異世界の司法の腐敗
勇者アーロンが裁判にかけられる話です。今回は一話だけでも読める感じにしました。
俺は裁判所へと向かう馬車に乗っている。
この体の元の持ち主は判事なのに賄賂を受け取るようなカスだったらしいが、国民にはそれがバレていないらしく、俺が通ると皆手を振っていた。
人が急に少なくなった。
「これは?」
「勇者様の裁判が行われるので、今日は裁判所の周辺は立ち入り禁止なんです」
どうやら勇者というのは、この国にとってとても大事なものらしい。
「ずいぶん勇者にあまい国だな」
「当然です。この国を救ってくださったのですから」
クレアも勇者に感謝しているようだ。
「だったら酒に呑まれないようにはしてほしいよ」
クレアに無視された。どこか娘の真里を思い出す。
裁判所についた。
法廷に入ると傍聴席が存在しておらず、検察官がいるはずの席に被害者が座っている。
「おいおい流石にこれは有り得ないだろ」
今までの判事がどんな裁判をやってきたのかが見て分かる。
「判事様、早くお願いします」
勇者の代理人に頼まれた。
こちとら裁判官なんて見たことはあってもやったことないんだよ。
だがもう頼まれてしまったものは仕方ない。これは刑事裁判だろう。
「それでは開廷します。被告人は前に出てください」
誰も出ない。
もしかしたら、今までは裁判の形式すらとっていなかったのかもしれない。
「被告人の、勇者アーロンは前に出てください」
「お、俺?」
勇者アーロンは驚いたように声を出した。
まだ二十歳くらいだろうか。
俺から見たらまだ子どもだ。
こんな子どもを国の英雄にしているのなら、上手く行かないところも多くなるはずだ。酒の席でつい気が大きくなってしまうこともあるだろう。
しかし、これは裁判だ。正しく公平に裁かなければならない。
「名前はなんと言いますか?」
「いや今勇者アーロンって呼んだじゃないか。なんでまた聞くんだ?」
……かみ合わないことが多すぎる。きっとこの裁判は長く続くだろう。
「生年月日はいつですか?」
「19989年67月3日」
「住所はどこですか?」
「宮殿」
うん。アーロンはしっかり答えてくれているのだろうが、俺には何のことだか全く分からん。
「判事様、当たり前の事ばかり聞いてどうするんですか。勇者アーロン様は忙しいのです。金貨もいただいたことですし、早く無罪にして終わらせてください」
クレアが急かした。
まだ金貨を返していなかったのか。
「クレア、裁判というのは公平に行われなければならないものだ。国民に人気な勇者だからといって贔屓をしてはいけないし、賄賂を貰うなんてもってのほかだよ」
「なぜですか? その方が面倒じゃないですか」
クレアが心底不思議そうに言った。
「裁判というのは紛争を解決するためにある。そこでの決定には皆従わなくてはいけない」
「判事様の能力、【絶対主義】もありますしね」
「そうだ。裁判は強い力を使える。だからこそ、正しく在らねばならないんだ」
法廷にいる全員がポカンとしている。
「失礼しました。それでは検察官は起訴状を朗読してください」
「すみません」
勇者アーロンが手を挙げた。
「何ですか?」
「キソジョーって何?」
……もう専門用語を使うのはやめよう。小学生でも分かるように説明しよう。
まさか娘の真里に裁判の流れを説明した経験が活きる時が来るとはな。
勇者アーロンは正しく事実を話した。
仲間と一緒に酒場で酔っ払っていたところ勇者の陰謀論を語っている客がいて、ついカッとなってしまったという。
被害者もその事実は正しいと言っていた。
鞄に入っていた六法全書を開く。
勇者アーロンは酔っ払って殴ってしまった。被害者は怪我をしてしまったので傷害罪だ。相手は軽症ではなかったものの、この世界の治癒魔法を使い、もう回復している。俺はどんな判決を下すべきか……。
「それでは判決を言い渡します」
勇者アーロンはちゃんとした裁判にかけられるのは初めてなようでとても緊張しているようだ。
「被告人アーロンを罰金千アーロンとする」
お願いだから通貨の名前を人の名前からとらないでほしい。
こういう時に困る。
「この判決に不服がある時は14日以内に控訴することができます」
「コウソってなんだ?」
「……何か不服なことがあったら言いに来いっていうことです」
やっと裁判が終わった。初めてにしては上手くできたと思う。
「ところで判事様、結局賄賂は受け取らないと言ったのに、なぜまだその金貨を返さないのですか?」
完全に忘れていた。勇者アーロンは宮殿に住んでいるらしい。返しに行かなければ。
「こんにちは」
宮殿につくと、勇者が仲間たちに泣きついていた。
「もう俺何したらいいのかわかんねえよ〜。罰金だよ? 犯罪者じゃん?」
真が来たことに気づいていない。
やはりまだ若い。心は子どものままなのだろう。
「勇者アーロン」
驚いて勇者アーロンが振り返る。
急いで涙を拭き、凛々しい顔を作っていた。
彼なりに「勇者」としての務めを果たそうと頑張っているのだろう。
「君がやってきたことは罰さられるべきことだ。でも、君はまだ若い。これからいくらでもやり直せるよ」
「もうみんな俺のこと嫌いになっちゃうんじゃないですか? 今更やり直したってもう無駄なんですよ」
勇者アーロンは自暴自棄になっている。
「無駄じゃない。そのためにずっと司法は、正しく有り続けなければならないんだから」
異世界の判事となった弁護士、高橋真はそう言って宮殿から去っていった。
「すみません! シホウってなんですか?」
「いやそこからかよ! せっかくかっこいい感じで締めようと思ったのに!」
まだまだ続きます!
文字数を増やしてから投稿しようと頑張ってます。