第1話 異世界の判事になった弁護士(47)
中年の弁護士の真が前世の知識と手に入れたスキルを使って異世界で生きていきます。はたして彼は「判事」としての仕事を全うする事ができるのか。
目が覚めると、そこは異世界だった。
ゲームの中で散々見てきた中世ヨーロッパのような街並み。
人々が当たり前のように使っている魔法。
若い人だったらこれから起こる出来事に胸が躍ったり、悪いことが起きないか心配したりするのだろう。
だが俺は違う。まだ書けていない書面がある。妻も娘もいるんだ。
「早く家に帰らなきゃな」
言ってみたは良いものの、何をすればいいのかさっぱりわからない。
とりあえず野原に寝っ転がってみることにした。太陽が気持ちいい。こんなに寝たのはいつぶりだろう。
「何をしているんですか! 判事様!」
急に大きな声で怒鳴られた。
長くて青い髪に、キリッとした細いブルーの目をした女性が立っていた。
ザ・異世界って感じがする。
「判事様? なんのことだ? 俺は弁護士だから、裁判官じゃないぞ」
「ベンゴシ? 何ですかそれは。判事様はこの世界の揉め事を全て解決しているじゃないですか。とぼけないでください」
全く分からない。
茫然としていると、彼女の方から説明してくれた。
「本当に分からないんですか? 判事様は判事様の特殊能力【絶対主義】であらゆる人々を従わせ、魔王が勇者アーロンによって倒されて以降、この国を平和に維持してこられたのではないですか」
説明されても全く理解できないが、要は誰でも従わせる能力を持っているということだろう。ライトノベルのような展開だ。
しかし俺はそんな展開を求めちゃいない。若い人に譲ってくれ。
「ところで君、名前は何というんだ?」
「私の名前……ですか? 本当に記憶を失ってしまったみたいですね。
私はクレアです。それより、早くしてください! 裁判所に、勇者様御一行がご到着されました。」
勇者まで出てくるのか。
面倒そうだ。
俺には妻の里奈も、反抗期真っ只中の娘、真里もいる。
早く帰る方法を探さなければいけないんだ。
「悪いが、他の人に頼んでくれ。俺は少しやりたいことがある」
「判事様以外の裁判官なんてただの飾りです。判事様の能力【絶対主義】によって裁判をしているのですから。
……分かりました。確かに判事様は日々忙しくしておられます。
今日勇者様の件を片付けたら明日は何があっても休みにします。
だから今回だけはお願いします。」
クレアが頼み込んだ。
そこまで言われたら断る訳にもいかない。
仕方ない、一度だけ裁判官をやってみてやろう。帰る方法は明日探せばいい。
「分かった。行くよ」
「では、馬車を用意して参ります」
クレアが安心したように言った。彼女はポーカーフェイスだが、きっととても心配していたのだろう。
悪いことをしてしまった。
ふと、自分がとても重い鞄を持っていることに気づく。
「これは一体……?」
中には見覚えのある本が入っていた。通りで重い訳だ。
俺もよく勉強に使った、
日本の法律の多くを網羅した書物。
「六法全書……」
なぜ六法全書がここにあるんだ?
俺はこの時からすでに、事が面倒くさくなる気配を感じていた。
今回はエピローグ的な感じでした。次回はできるだけ早く投稿します。