなら聞こうじゃないか」
振り返った先には毎度同じく下皿天秤頭が立っている。
「今度は何で死んだってのさ? 三度目だし、今更驚きもしないけど」
「まだ寝ぼけているのならいっぺん死んで目を覚ましてこい。オレが招待しただけだ」
招待という言葉が妙に引っかかる。まるでソロモが牛耳っているような物言いだ。
「ここ、どこ?」
「まさか自分のことすら理解しておらん馬鹿者だったとは」
トカゲの不機嫌な声に応戦するように、ソロモもあからさまに面倒を滲ませる声で答えた。
「ここは《精神の淀み》。お前の精神世界のようなものだ。思い浮かべればいつでも来られるはずだが」
昨日から引き続き初耳の言葉ばかりが登場し、トカゲは困惑する。それを隠すように、トカゲは頭を掻いた。
「……んで、招待したって言うけど、何の用?」
「はて? 用があるのはお前の方ではないのか? 文句を言いに来たのだろう?」
《精神の淀み》とはその者の内在意識である。ソロモはトカゲに心臓を貸している都合上、彼の《精神の淀み》に定住しているため、彼の内在意識下にあった愚痴を感じ取ることなど造作もない。
トカゲは腕を組むと、一度目を逸らしてから話し始めた。
「じゃあ言わせてもらうけど。まずさ、この世界よ。日本とどこが変わらないって?」
トカゲの声は不機嫌を内包していた。
「よく分からん堕魂とかいう化け物はいるし、霊力がどーだか能力がどーだか。そんなの日本のどこにもなかったよ。嘘吐かないでもらえるかな?」
「物理法則や元素構成、使用言語が同じ、という意味だったのだが……そうか、お前には届いていなかったか」
「『届いてなかったか』、じゃないでしょ。普通それって前提条件として考えるもんじゃない?」
「それは知らん。勝手に勘違いしたのはお前だろう?」
ソロモは息をするように白々しく流す。その態度がトカゲの癇に障る。
トカゲは舌打ちをすると次の話題に切り替えた。
「じゃあもう一つ。コッチが本題だけど、『ソロモの瞳』って何? ソロモってアンタだよね? アンタの目なんかどこにあるの?」
ソロモにはおおよそ顔と認識可能な造形がない。天秤頭には目はおろか、口も鼻も耳も確認出来ない。
「人に追われるような代物なの?」
ソロモは黙った。何も教えない気で、固く口を結んだ。
「黙ってんなら何か知ってんじゃないの?」
「……お前には関係のないことだ」
隠そうとするソロモに腹を立てる。
「今、何て言った? もう一回言ってみなよ」
「お前には関係のないことだ」
本日何度目かの舌打ち。
「そー言われて馬鹿正直に繰り返す奴がいるかねー」
何を言ってもコイツは白を切るだろう、とトカゲが見切りをつけた時、ソロモがどこにあるのか分からない口を動かした。
「世界には、知らぬ方が幸せなこともある。……それより、戻らなくていいのか?」
「はぁ? 何言って――」
トカゲが続く言葉を紡ごうとした時、どこからか《精神の淀み》に声が響いた。
『トカゲさん?』
トカゲは周囲を見渡すが、少女の姿はどこにも見えない。外から呼ばれているようである。
「あんさ、どーやって戻るん?」
「元の世界を思い浮かべろ」
「そ。ありがと」
トカゲはソロモの言葉に疑うことなく従うと、《精神の淀み》から姿を消した。
その背を見送ったソロモは難あり気に立ち尽くしていた。
♢ ♢ ♢
「トカゲさん? ……あ、起きた」
目を開けると少女が顔を覗きこんでいた。長い金の髪はサラサラになり、入浴後であることが伺える。
「いやーごめん。ちょっとうたた寝してたみたい」
誤魔化す声に違和感を感じながらも、平静を装う少女。
「準備出来た?」
「はい」
「やっぱ綺麗になると気分も違うでしょ」
二人は部屋の出入り口まで歩を向けたが、扉を開ける手前でトカゲが歩みを止めた。少女の方を振り返り、自分が着用していたカーキの半袖のパーカーを脱ぐ。
「これ、フード付いてるから、もしだったら使って。顔は隠せると思う」
少女は少年からパーカーを受け取ると、軽く頷いて深くフードを被った。
扉を押し開け、向かうはロビー。
♢ ♢ ♢
ロビーへやってくると、ロビーに備えつけの椅子の傍でガッツが仁王立ちで待機していた。眉間には深い皺がある。
「あちゃー、相当お怒りだね」
「大丈夫でしょうか? やっぱり私がお風呂に入りたいなんて言わなきゃ……」
落ち込む少女を見てチッチッチ、と指を振るトカゲ。
「いーのいーの。さっき言ったでしょ、怒られたらどうにかするってさ。こーゆー時は必勝法があるんだ」
「必勝法?」
少女がトカゲに向ける目には、疑いの色が含まれている。必勝という言葉が信じられなかったのだ。
「そ、必勝法。ま、見てなって」
不安を訴える瞳の少女を背にして、ガッツの方へ歩いていく。
ガッツとの距離が一メートル程になった時、大男の第一声が放たれた。
「遅い! 何してたんだ! 日が暮れたら支部長室は閉まるんだぞ!」
ガッツの怒鳴り声に縮こまる少女を横に、トカゲは苦笑して頭を下げた。
「悪かったって。実はボクがお腹壊しちゃってさ、トイレから離れらんなかったんだよー。許してよ、ガッツ様」
両手を合わせおだててくるトカゲに、ガッツは溜息を吐いた。
「……そればかりは仕方あるまい」
ガッツが背を向けた隙に、トカゲは少女へウインクで上手くいった旨を伝える。
ガッツは背中越しにトカゲに向けて言葉を放った。
「もう腹の調子は戻ったんだろうな?」
「もっちろん。ところで、もう一人の方は?」
「堕魂でなかったから、ネスは先に帰らせた」
ガッツは後ろに立った二人をチラリと見る。
「では、出発するか」
三人は宿を後にし、トリメルカの中心に位置する保安協会支部へと向かった。
今日の一言:トカゲはウインクが上手いですが、ガッツは下手です。ガッツはウインクをしようとすると両目を閉じます。少女の方はその時までお待ちください。
次の投稿は17:00です。お待ちください。




