第8話 右腕スラウザー
1.影の浸透
王都は賑わっていた。
八百屋が「影よ客を呼べ!」と笑い、魚屋が「魚も殿下の兵だ!」と声を張る。
子どもたちは「俺たちは一千億だ!」と真似をし、兵士は掛け声に「一千億!」と応える。
――影は生活に溶け込んだ。
だが人々の心を本当に支えているのは、王国騎士団長、スラウザーという存在だった。
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2.宰相の説明
宰相は訓練場で豪快に笑うスラウザーを横目に、若い兵に語った。
「彼はただの脳筋ではない。――類を見ない化け物だ」
兵が耳を傾ける。宰相は指を折って数えた。
「**神眼(極)**で敵の隙を見抜き、**剛力(極)**で馬を投げ飛ばし、**剛体(極)で矢を弾く。
傷を負っても自然治癒(特)**で立ち上がり、**気配遮断(特)**で背後に忍び寄る。
そのすべてを兼ね備えた人間など、聞いたことがない」
兵は息を呑む。宰相は声を落とした。
「だが彼は愚かではない。人の気持ちを誰よりも理解するから優しく、威張らない。それが人望の源だ」
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3.スラウザーの日常
兵舎でスラウザーは木人形を抱え上げ、片手で放り投げて粉砕した。
「すげぇ……」
「いや、団長なら普通だ」
兵が呆れていると、スラウザーは豪快に笑って肩を叩いた。
「殿下が言ったろ! 俺たちは一千億だ! だから安心しろ!」
「団長、本気で信じてるんですか?」
「あたりめーだろ! 殿下が言うんだ、間違いねぇ! それで勝てなきゃ俺が殴り倒す!」
笑いが起きたが、誰もが胸の奥で「本当にやりそうだ」と信じていた。
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4.過去の戦功 ――「千対六千」
数年前の国境争い。
敵六千、味方千。誰もが死を覚悟した。
「殿下を守れ!」
将が叫んだが、兵の顔は青ざめていた。
その中で、スラウザーは大声で笑った。
「千だろうが六千だろうが関係ねぇ! 俺が前を割る! お前ら、逃げずについてこい!」
彼は盾を拾い、突撃した。
一撃。敵の盾ごと兵を吹き飛ばす。
二撃。槍の穂先を掴み、敵兵ごと地面に叩きつける。
三撃。馬に飛び乗り、騎兵を逆に振り回して投げ飛ばす。
矢が雨のように降り注いだ。
普通なら蜂の巣になる場面。だが彼の体は鋼のように大半の矢を弾き、一部突き刺さった矢を抜きながら進む。
そして叫んだ。
「後ろに村がある! 子どもがいる! 絶対に通すな!」
兵たちの目に火が灯った。
「団長が進むなら勝てる!」
「守るぞ!」
千の兵は奮い立ち、スラウザーの背に続いた。
結果、敵六千は混乱し、撤退を余儀なくされた。
後に民は語った。
「団長がいなければ、我らは滅んでいた」
だが本人は笑って言った。
「俺は殴っただけだ。勝ったのは皆だ」
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5.王妃と民の声
夕刻、王妃は市場を視察していた。
民の声が耳に届く。
「団長は戦で村を救ってくれた」
「戦場で真っ先に子どもを抱えて逃がしてくれた」
「威張らないし、笑って話を聞いてくれる。あんな団長はいない」
王妃は微笑み、王に語った。
「人の心を掴むのは、力よりも優しさですね。殿下が右腕とするのも納得です」
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6.王太子と宰相の会話
夜。宰相は問うた。
「殿下、なぜ彼を右腕に?」
王太子は笑って答えた。
「俺のハッタリを疑わず、力で裏付ける男だからだ」
「ですが……」
「愚かじゃない。兵の気持ちを知ってるから、皆が死ぬまでついていく。
右腕は豪快、左腕は賢く整える。――それで国は回る」
宰相は深く頭を下げた。
「……承知いたしました」
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7.兵士たちの声
翌日の訓練後。兵たちは語り合った。
「団長はバカだけど愚かじゃない」
「ああ。俺らの気持ちを一番分かってる」
「影の軍勢を信じるし、俺らも信じる。だから力が出る」
スラウザーは拳を振り上げ、叫んだ。
「よし! 俺たちは一千億だ! 殿下がそう言ったんだ、間違いねぇ!」
兵も民も声を揃えた。
「おおおっ!」
その声は王都全体を揺らした。




