第10話:知ったかぶりは事故のもと
ガッツと互いに相手がいることに驚いたのも束の間、トカゲは軽口を叩きながら客人を招き入れた。
案内する間に霊力を辿ったところ、少女は脱衣所に隠れているようである。少女のことを狙う人物が何者なのか、そもそも組織として動いているのかも分からない現状では、少女のことをガッツに知られることにもやや不安が残る。
「いきなり来たけど、どーしたのさ? 何の用?」
ガッツに用事を尋ねながら、トカゲは来客者に椅子を提供した。
ガッツは遠慮の欠片もなく椅子に深々と腰かけ、腕を組む。体が大きいことも相まって、その姿には威圧感がある。対してもう一人は椅子に座ることなく、立ったまま。様子から察するに、それなりに重要な話なのだろう。
ガッツはトカゲが座ったのを確認すると、重々しく息を吐いた。
「……突然で悪いのだが、この部屋に堕魂はいるか?」
唐突に突き付けられた質問に周囲を見渡す。しかしそれらしき気配は何も感じない。
「いない、けど?」
「だろうな。仮にいたなら、お前は既に襲われているはずだ」
雲行きの読めないやり取りにトカゲは頭を掻いた。
「ごめん、全然話が見えてこないんだけど、何?」
「話せば長くなるが、事の発端は昨夜になる」
ガッツの語りが始まった。
彼の話を整理すると、今朝トリメルカの保安協会支部に『昨晩、路地裏で戦闘音のような音がした』との通報が入ったらしい。依頼主はある住宅街の住民で、住民はその音が堕魂の攻撃だった場合を考え、保安協会に原因の調査を依頼したのだった。
そして今日の朝、対堕魂戦力として動ける人員の中で選ばれたのがガッツ。ガッツが依頼された地点の住宅街を調べたところ、血痕を発見。その血痕には異質な霊力の痕跡があった、とのことだった。
ガッツの隣の男性は昨日病院に行っていたネスという人物らしく、昨日のトカゲの役にいるそう。
「それで、残滓を追って辿り着いた場所がここ、というわけだ」
淡々と話していくガッツを目の当たりにし、トカゲは冷や汗をかいていた。ガッツの述べた話は全て、昨晩の少女との出会いから今に至るまでの話。トカゲは少女のことを話すべきか隠すべきか、ずっと思考を巡らせていた。
「だが、ここに来て一つは正体を突き止められた」
「正体? 何の?」
「異質な霊力の正体だ」
トカゲの額に汗が垂れる。少女のことが話すよりも先にバレてしまったのではないか、と。
トカゲは唾を飲み、次の言葉を待った。
「その正体はトカゲ、お前だ」
「……は? ボク?」
予想外の答えにトカゲは言葉を失った。
「ああ、そうだ。上手く言語化出来んが……何かと混ざり合ったような霊力だな。こんな霊力を感じたのは初めてだが、まさか昨日のうちに気付かなかったとは。俺もまだまだ研鑽が必要なようだ」
ガッツはトカゲの霊力の性質について言及すると豪快な笑いを部屋に響かせた。
だが突如として、彼の顔色が変わる。その目には疑いの色が籠っていた。
「しかし、妙な話だ」
「妙?」
「ああ。人間は大きく四種類に分けられる。霊力とアニムを生まれつき持つ『先天的発現者』、霊力は生まれつき所持していてアニムだけが後天的に備わる『後天的発現者』、霊力だけを持つ『霊力者』、そして、どちらも持たぬ者だ。昨日時点でのお前は、明らかに『何も持たぬ人間』だったはずだ」
「さっきガッツが言ったように、気付かなかっただけじゃなくて?」
「いや、その可能性はハッキリ言ってあり得ないだろう。これ程異質なモノだ。気付かんはずがない」
ガッツの独り言のような発言が増え、部屋が静かになっていく。
トカゲは次は何を言われるのだろうと考えると、気が気でなかった。
「霊力も含めて後天的に発現する人間など、聞いたことがない」
普段は大きな声ではっきりと話すガッツの声色が、一段と低くなる。
トカゲはその変化に畏縮すると、声が出なかった。
「となればやはり、他が思い付かん。……トカゲ、アニムが発現したのか?」
ガッツの言っていることは正しい。ここでトカゲが問われた内容に対して答えることは、本来であれば特段難しい話ではない。
しかしこの時は状況が違った。事の経緯を話せば、確実に少女の存在は隠しておけなくなる。ガッツが少女の敵ではない、という確証を持てずにいたトカゲにとって、素直に話すのは困難だった。
トカゲは馬鹿正直に答えられず、話題を逸らし誤魔化す作戦に出た。
「なんか、昨日も聞いた気がするけど、そのアニムとやらは何なん?」
「昨日堕魂の討伐をした時に、俺が剣から炎を出しただろう? あのような感じの能力の総称だ。霊力を流すことで発動するものだな」
『能力』と聞いてカードの感触が手に蘇る。トカゲは喉の奥を詰まらせ、黙り込む他なかった。
「話を戻すが、俺と別れた後に何か能力を使った覚えは?」
「いやだなー、ガッツってば何をそんなに疑ってるのさ?」
ぎこちない話し方をするトカゲに対し、ガッツの疑惑が強まる。何よりも彼が何故そこまでわざとらしく隠そうとするのか、ガッツには不思議だった。
「誤魔化しは無駄だぞ」
「何でボクが誤魔化す必要性があるのさ? 大体、今ボクが誤魔化すメリットなんてないんだし、証拠もないでしょ」
図星を突かれ、トカゲが分かりやすく動揺を見せる。普段はおちゃらけた話し方をしているのに、今回は驚くほど早口。
「証拠、か。提示したら納得するんだな?」
次の言葉が読めない。トカゲはこの世界のことがよく分かっていなく、次はどんな奇想天外な話が持ち上がるのかとハラハラしていた。
「アニムを発動した場所にはそのアニムの跡が残る。あの場にはカード状の霊力があった。そしてその霊力は、今お前の左手にある」
トカゲの敗因はこの世界の常識を知らなかったことだった。
無知であるのなら、これ以上何をしても自分への疑いが濃くなるだけ。疑いが濃くなれば少女にも辿り着かれるかもしれない。トカゲは腹をくくると、渋々アニムの発現を認めることにした。
「はいはい、分かった。認めるよ。ボクは昨日、何かの力を使った。これでいい?」
「うむ、それでいい。だが、それだけでは足りん」
「何でよ?」
これ以上何を聞くのか、と思ったトカゲだったが、よくよく考えてみれば何も解決していないのである。ガッツが持ってきた話は昨晩の事件のことであり、今行われたのはその場にいたトカゲの証明だけでしかない。
「後天的発現者には、必ずと言っていい。強い引き金があるものだ。しかも現場にはお前の霊力の他にも、同時刻に居合わせたと思われる霊力が二人分あった。何があった?」
少女のことを話すべきか迷い、トカゲは沈黙する。ガッツの予想通りの反応だった。
「口を割らないか。では言い方を変える。今この部屋には俺とネス、お前。それから……あと一人いるな?」
またもや図星を突かれ、トカゲの鼓動が速まる。
「その気になればソイツのいる場所を当ててやれるんだぞ。そこまでして隠す意味は知らんが、無駄だと思え」
「はったりは良くないんじゃない?」
「はったりかどうかは、その目で確かめろ」
ガッツは迷う素振りを見せることなく脱衣所の方を指差した。
これでバレていないと思い込むには無理がある。トカゲは白旗を揚げた。
「降参。全部、全部話すから。だからあの子には何もしないであげてよ?」
♢ ♢ ♢
「なるほど、そんなことが……。疑って悪かったな」
ガッツは事情を把握すると、先ほどの手荒なやり方について謝罪した後、確認に入った。
「ちなみに、その女の子が今ここにいるんだな?」
「そゆこと」
ガッツは少し悩むような仕草を見せると、口を開いた。
「この話は放っておくわけにもいかんだろう。一度支部長にも話を通したいのだが、いいか?」
「ボクはいいけど、女の子の方も行った方がいいの?」
「そうだな。いてくれた方が話も楽だろうし、何より保護の方法も考えられるはずだ」
トカゲはそこまで話を聞くと脱衣所の方に向かって呼びかけた。
「ごめん、出て来てくれる?」
反応はなかった。少し時間を置いても返答はない。見かねたトカゲは脱衣所に向かった。
脱衣所に入ると、少女は不安げな顔をしていた。彼女は今までのやり取りが自分を外に誘い出すための罠なのではないかと勘繰っていたのである。
「話は聞こえてたと思うんだけど、この後保安協会ってとこに行ってもいい?」
少女の目には真実が映し出される。この時トカゲの言葉には嘘はなく、少女はそれを確認するとガッツの前に出ることにした。
しかしいざ正面から会うとなるとやはり不安が付きまとう。少女はトカゲの背に隠れながらガッツの前に現れた。
少女を見たガッツは軽く会釈すると、すぐに扉の方を向いた。
「では移動するか」
ガッツが椅子から立ち上がった時、カーキのパーカーが遮った。
「あ、ちょっと待って。実はボクたちさっき起きたばっかりでさ、まだ朝ごはんも食べてないんだよ。少しロビーで待っててもらってもいい?」
「それは構わんが……もう昼を過ぎてるからな? なるたけ急いでくれ」
二人の客人が部屋を出ると同時に、トカゲと少女は遅い身支度を開始した。
今日の一言:『霊力者』とは霊力を持つ人間全体のことを指す言葉です。よって『発現者』は『霊力者』の中でもアニムを発現させた一部の人間、という意味になります。紛らわしくて申し訳ありません。
次の投稿は16:50です。少しだけお待ちください。




