判事様の婚約者
今回は「判事様」の婚約者が出てきます。
外から鳥の鳴き声がする。
この世界に来てから初めての朝だ。
最近は若い頃に比べてあまり眠れなくなってきた。
俺は起きて、そこら辺に置いてあった紅茶を淹れる。
俺はあまり紅茶を飲まないのだが、この家にはやけに紅茶が多いので飲むことにした。
湯が沸くのを待ちながら、どうすれば良いのか考える。
婚約者。
俺には愛する妻の里奈がいる。
そもそも俺の婚約者ではなく、「判事様」の婚約者だ。
今日は適当な理由をでっち上げて帰ってもらおう。
コンコン。ノックをする音が聞こえた。
きっと婚約者が来たのだろう。
俺はドアを開けながら言う。
「すまない。今日は疲れt……」
「おはようございます判事様! お久しぶりですね」
婚約者が笑いかけた。
ショートカットで癖っ毛の黒い髪。純粋そうな瞳。
「判事様のお仕事がいそがしくて中々会えず、マリーは寂しかったです」
「真里?」
「はいっ! マリーです。今日はどこに行きますか?」
彼女はどう見ても十七歳くらいにしか見えず、娘の真里にそっくりだった。
なのに反抗期の真里と違い、俺に親しげに話しかけてくる。
「判事様」の年齢は多分俺と同じくらいの40代後半。
明らかに彼女に釣り合う年齢ではない。
まだ法が整備されていない異世界だ。
「判事様」は権力者で、金持ち。
若い女の子を誑かしていたのか?
「判事様! 行く場所はカフェなんてどうですか?」
もしそうだとしたら由々しき事態だ。
すぐに実態を確かめなければいけない。
「分かった。カフェに行こう」
マリーに連れてこられたのは、宮殿の近くにあるオシャレなカフェだった。
メニューを手に取る。
どうしよう。俺にも分かる言葉で書かれている筈なのに何が何だかさっぱり分からない。
「お、俺は真r、マリーと同じのを頼むよ」
「じゃあ、この林檎のやつを二つお願いします」
そういう感じでも良かったのか。
こんなにオシャレなカフェに来たことはなかったから、つい緊張してしまった。
林檎のやつが来るまでの間、俺はマリーと話をした。
「マリーは何か話したいことはあるのか?」
「うーんと、判事様大好きです!」
「何で俺のことを好きなんだ?」
「私は判事様の婚約者だからです!」
元気だ。
しかし、婚約者だから好きだというのは、どういう事だろう。
普通逆じゃないか。
林檎のやつが来た。
林檎が煮たり焼かれたり練り込まれたりされていた。
マリーが美味しそうに林檎を食べている。
真里は元気かな。
たくさん話をしていて気づいた。
マリーが俺のことを好きだと言っている点を除けば、これはどちらかと言うとお祖父ちゃんと孫のような関係なんじゃないか。
俺はマリーを家まで送って行くことにした。
「ありがとうございます。ここでいいです」
マリーの家は城のように大きかったが、使用人は居らず、荒れ果てていた。
マリーの家から「判事様」の家へ帰る途中、その近くにある村の女性に話しかけられた。
「判事様、悪いことは言いません。あの娘に優しくするのはおやめ下さいまし。」
何かを知っていそうな人だ。
「なぜだ」
「判事様はお優しすぎるのです。あの娘の父は、魔王に協力していたのですよ?」
魔王に協力? 「判事様」と敵対していたのか。
「あの娘も他の奴ら諸共死刑にしてしまえば良かったのです」
ああそうか。マリーの家族はもう……。
「判事様はわざわざ婚約までされてあの娘を助けた。騙されているのです。どうか正気を取り戻してください」
魔王に協力していた一族の娘。
マリーも死刑になる筈だったのか。
マリー。もしかしたらマリーが「判事様」のことを好きだったのは、寂しかったからなのかもしれない。
「悪いがマリーに優しくするのをやめるつもりはない」
俺はそう言ってその場を去った。
マリーにはもう家族がいない。
それならば。
数日後、俺はマリーを「判事様」の家に呼び出した。
机の上には例のカフェで買ってきた林檎パイと紅茶が置いてある。
「今日はマリーに大事な話がある」
「何ですか?」
俺は高らかに宣言した。
「今日をもって、俺とマリーの婚約を破棄する!」
「そ、そんな…」
マリーは膝から崩れ落ちた。
「私にはもう、判事様以外いないのに」
やはりこのような関係はマリーにとって良くない。
「大丈夫だ。きっと本当に愛し合える人が見つかる」
マリーは声を殺して泣いている。
「そこでだ、マリー。もし良かったら、俺の養子にならないか?」
マリーがこっちを見る。やはり恥ずかしくなってきた。
「俺はマリーと結婚はできないけど、父親みたいな感じならできるから……」
マリーの目を見て話せない。
「はい、ありがとうございます! えっと、これからよろしくね」
マリーも慣れていない。
こうして、マリーは俺の婚約者から養子になることになった。
宮殿からの帰り道、マリーは少し寂しかった。
今まで大好きだった判事様に婚約を破棄されてしまったのだ。
判事様は養子にしてくれると言っていたけれど、やはり婚約者としても判事様のことが好きだった。
「きゃっ」
「うわっ」
宮殿の門の前で誰かにぶつかった。
「ごめんね。大丈夫?」
前に現れたのは勇者様だった。
新たな恋が、始まる予感がした。
まだ続きます。